夢鉄城の日記

模型・鉄道・旅に関係した事を中心にしています。

HPリニューアル

2017-12-12 14:08:00 | 余暇
久しぶりにホームページの更新とリニューアルを行った際に、C50の画像を入れ替える為機関車を出したら、KATO50周年記念で購入した最新型に、ナンバープレートが付いていないことに気が付きました。



あれ、確かつけたはずなんだけどな・・・・?はずれたか・・・・?

キャブも確認したらこちらもありません。



早い話付け忘れという失態が判明しました。

先代の機関車のナンバーを確認してだぶらないようにしました。

失態と言う事で、番号はC5050



機関車曰く、ナンバーがなくて中途半端で困っていただけに、付いた番号が
『こまるこまる』かよといっております。



右側は先代のC50

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KATOのEF62

2017-12-06 22:47:00 | 鉄道模型の部屋


2日に届いたKATOのEF62を本日整備しました。
先の2台の62と番号がかぶってはいけないので確認をしました。



その結果41号機になりました。



TOMIXの初期型の番号(川崎は1枚)と同じ番号しか入っていないので、東洋電機・汽車会社の製造所マークになりました。これはTOMIXの改良製品も同様です。



ナンバープレートと会社表示を付けたら、前面のアンテナを付ければ終了です。



各パーツはしっかりと収まってこれで完成です。



左からTOMIX初期製品・同じく改良製品・KATO製品です。社長の衝動買いでいつの間にかEF62が3両になってしまいました( ^ω^)・・・



TOMIXの改良製品と屋根の大きな差異は、パンタ先端部分の黒塗装がないのと列車無線の形くらいです。



走行性能はTOMIX改良製品と同様で、とても安定していて軽快な走りです。
コメント (2)
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勝手に妄想その1

2017-12-04 22:59:00 | 妄想小料理屋
多摩川線のN101系に会いに行って妄想。もしも3000系が残っていたらどうなのかな。



3000系が作られたのは昭和58年~62年。N101・301系が作られたのは昭和54年~59年と後半の製造年を見れば3年ほどの差しかない。
更に3000系の母体である2000系は昭和52年~54年とN101系より古い。



もともと8両固定の3000系を国分寺線に使用するため、中間モーター車の1ユニットを切り捨てて6連にしたので、ここで働く古い2000系の6連を置き換えても良かったのではないかと思える。



国分寺線の乗車密度なら3扉でも問題ないように感じる。強いて言えば国分寺駅での乗降時間が少しかかる程度ではないだろうか。4扉の中に3扉が混じるダイヤなのだから、わざわざ3000系を入れたのならそれに統一して、余剰になった2000系を新宿線や池袋線に充当したほうが運用上効率がいいと思う。
2000系なら併結運転ができるのだから、国分寺線で単独で使用するより利用価値があると思うわけである。



本川越直通も3000系6連で行っていたのだからこれも問題がないはずだし、新所沢駅で実験していたドア数対応型ホームドアもあるのだから、実際に導入した時点で必要なのは特急小江戸の停車駅と所沢~本川越間の駅でいい。
9編成のうち国分寺線で必要な本数は予備を入れて5~6編成。残りの3編成はどこで使うかと考えると狭山線の西所沢~西武球場前で、こちらは8両固定で使用できる。



もう少し妄想も広げられるかもしれないので、続きは次回と言う事でこれから頭を整理しよう。


コメント (4)
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