桜井昌司『獄外記』

布川事件というえん罪を背負って44年。その異常な体験をしたからこそ、感じられるもの、判るものがあるようです。

笠岡から倉敷へ

2006-05-25 | Weblog
 5月25日(木)

 鞆の浦の景色を見る間も無く福山駅へ向かい、笠岡駅で待つ救援会岡山本部のKさんと合流。すぐに福祉会館での8名の小集会。終わって玉島へ。

 そこでは倉敷の民主病院長として長くご活躍され、救援会を支えておられるM先生と救援会員で布川の支援者・Kuさんと合流し、M先生の係わられた病院で集会、更に水島に移り、二つの病院で、同じように病院スタッフを相手に学習会。
夜は救援会支部主催で、今度はビデオを見ての学習会でした。
さすがに一日に五回も連続で話すのは大変ですね。
全体で140名を越える参加者。守る会に入った人が6名でした。

 今日も集会だけで団体訪問はしないとか。
今日も長く話すとなれば、どんな一日になりますかね。
昨日は夕方には喉が疲れ、かき氷を食べてしまいました。


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