↑ 登ってきた「ケーブルカー」に乗ります ↓ 私の「ケーブルカー」の影が写っています
8時半集合で、待っていたバスに乗り、9時には寒霞渓に到着です。頂上では
約1時間の自由時間がありました。「今年の紅葉は、あまり綺麗でない」と言
う運転手さんとガイドさんの話を聞いていましたから、残念ながら期待はして
いませんでした。
ここには「総工費1億円のトイレがあります」と言うので、入ってみましたが、
何処にそんな大金が掛かっているのか分かりませんでした。「広くて、明るい
普通のトイレ」でした。
1億円のトイレと言えば、確か姫路城にもあったように思います。あそこは、
横目で見ただけで、素通りしました。
やっとくることの出来た「寒霞渓」でしたが、あまり良い顔を見せてもらえな
かったようです。頂上までバスで来て、バスは一足先にケーブル下で待って
います。私達は下るケーブルに乗り込みました。
途中から、島育ちガイドの「ふるさと里山ツアー」と言って、日ごろ観光客の
行かないところを案内してくれるそうです。私は「寒霞渓」と言う字に目が貼
り付けで、その他のことは気にしていませんでしたが、1日「ふるさと里山コ
ース」のようでした。
島育ちガイドさんは元観光局勤務だったと言うだけあって、説明が的確でした。
このガイドさんが乗車してからは、すべての采配は任されます。
まずは「ヤマロク醤油」に行きました。小さなお店でしたが、昔ながらの杉樽
でつくって、1~2年寝かせてから出荷すると言います。その杉樽を見せてい
ただきました。たるにはカビ状のものが一杯付いていて、不潔なように思いま
したが、この菌こそが、味を作ると聞きました。今の大手の店は杉ダルではな
く、プラスチックの容器で菌を植え付けるので3ヶ月もすれば醤油が出来上が
るそうです。
時間に余裕があると言うので「「オリーブ公園」に立ち寄りました。私にすれ
ば、ご近所に、大きなオリーブの木がありますので、あまりうれしくありませ
んでしたが、ここから見る風景は素晴らしかったと思います。
すぐ近くで「茹でそうめんと弁当」で昼食でした。食べる前に、そうめんの延
ばし方の実演がありましたが、これも私にすれば、兵庫の地場産業「播磨のそ
うめん」で見たばかりですから…。
次が、思いがけない場所でした。島ガイドさんが言うには「小豆島霊場第72
番の奥の院です。100段以上の階段を登り、鎖場を登ります。その上に霊場
はあります。足腰の痛む方はお残りください」
参加希望者は14人ほどいたのですが、階段の下についたときに「登れない!」
と踵を返し、結局、登ったのはガイドさん2人を入れて9人でした。
苔むした、石を積み上げただけの階段は不安定でした。次の鎖場に行くまでの
道端に灯篭とお地蔵様がずら~っと並んでいました。鎖場は2箇所ありました。
鎖場の前方には洞窟があり、入り口がぽっかりあいていて、頭の上に鉦がぶら
下がっていました。一人ずつ、鉦を突き「不動明王さま」に着いた事を知らせ
て、穴に入ります。中は真っ暗でした。目が慣れてから、摺り足、岩を手探り
でしばらく進むと、本堂にでました。
お坊さんと共に「般若心経」を唱えた後、「数珠」について色々と教えていた
だきました。
登りにくい階段を登り、鎖場を登っていますと、私の心の中に「あれっ!もし
かしたら、私は又お遍路できるかも?」と言う何となくの自信がもくもくと沸
いてきたのには苦笑しました。しんどかったけれど、入ってよかったと思いま
した。帰りは鎖場は通りましたが、階段は私たちが下りるには危険すぎると感
じました。回り道のの自動車道を通りました。
本堂が繰りぬかれている山肌には沢山の仏様が彫られていたそうですが、風雪
にさらされて、消えてしまったものも多いそうです。今残っている仏様もアウ
トラインだけで、目鼻は消え、どうにか姿をとどめていると言うものが多かっ
たです。こんな険しい山肌に、どのように身を置いて掘られたのかと感心しま
した。
最終目的地は「農村歌舞伎の舞台」と「中山の千枚田」でした。中山の千枚田
には天皇皇后も来られたそうです。その時は、両陛下がお歩きやすいように、
階段をつけられたそうです。しかし今は穂も刈られていますから、あまり見ご
たえのあるものではありませんでした。
島育ちガイドさんとはここでお別れでした。フェリーに乗るために「土庄港」
に向かいました。駅前には「二十四の瞳」の像が建っていて、人だかりが出来
ていました。
バスに乗ったままフェリーに乗船し四国・高松港へ…。そこから「快速マリン
ライナー」に乗って岡山に、新幹線に乗って、新大阪に、我家に無事到着です。