「拉致被害者家族会」の横田滋氏の死去(5日)を日本のメディアは大々的に(異常なほど、とくにNHK)報じました。新聞各紙はその後いっせいに社説で論評しました。その論調は重要な事実にあえて触れない、きわめて一面的なものと言わねばなりません。
産経、読売は論外として、朝日、毎日、東京にほぼ共通しているのは、「北朝鮮の非道さを非難するとともに、日本政府には問題の解決へ向けた有効な方策を急ぐよう強く求める」(7日付朝日新聞社説)など、朝鮮民主主義人民共和国(朝鮮)を強く非難する一方、安倍政権には今後の取り組みを期待するというきわめて不公正な論調です。
それが端的に表れているのが、2002年の日朝首脳会談(写真右)と日朝平壌宣言への言及です。
各紙は02年の日朝会談で、「北朝鮮の金正日総書記は拉致を認めて謝罪」(7日付毎日新聞社説)し、「拉致を含む包括的な解決をめざす」(同朝日社説)平壌宣言を行ったと、会談と宣言を「拉致問題」の視点からだけ取り上げ、「北朝鮮」がこれを守らなかったと朝鮮非難の材料にしています。
これは平壌宣言の核心的部分を隠ぺいしたきわめて恣意的な論調です。金総書記の「拉致問題」への言及はあくまでも会談・宣言の全体の一部です。
日韓平壌宣言は4項目からなっており、第3項目で、「日本国民の生命と安全にかかわる懸案問題については…このような遺憾な問題が今後再び生じることがないよう適切な措置をとる」として「拉致問題」に触れています。重要なのはその前の第2項目です。
「日本側は、過去の植民地支配によって、朝鮮の人々に多大な損害と苦痛を与えたという歴史の事実を謙虚に受け止め、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明した。
双方は…国交正常化交渉において、経済協力の具体的な規模と内容を誠実に協議することとした。…双方は、在日朝鮮人の地位(在日朝鮮人差別―引用者)に関する問題(を)…誠実に協議することとした」(日本外務省HPより)
平壌宣言の核心部分は上記の太線部分です。これが全体の土台であり、「拉致問題」もその上に立って協議されました。
それは当然でしょう。なぜなら、「拉致問題」というなら、日本が「過去の植民地支配」で朝鮮の人々に対して行った強制連行(動員)、日本軍性奴隷(「慰安婦」)化こそ重大な「拉致問題」に他ならないからです。日本側がその「歴史の事実を謙虚に受け止め」謝罪したことによって、日本側の主張する「拉致問題」も協議されたのです。
ところが日本政府は、その後アメリカの東アジア戦略に追随して朝鮮に対する「経済制裁」を強めてきました。そして安倍晋三氏が首相になると、2015年の「日韓合意」で「慰安婦問題」の棚上げを図り、「徴用工(戦時強制動員)問題」ではその加害性にまったくほうかむりし、高校無償化で朝鮮学校を除外するなど在日朝鮮人差別を強めてきました。平壌宣言の核心部分を一方的に反故にしてきたのが安倍政権です。
「拉致問題」が進展しないのも(安倍首相は「拉致問題」を政権浮揚に利用)、日朝関係の正常化がまったく進まないのも、安倍政権のこうした姿勢に根源があることは明白です。
にもかかわらず、平壌宣言の核心部分にまったく触れないまま朝鮮非難を強めることは、安倍政権への追随であり、日本国民の反朝鮮感情を煽るものであり、日朝関係の正常化はおろか、「拉致問題」の解決にも逆行するものであることを、日本のメディアは肝に銘じるべきです。