桜井昌司『獄外記』

布川事件というえん罪を背負って44年。その異常な体験をしたからこそ、感じられるもの、判るものがあるようです。

大久保さん宅

2010-05-19 | Weblog
船橋の支援者、大久保さんは、我々が千葉刑務所にいたときに守る会が行った船橋駅宣伝に出会い、それから運動に関わってくれている。
仮釈放で帰った当時は、そう活動もなかった俺は誘いに甘えて、何度も大久保さん宅に来たことがあったが、この数年、全く来る機会が無くなっていた。
今日は、喜連川刑務所に冤罪仲間を激励に行き、その後は足利市に移動して菅家さんを激励に行く予定だが、そこに大久保さんも同行してくれることになり、朝が早いことなどで、久し振りに大久保さん宅に泊まった。
大久保さんは遅寝、遅起き。気楽な独り暮らしだ。俺に「死に水を取って欲しい」と言っていたのだが、このところ、話が変わって俺の連れ合いに死に水を取って欲しいのだと言ってる。年齢の割りにはお元気で、大久保さんの言動が巻き起こした波紋は沢山あるし、卸も、何度も喧嘩した。でも、大久保さんと言う人は、いかにトラブルを起こそうとも後ろを向いた瞬間に忘れる人。怒りを根に持たない不思議な人なのだ。今は、その性格が理解されたのか、はたまた大久保自身が年齢で丸くなったのか判らないが、このごろは、すっかりトラブルや怒りが消えてしまった。
不思議な縁でのお付き合い、果たして今後はどうなりますか。
久し振りの大久保さん宅は、やはり独り暮らしの淋しさが一杯だった。