蕎麦やら、酒やら、料理やら・・・ピアノやら・・・それにしても、ドーナンダ?たむらん

趣味の蕎麦打ち、元来の酒好き、そして料理作りと仲間と一緒にわいわい、と
たまに思いつくあれこれと・・・趣味も

嗚呼、大相撲

2018年01月28日 23時50分38秒 | Weblog

凍える日本列島…(出だしがタイトルと違うじゃないか…)
週末、今回は木曜日の晩から広島に帰宅、金曜日から今朝まで、朝起きると自宅周辺はうっすらと雪化粧、日中も時間帯によっては細かい雪が落ちていた。
鳥取のように積もるほどではないが、日も差さず一日中寒い日が続いていた。

大相撲にも熱狂しているわけではないが、テレビニュースのスポーツコーナーで報道されると「ん?」って感じで見入るほどは関心を持っている。
それでも若い頃は、そう、千代の富士が現役んときはちょっと熱入れて観ておったんだけど…それ以降はね~~
今場所は、序盤から横綱が負けるなど波乱含み、稀勢の里や白鵬の負けが大きく取り上げられて、案の定、途中休場。
特に、白鵬は立ち合いの張り手やひじ打ちが横綱相撲でないと批判され、それを封印していたのだろうか、ガチで当たると弱いの~~と感じる取り口。
やっぱ、これまでガチで当たることなく張り手やひじ打ちといった横綱らしゅうない立ち合いで勝ってきたんだのうと思わざるをえん。
勝手に思うことだけど、白鵬のそんな取り口なんぞ横綱になる前からみ~~んな知っておったんじゃないのか、
そんなんでも勝ち星となって優勝も重ねてるんだから、立ち合いの取り口のことはあっても横綱になるのは当然と考えたんだろうか。
横綱に求められるという「心・技・体」や「品格」ってのは、とりあえず言うだけのことなのか。
朝青龍みたいに勝負がついた後もなお一突きほどはないにしても、当たらずにかわしたり自ら物言いを求めたり、などなどいかがなものかが多いのう。
かつて、小錦を吊り上げてその手を放して小錦の膝を傷めさせた関取もいたり八百長騒ぎもあったりしたが、国技といってる以上は、
そして少なくとも横綱って張る以上は、フェアのうえにもフェアな勝負を見たいと望むのは、望み過ぎなんじゃろうか。
勝ちゃぁなんでもええっちゅうもんじゃなかろう。

そういう観点で言うならば、我が職場でも仕事は出来るがパワハラっぽい言動で部下を疲弊させたりしても上の受けが良いと出世していく輩がいるってのも、
いかがなものかという気がするのである。
そして昨今の企業不祥事、業績不振を隠蔽したり品質改ざんしたり、戦争中の軍隊上層部とまったく同じ体質で変わってないじゃんと思う。
勢いついでにいうと、スポーツニュースやスポーツコーナーでルーキーの清宮だけ取り上げるちゅうのも、どうなんかのうと思う。

 

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寒波再来予報

2018年01月21日 23時33分11秒 | Weblog

鳥取は去年、豪雪に見舞われて車が何十台も立往生するなどして全国ニュースで報じられたりした。
そのこともあって、今年は関係機関が豪雪に備えるため万全の態勢を整えているということがニュースで取り上げられたりしている。
仕事で会う人との時候のあいさつも、今年の雪の降り方がどうだろうか、といった話が多い。
気象台の人に聞くと、去年の降雪は平年並みで今年の雪の量の見込みは平年よりも多いらしい。
それを聞くと誰もが、去年あんだけ降ったんだから今年はもっと多いのか、とビビるのだが、
気象台の人曰く、冬シーズン通しての話なので、一時期にどかっと降るかどうかの違いによるのだとか、、
だから、交通や生活に支障が出る降り方をするかどうかは分からないんだと。

子供の頃、70㎝や80㎝くらいの積雪は普通だったように記憶しているが、40年以上も昔のこと、当時と今を比べると
車に依存する程度と道路網の広がりが格段に上がっている現状からすると、豪雪で麻痺する度合いが高くなるのは当然かもしれん。
中学高校の頃、雪が降ったら、バスなぞあてにせずにはなから歩いて通学してたので、雪降ったら歩くってのが習い性となっている。
3、4日前は最高気温が10度以上の日もあったが、明後日以降の予報では寒波再来で雪だるまマークが吹雪いている。
ま、まだまだ冬真っ最中だもんね。


 

ちゃちゃじい様:何事も健康あってのことってのを加齢とともに感じるようになるものだと思います。
        まだまだそんな歳ではないとは思ってますが、ナニは枯れても気持ちは枯れずにいたいと思うとこです。

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年明けの雑務など

2018年01月14日 23時27分06秒 | Weblog

やってきたよ、寒波が…
今回は、鳥取県内では西部のほうで積雪が多かったらしく鳥取市内は降ったけどそれほどでもなかった。
ただい、冷え込みは厳しくて、朝はそこらじゅうが凍結してツルツルやバリバリ、歩くのにもこわごわと気を付けにゃいけんかった。

ここ最近、毎年の年明けのルーチンとして、
届いた年賀状から、住所が変わっている人の住所データを更新することっちゅうのがある。けど…実際は年末に持ち越してるのが実態なので、
この時期にやろうという目標みたいなもんになってしまっている。
もうひとつ、昨年12月に「おとなの発表会」で区切りがついたので次の曲を決めることが大事な用務になっている。
こっちのほうは、今月の練習日までに曲を決めんにゃいけんので、住所データ更新よりも急を要するのである。
これまでに、弾けそうだな~とか弾いてみたいな~と思って買ってきた楽譜本を見るのだが、「これにしょう」と即断できるのがない。
実は、発表会でおおコケにコケた「残酷な天使のテーゼ」は、約1年前、あまり何も考えずに教室に行って、先生と一緒に選んだのだが、
他にも候補として何曲か目を付けたのを、先生から「それは簡単過ぎる」とか「もうこれくらのレベルを弾いたほうがいいわよ」とか言われて決めたものだった。
先日の発表会での失態で「曲選びは大事だのう」と痛感したので、今回はもうちょっと慎重に選ぼうと思うて、
今日は、朝からユーチューブやヤマハの楽譜サイトを見続けて、、いまだに決めかねている。

45歳からピアノを習い始めて、いわゆる「基礎」ってもんがなってないし、子供なら誰でも習うという「バイエル」だとかをすっ飛ばして、
おそらくどの教室でも大人になってから始める人には、基礎からよりも超簡単でも何か曲を弾けるようにして、長続きさせるという方針なのだと思うが、
だから、バイエルの何番をしているから自分が今どのくらいの技量レベルだ、なんてことがよう分からんし、
楽譜見てそれがどのくらいの難易度なんかも正確には分からず、音符が少ないのが簡単そうに見えて実はけっこう難しかったり、とか…
ま、そんな程度なんで、今回はもうちょっとじっくりと取り組みたいと思う。
だからといって、次回の発表会でちゃんと弾けるかどうかの保証はないんだけどな。

 

ちょい悪さま:何かのきっかけで相当昔のことでも思い出すことありますね。
       特に生まれ育った地で過ごしていると、その当時と変わらぬ景色や建物を見るだけで、
       当時のいろいろなことが思い出されます。
       思い出したくないことも・・・

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成人の日

2018年01月08日 23時28分21秒 | Weblog

新しい年になってすぐの3連休、正月3が日を休んで二日間仕事したらまた休み、、なんだか締まりがないような。
そして、今日は成人の日
身もふたもない言い方をすると、新成人とその家族、式典などの関係者以外には直接には関係がない。
でも、祝日はありがたい。
昔は、成人の日は曜日に関係なく1月15日と決まっていた。何時から1月第二月曜日となったのだろう。

二十歳を迎えてから早三十数年が経つ。
当時は、高校卒業して就職してもう働いていて広島にいた。
広島市の成人式は、式典出席の対象は生まれ年の暦年で案内するので、3月生まれの私はいわゆる同学年生と一緒に式典に出れなかった。
翌年、案内が来たが、1学年下の者と出る式典なのでパスした。
出身地である鳥取市は、県外に出ている者も多いということで、式典は確か1月ではなくて8月に開催していて、同学年を対象としていたと思う。
鳥取市からも案内が来ていたのだろうとは思うが明確な記憶になく、お盆に帰省した際に成人式があるのを聞いたのだが、
Tシャツにジーパンしかないのと、当時、そうした公の式典めいたものに対する反発心みたいな心情もあってパスした。
なので、結局のところ私は成人式というものの経験がない。
いまさら、そのことをどうこう思うことはないが、今日夜のニュースで成人式の晴れ着が届かないというトラブルが起きたと報じていた。
人生で一度きりしかない二十歳、そのお祝いの成人式に晴れ着を着ようと楽しみにしていた彼女たちには、ほんとにベタだけど、お気の毒としか言いようがない。
トラブルは追々と解明されていくだろうけど、詐欺的なことだとしたらベタだけど許せん。

そう考えると、二十歳に限らず毎年毎年、いや毎日毎日も一度切りなんだよな~と思う。
振り返るにはまだ早いかもしれんが、まだ多少は何かしらのことができる年数が残っておるとも思えるし、、、
明日からは正月気分も振り払ってガンバろう。

 

ちょい悪さま:引き続きよろしくお願いします。
       土日に京都は長岡京にいる息子家族のもとへ孫の3歳誕生日祝いに行きましたところ、近いんですわ。
       鳥取は中国地方の北東端ですが、関西には近いのです。

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謹賀新年

2018年01月01日 18時36分29秒 | Weblog

あけましておめでとうございます

新しい年の初日は寒いながらも穏やかな日和でした
今年の年頭は、次のようなことを考えました

 最近、先人達が知恵を絞り営々と築き上げてきた秩序感が為政者によって熟慮や苦悩した様子もなく健全な議論もなく、
いともあっさりと覆されているように見受けられます
 為政者が言う”改革”は往々にして看板倒れや語る言葉も空疎に響いて、”革命”などといったい何をやらかすのでしょう
 他方では、そうした勇ましい言葉を使うことなく国の在り様を変えてしまいそうなことが少しずつ着々と進められているように感じます
 そうしたなかで、秩序を守る、あるいは取り戻そうと権力に向かって民意を示す行動に勇気と希望を感じるところでもあります
新しい年を迎え皆様と地球人類の健康とご多幸を心よりお祈りします

今年もぼちぼちとブログ書き連ねてまいります。
どうぞよろしくお願いします

 

キヨポン様:ドラマの力もあなどれませんね。ええドラマでした。
                今年も引き続きのご愛顧よろしくお願いします

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