スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

マイナビ女子オープン&無限の一義性

2014-04-16 19:07:36 | 将棋
 鶴巻温泉で指された昨日の第7期マイナビ女子オープン五番勝負第二局。
 里見香奈女王の先手で初手▲5六歩からの中飛車。加藤桃子奨励会1級が1筋を受けたのを見て先手は角筋を止めましたが,後手は穴熊に。先手は銀冠を作り,5筋を交換。この直後に後手から仕掛け,飛車を成り込んだ上に駒得となりましたので,相当のリードを奪ったように思えたのですが,実際はそれほどではなったようです。それでも優位に立っていた後手が決めきれず,第1図を迎えました。
                         
 ここは△2四桂を防ぎつつ▲2五歩と突くのが最善だったよう。ただ実戦の▲1五歩でも△2四桂に▲4三角と打つ手があり,問題はなかったようです。後手が△8八龍と入ったところで▲1四歩は大きな取り込み。対して△1六歩は手筋といえる切り返しですが▲同角成と取ったのが好判断であったようです。
                         
 普通は△同桂なのですが▲4八金と絡んでいきました。▲同金△同龍▲3八金は当然の応酬。そこで△7八龍か△5八龍と思われたところ,△同龍と切りました。▲同王に△1六桂とようやく取り,▲同香△1七金。ただこれはもたれたという感じで,先手玉がすぐに寄るというわけではありません。▲1三歩成が回り,ここからは先手の勝ちになっているといえそうです。
                         
 途中は不調による大局観の悪さを感じさせたのですが,その後は力を発揮した里見女王の勝利で1勝1敗。第三局は25日です。

 僕のように無限の一義性を,実体および属性と無限様態の両方の無限に依拠して判断すると,無限様態の媒介によって個物res singularisが生起することを,第一部定理二八のうちに見出すことが非常に困難になります。この定理には,僕が示した第一部定理二八の意味以上の事柄を発見することができないように思えるからです。しかし,無限様態をres particularisに含まれるものと理解することによって,無限の一義性を実体および属性だけから判断する場合には別です。この場合には,第一部定理二八のうちに,媒介としての無限様態を浮かび上がらせることが,わりと容易に可能になります。
 第一部定理二八が第一義的に示しているのは,現実的に存在するres singularisAの存在と作用の原因はそれとは別のres singularisBであるということです。そしてこれと同じことがres singularisBにも妥当し,そうしてres singularisBの原因として措定されることになるres singularisCにもそれが妥当するといった具合に,この関係が無限に連鎖するのであり,この連鎖を遡上していった先に,第一部定理一六系三で示されているような第一原因としての神に到達することはないということが帰結します。ですから神がres singularisの原因であるということは,別の仕方で理解されなければならないのであり,それはあらゆるres singularisの最近原因として神を理解するという方法です。これは無限をどちらの仕方で一義的に把握するのであっても第一部定理二八から,共通の要素として見出すことができます。
 無限様態の無限性を神の無限性,あるいは神の絶対的本性を構成する属性の無限性と同一の無限性として把握すると,神が最近原因であるといわれるのと同一の意味において,無限様態の媒介でres singularisが生起するということを認識する必要に迫られます。でも無限の一義性が無限様態には及ばないならその限りではありません。これがこの定理のうちに無限様態の媒介を発見する可能性の前提です。

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