夢鉄城の日記

模型・鉄道・旅に関係した事を中心にしています。

日本海軍の塗装

2024-04-14 21:32:29 | ノンジャンル

そろそろ溜まってきているプラモデルを作って、在庫整理をしなくてはと考えています。

まず手始めという事ではないのですが、タミヤの伊ー400(1/350)からと思っています。

ところが、この潜水艦に関しては、どうもプラモデル完成写真の塗装ではないという事が判明しています。

日本海軍艦艇図鑑では、伊ー400は同型艦も含めてレーダー感知をしにくい塗装がされていて、全体的に黒塗装になっている図面が掲載されています。

写真ではカラーがないので、本当に黒色であるかも疑わしいところです。

このため図鑑に出ていた写真をコピーして、モノクロをカラー化するソフトを使用して検証する事にしました。

写真はモノクロで鮮明なとは言えない状態です。スキャナーで取り込みカラー化ソフトに入れてみました。

終戦後に撮影された伊ー400と401は後方からのものですが、処理した写真では黒一色という状態でもないようです。

艦橋のある部分はかなり黒く、格納庫に当たる部分から甲板にかけては鉄錆状のような色になっています。また機関砲は砲身がやや青く見えます。艦橋より下は赤黒い塗装なのかもしれません。

潜水中であれば一番目立つ艦橋と上段甲板がより真っ黒な方が上空からは見えにくいと言えるのだと思います。

吃水線下も通常の色ではないようです。やはり全体黒色になっているのかもしれません。一般的な艦船プラモデルの艦底色はブドウ色を使う事が多いのですが、実際は赤に近い塗装であってこの部分は違っていると思われますが、艦艇によっても違う可能性もあるのでよくわかりません。

軍事機密の高い海軍艦艇の写真は戦後に処分されてしまったのか、それとも終戦まじかに廃棄されているのか、竣工時の写真は見る機会が少ないです。また有ったとしても機密度の高い戦艦、潜水艦、航空母艦は詳細写真が隠蔽されているので塗装の再現は難しいですね。

今回カラー化出来たので、これを参考にして作ろうかと思います。まだ他の写真もあるでしょうから、それもカラー化して参考に出来ればいいかなと考えています。

コメント (6)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« バージョンアップ | トップ | 北陸新幹線 »
最新の画像もっと見る

6 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
艦底塗装は・・・ (N藤史郎)
2024-04-28 11:10:31
 Kimi2社長、たしかに艦艇の塗装は何も考えずに決まったものに塗っていますね。但し艦の喫水線下は軍艦に限らずフジツボなどの付着を防ぐために鉛系の塗料が使われてきたことで鉛丹の色であったのではないでしょうか?しかしながらすぐに汚れてしまって黒っぽくなってしまっているのでしょうね。いっぽうで喫水線上の色についてはご指摘のように黒っぽかったのではないでしょうか。当時の潜水艦は通常、浮上した状態で航行していたはずなのでより天敵である航空機にできるだけ発見し辛い色にしていたということは想像に難くありませんね。また塗料の物性も良くなかったと思うので、すぐに錆が出てしまっていたのかな、と想像しております。ただ、艦艇モデルの場合、リアルな汚れを再現してしまうと形の把握やそもそも展示物としての美しさの点で問題がありそう、とも思います。実物の艦船の中に、その模型が展示されていることがあり、それらの一部は嘗ての交通博物館に寄贈されて展示されていましたが、それぞれ竣工時の美しい塗装が再現されていましたから、軍艦、護衛艦がグレー塗装を施されていた場合、当初はその色であったのですね。果たして隠密行動の潜水艦はどのような色であったのでしょう・・・。
返信する
潜水艦 (Kimi2)
2024-04-28 11:34:52
N藤史郎様、確かに吃水線下の塗装は汚れがひどくなるようですね。戦時下における資材の不足は塗料も同様だったので、きれいに整備する事は出来ず、汚れていったり錆が発生しているのだと思います。

潜水艦に関しては、海面近くを航行しているので、敵に見つかりにくい塗装は重要だと思います。
特に防空に関しては丸裸に近い状態ですから、見つかれば逃げることも難しかったかもしれません。

伊400形に限らず、ほかの潜水艦も黒色だったのではないかと思われます。横に並んでいる伊14も同じように黒いですし、ほかの種類の潜水艦写真でも明るい色は出てきませんから、プラモデルの塗装に関しては、洋上艦船を模倣しているのかもしれません。

多色塗装であったとしても、甲板は水面に目立たない色であったのではないかと思います。
伊400型の塗装については、今でいうステルス塗装を施していたと言う事ですから、反射しにくい黒色塗装が全体にされていたというのが正解なのでしょう。

戦争で主要な艦船は残っていないし、沈没を免れた戦艦や潜水艦もアメリカが処分してしまったので、戦争遺産がないというのは残念なことです。

これは処分した背景にソ連がいたからだと思います。日本の技術が漏れる事をかなり嫌っていたという事でしょう。
返信する
Unknown (大田鉄道)
2024-04-28 13:40:55
考証

私はこのジャンルは全く素人ですが、取り敢えず、伊ー400を検索致しました。

Wikipediaの画像の模型ですと、喫水線の下は緑系の色でしたが、はて?

全長122m、艦橋下に防水扉に守られた戦闘機が3機、格納出来るのですね。

終戦時に米軍に拿捕されて、船体を徹底調査した後に沈められたそうで・・・。

1/350の模型でも35㎝近いそうですが、凄いキットをお持ちですね?
返信する
大きさ (Kimi2)
2024-04-28 16:51:54
伊400の任務は、アメリカ本土への晴嵐による爆撃で、準備を進めて出陣できる体制になった時に、終戦で任務中止になったため、敵に姿を見せたということのようですから、実際に終戦を知ることがなければ、本土爆撃を追行していたかもしれませんね。

また、この船の性能は当時としてはとんでもない高性能を要求されて建造され、外国に全く認知されていなかったという事の他に、潜水艦が空母になるという発想も出来なかった連合国にとっては、実物を見た時に驚愕する現実だったと思います。

通常カタパルトを装備した飛行機での空戦は無理がありますが、ひそかに敵本土に近付き、低空飛行を行えば、レーダーにもとらわれないので、これが大々的に装備されていたらかなりの脅威になると思います。

世界最大で高性能な二式飛行艇も、潜水艦から燃料補給を受ければアメリカ本土の攻撃から帰還できるので、当時としては二軍になっていた水上機の活用も幅が広がったかもしれませんね。
返信する
潜水艦隊 (N藤史郎)
2024-04-29 06:57:45
 潜水艦に航空機を搭載するのは海大級潜水艦伊号に偵察機を搭載していたことから帝国海軍が熱心であったことは明らかですが、晴嵐は爆撃機で要求された高性能からも明らかに用途は異なりますね。山本五十六提督は日米開戦を睨み、数的に不利な海上艦艇の劣勢を補完すべく、潜水艦によるアメリカ本土爆撃を計画していました。その数は数十隻としていましたが、結局完成した伊号400型は3隻のみ、遅まきながら本土爆撃を諦めパナマ運河破壊とウルシー泊地攻撃に切り替えたものの終戦を迎えたのですね。
 さて、日米が互いに太平洋を挟んで仮想敵国と看做し関係が悪化しつつある中、日本は軍艦の建造に励んでいたたものの、それらの艦艇は大型の戦艦や航空母艦でさえ、米国本土への往復ができる航続距離を持たせず、その点で米国に「気を遣って」いました。が、潜水艦は別で潜水母艦の給油を受けずとも悠々米国本土往復どころか、伊号400はほぼ地球一周できる、というのですから驚異的です。実際に米国本土を直接砲撃して西海岸の住民を恐れさせたのも伊号潜水艦ですし、唯一の本土爆撃も戦果は乏しいものでしたが、潜水艦艦載機でした。ただ、ドイツからメッサーシュミットなどの技術情報を持ち帰るべく潜水艦が活躍しましたが、多くが戦争末期には撃沈されています。それは夜間の海上航行中に発達した夜間攻撃機のレーダーによる捕捉、攻撃によるものとされますが、ドイツ人将校によると日本の潜水艦は防音などが遅れていた、と指摘しています。それにしても伊号400は艦をふたつ並べて合体させたような画期的な発想による、画期的な設計がなされ、その大きさと将来的な発展性を米軍関係者も高く評価して、ソ連の諜報機関がその存在を掴み調査への参加を要求してきたことから、調査、廃棄を急いだものとされていますね。海上艦艇以上に隠密行動を任務とする云わば忍者のような「影の」存在である潜水艦を残すことはたとえ戦勝国であってもなかなかできないのでしょうね。そういった意味でも模型で残すことは意義のあることなのだと思います。
返信する
生産バランス (Kimi2)
2024-04-29 11:45:30
海洋国であることは今も昔も日本の防衛では不変ですから、海上防衛は重要だと思います。
第二次世界大戦では自国を守る以上に、占領した地域の海域が広いので、こうなると艦船の配置をもれなくすると言う事は出来ません。
やはり防衛のライン抑止力となれば潜水艦が一番効率がいいのかもしれません。

ハワイで飛行機の力を実証したにもかかわらず、巨艦大砲主義に固執した海軍は、アメリカに戦争はこうあるべきという教訓を与えながら、自分たちはそれをしっかり評価する事がなかったところに最初の敗因があったとされています。

また、暗号もこまめに変えることなく使用するなど、自分たちの安全面でも劣っていたことすら気が付かないのは、ものの考え方が傲慢だったからでしょう。

伊400型が予定通り早期に配置されていたら、常にアメリカの懐に刃を突き付けていられたかもしれませんね。
そうなると、本土防衛にも軍備を回さないといけないので、戦力も分散されていたかもしれません。
まあ、机上の妄想ですけどね。

日本の海軍機と陸軍機では要求される性能が違うので、本来ならどちらかに特化したメーカーが請け負った方が効率が良かったかもしれません。

当時の生産技術では、あっちもこっちもという雑多な機種を作ることは大変だったのではないでしょうか。

戦争後半では零戦の優位性が落ちているにも関わらず、無防備に近い脆弱な機体を第一線で配備し続けていたりしていたのは、零戦神話から脱却できなかった部分もあるのかもしれません。
無茶苦茶な性能を要求してくる軍部にも問題があったように感じます。

余りに要求を詰め込むと開発ペースが落ちますし、不具合も多くなるでしょうから、次世代が出てくるのには障害だったかもしれませんね。
返信する

コメントを投稿

ノンジャンル」カテゴリの最新記事