蕎麦やら、酒やら、料理やら・・・ピアノやら・・・それにしても、ドーナンダ?たむらん

趣味の蕎麦打ち、元来の酒好き、そして料理作りと仲間と一緒にわいわい、と
たまに思いつくあれこれと・・・趣味も

長月4

2014年09月28日 22時50分49秒 | Weblog

8月の天候不順がウソのように9月は良い天気、たまに雨降ったりするけども。
雨の度に、被災のとこは大丈夫だろうかと、気になるけれど、備えもしていることだろう。

そこかしこに植えられている金木犀が香って秋の訪れを感じる。
今年は、ちーと香るのが早いような  気がするのは気のせい?
夏に、伸び放題だった枝をバッサバッサと切った我が家の金木犀もご覧のとおり、花が咲き香りを振りまいている。
この樹を植えたのは何年前になるのか、記憶は定かではないが、
ホームセンターで買った苗木は、乗用車のトランクに入るほどの長さだった。
よくぞ、大きゅうなったもんだ。
その後、金柑の苗木も買ってきて植えたのだが、こちらのほうは、ほとんど成長せず、今だにトランクに納まるほどの背丈しかない。
子供の頃は、金柑を砂糖で煮たのしか食べたことがなく、あの甘ったるさには、子供ならずとも辟易した。
大人になって、金柑を生のまま丸ごと食べる癖がついて、金柑の苗木の成長に大きな期待をしているというのに、、なんでじゃろ?
「実を食べられる」という、小生の目論見を感じて、そうはさせじというのだろうか。
私の性格が織田信長ばり、ならば即刻ぶった切るところだが、こういう点に関しては、家康的な性格と思っているので、
金柑の樹、いや、金柑の木は命を永らえているといってよい。

前置きはさておき、アベノミクに踊らされず、地道に生きていくことが大事だと思う昨今。

 実るほどこうべを垂れる稲穂かな  毎年、思うところ。

 

ねこまる様:名乗ってしまったら、「お菓子いらんかね」を何回も何回も、何を言われても繰り返してあげましょう。

ちょい悪さま:「そこはだめ・・・・、そこだけはダメ・・・。」

ちゃちゃじい様:あの当時、何回も聞いては、笑ってましたね・・・スネークマンショウ
        芸人がやるコントのように、人の姿がなく、声だけでのやりとりなので、その状景を面白く想像することができる。
        今考えると、なかなかに凝ったものでしたね。

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長月3

2014年09月21日 23時13分54秒 | Weblog

来週の「秋分の日」とは飛び石連休の土日
先週は木曜日・金曜日と大阪に出張、めったにない出張でかの地の旧知の方と久しぶりの再会、そして飲み会
用事が終わって、京都(長岡京市)にいる息子ん宅に寄って近況伺い。
妻も合流して、一足先に私は広島に帰って、日曜日は独居状態。

日曜日も関係なく、いろんな電話がかかるもので、訳のわからんセールス電話が五月蠅い。
暇なもんだから、撃退法を考えてみる。
電話に出て「ハイ、○○です」と応じてはいけない、とは誰かに聞いたことがある。
では、受話器を取っても名乗らずに、まずは無言で相手の問いかけを待つことにしたほうがよさそうだと思う。
しばらく、いや、しばらくと言わず、ず~~~っと無言で押し通す、何も言わない「逆無言電話」ってのは効果あるかもしれない。
相手との我慢比べである。
あ、別に受話器を耳にあてとかんでもええんだ、受話器をころがして放置しときゃええんだ。
他には、、、
我慢比べはこっちも我慢せにゃいけんから、ちとツライかもしれんし。
じゃ、
「ハーハー、ウ~ン」と悩ましげにあえぎ続けるってのはどうだ。
相手が何を言おうと「ア~~ン、ハ~ハ~」と言い続ける。
時々、「うっ!イグ~~」とか「もう・・・だめ」とかもせつなげに入れてみる。
小林克也さんもやってた「スネークマンショウ」ばりに
「だ~れ~」と言い続けるってのもええかもしれない。
「警察だ、開けろ」「だ~れ~」「警察だ」「だ~れ~」「警察だと、言ってるんだ」「だ~れ~」
「警察だ、頼むから明けてくれ」「だ~れ~」・・・・・・の問答が延々と続く。
これはいけるかもしれない。

と、わくわくすんだけど、、
残念ながら、我が家の電話は、ナンバーディスピレイで、怪しい電話番号が分かってしまうので、
番号で無視してしまっているのだ。
あ~~~、せっかく考えたのに、もう、怪しい電話はかかってこない。
ん、もう~。

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長月2

2014年09月15日 21時31分12秒 | Weblog

平日は当然に仕事、こうして3連休で何かいつもの土日にすることと違うことをすると、たった3日間なのに、
いろんなことがあったな~~、と3日分以上のことをしたような心持ちになる。
3日間、自宅にいて、部屋を片付けたり、畑作業して、午睡をむさぼって、撮りためたテレビ番組なぞ見ながら晩酌して…
ってな過ごし方だと、最終日に振り返ってみても、3日も2日も変わりのない心持ちだろうと思う。

今だから言うけど、数年前の頃、午後に仕事を休んで映画を見に行ってたりした。
東京勤務ん時には、どうにもやる気が起きず、丸1日をズル休みしたこともある。
そうして、日常の中に非日常を紛れ込ませると、時間が延びたような感覚に襲われる。
気分はよくなるのだが、仕事を休んでいるという、かすかな後ろめたさも残りつつ、で、翌日からはその分ガンバロと思うのだ。
よいことなのかわるいことなのか、よー分からんが、良くも悪くもなく、フツーのことと捉えたい。

通常にある非日常で、手っ取り早いのは、何といっても「映画」である。
2時間ほどを真っ暗ん中で、スクリーンに没頭して、映画館を出ると、映画館に入る前と全く同じ日常がある。
一時のタイムスリップ。
もうひとつお手軽なのは、「小説」の世界である。
これも東京勤務のときであるが、通勤電車で読んだ「藤沢周平」の世界にはどっぷり浸り込んだ。
降りる駅に気付かずに次の駅まで行ったことも何度かあったりした。
最近、没頭したというか、止まらんかった小説は、ダン・ブラウンの小説である。
「ダ・ヴィンチ・コード」「デセプション・ポイント」「パズル・パレス」「天使と悪魔」
これらは平日に読まないほうがよいようである。

で、この3日間、金曜日に鳥取の実家に親父の様子伺いに戻り、認知症の進み具合やら酒の飲み具合、
行動の奇行性を確認しつつ、弟やお袋の話を聞き聞き慰労したつもりになり、
畑の横に伸び放題の雑草を刈払機で気持ちよ~く伐採し、すっきりしたところで、温泉銭湯にて3時間の休養
広島に約5時間ほどかけて戻り、敬老の日はボランティアして、、、

あ、明日から仕事だわ

 

ちゃちゃじい様:自分で解消できるモヤモヤ感は解消せねばなりません。
         それが多少なりとも人様のお役にたてるのであれば・・・
         ヤマモトキヨシ先輩も参加されたようです、、そのほうがもっと凄いかも

ちょい悪さま:それぞれができることをできるように無理せずに、が基本かと思います。
         まだまだ先は長いような予感です。
         みんなで一緒にやれば、少々のことは苦にならず、ええもんですね、何事においても。

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長月1

2014年09月07日 23時15分32秒 | Weblog

久しぶりに本当に久しぶりに、夏を感じさせる天気、お日様の光、を体中で感じた週末。
土曜日、ボランティアに参加、被害の惨状を目の当たりにし、たくさんの支援の手で少しづつだけど、復旧に向かっている。
「微力だけど無力じゃない」と土砂を詰めた土嚢袋を運びながら実感し、自身に向けてガンバルんだと言い聞かせるように、作業を続けた。
一人では微力だけど、こうしてたくさんの人が集まれば多少の力にはなるんだ、とも実感。

防災減災、国土強靭化、、、政治は勇ましく言うが、山の保水力を低下させたのは、山の保安保全を重要視せず、金にならんからと保全の金を削減してきたことも原因ではないか。
田畑の、特に水田の保水力を著しく低下させたのも、減反政策をやりすぎたからなのではないか。
1年放置したら、元の元気な農地に戻すのに3年かかると言われる。
そうした自然の保水ダム機能とその能力を削いでいく一方で、コンクリートでガチガチに強固なガードを作ることが強靭化って、
ちょっと違うような気がする。
これまで、どれほど自然の力の脅威を経験してきたことを活かしているのか、、、あっけなく崩されているではないか。
人口減少を見越して、コンパクトタウン構想の予算を、と要求している一方で、農山村の過疎化に歯止めをかける振興予算を要求しているとか、
訳分からんのう。
と、文句だけなら、誰でも言える、か。

 

 

ちょい悪さま:こちらは、トマトが全滅でした。熟れて収穫時になると、カラスに食われたりつつかれたりで、、、ダメでした。
         ナスはまぁまぁで、オクラが豊作で、採りいれが遅れて少々大きくなっても、柔らかさがありいけました。
         年に1度の育成ですから、今年の反省が生かせるのは来年、と考えるとほんまに「百姓百年」です。
         農地は手間暇かけて出来上がるもんなんですな。

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