家庭教育支援、国が方針 住民の協力は「責務」 自民法案
(2016年10月22日05時00分 朝日新聞デジタル)
http://www.asahi.com/articles/DA3S12619776.html
今朝の新聞記事を見て、もう唖然というのか、ため息つくしかないのですが・・・。
「実効性ないし、やる意味ないから、こんな法案つくるのムダ」と、今から先に言っておきます。
なにしろ、臨教審の頃以来だから約30年間になると思いますが、あの手この手で「家庭の教育力」強化とか「家庭教育支援」とか言って、日本の教育改革のなかでこの間、いろんなことしてきました。
でも、それで何か、学校や家庭は、具体的にいい方向に変わりましたか?
余計にしんどくなってる家庭、増えてるんじゃないですか?
そもそも、子育て中の家庭が気持ちも穏やかに過ごせるような、保護者の就労と家事育児を両立させるような施策を怠ってて、「家庭教育支援」ですって。
「ふざけんな!」といいたい。
まずは、子育て中の家庭、特に保護者たちが、今よりも1時間でも2時間でも早く帰宅できるとか、土日は必ず休めるとか、そういうことからきっちりやるべきでしょう。
それが一番の「家庭教育支援」だと、私は思います。
それに、これって何年か前に猛反対にあった大阪市の「家庭教育支援条例」の焼き直しでないかと。
「それと同じことくり返したいの?」と、私などは思ってしまいます。
結局のところ、この法案というのは、「一億総活躍社会」実現に向けて、いかに「家庭」をその「総活躍社会」の下請けに活用するかという、そういう意図で出されているものではないのか、と思います。
そして、この「総活躍」という言葉は「総動員」に置き換えることもできます。
また、すでにいじめ防止対策推進法(2013年)制定の時点で、学校の行ういじめ対策への家庭の協力等の責務が規定されたことで、この「家庭」を「総活躍社会」の下請けにする路線は、ある程度「地ならし」がなされていたのでは・・・と私は見ています。
<追記>
この「家庭の教育力」の話でもそうですが、私はこのところ、臨教審(いや、場合によれば1970年代の中教審)以来今日までの教育改革の流れをいったん「総括」あるいは「検証」して、その改革のなかで何ができていて、何がだめになっているのかをきっちり問い直したほうが、「より建設的」な話になるような気がしています。
臨教審(あるいは1970年代)の頃から、明治維新、敗戦後改革に続く「第三の教育改革」と言われ、いろんな取り組みが行われてきましたが、そろそろその「第三の教育改革」そのものの「歴史的な検証・総括」をしなければ、「同じ失敗のくり返し」になるように思えてきました。