緑陽ギター日記

趣味のクラシック・ギターやピアノ、合唱曲を中心に思いついたことを書いていきます。

名車 スバル レオーネ

2019-02-11 20:10:49 | 
いつか記事にしようと思っていた車があった。
その車は、スバル(富士重工業)のレオーネという車だ。
今は無い絶版車だ。
レガシィやインプレッサの前身の車。
レオーネは5回モデルチェンジしたが、1979年に発売された2代目のみが好きだ。

この2代目レオーネは今まで見た乗用車の中で最高のデザインを持つ車だ。
星の数ほどある乗用車(オフロード車除く)の中では、この2代目レオーネしか好きになれない。
このデザインは自分にとっては究極といっていい。
全く無駄のない均整のとれた形状、大きさ。
これ以上ないというくらいのフロントの形状とライト、エンブレムの配置。
地味であるが故に人を惹き付ける存在感、オーラを感じさせる。
この2代目レオーネをデザインした人はどんな方だったのだろう。
本当に素晴らしい。

この車に初めて出会ったのは大学1年生の時だ。
当時、実家を離れ、大学のある北海道のある町に住んでいた。
そこは坂の多い、歴史のある町であったが、雪の積もる冬は坂道を登るのが大変であった。
後輪駆動(FR)だとまずスリップして登っていかない。
前輪駆動(FF)か四輪駆動(4WD)でないと登り切れないことがあった。
そのため、この町のタクシーにレオーネが数多く採用されていた。
レオーネは2WDもあるが4WDが主流だったと思う。
乗用車スタイルで4WD車は珍しいし、個性的だ。
それまで車に全く興味がなかったのに、その時初めて車のデザインというものに目覚めた。

とは言ってもこれをきっかけに自動車に興味を持つということはなかった。
車の免許を取ったのも就職で東京に出てくる直前(3月半ば)であったし、両親ともに免許を持っていなかった。
そのため、自分の車を持つまで車というものを意識したこともなかったし、車種も殆ど分からなかった。
私の大学時代の時は、殆どの男子学生が車に関心を抱いていたと思う。
今の若い方は意外に車に乗らないし、関心も薄いようだが、私の学生時代と言えば車の話題が多かった。
マンドリンクラブの先輩や後輩で、ホンダのプレリュードやトヨタのAE86などを新車で乗っていた人がいたのを思い出す。
私は当時は車に関心がなかったし、貧乏学生だったので車など持つことなど出来なかった。

しかしそんな自分も、就職し車を持つようになると瞬く間に車好きに変貌してしまった。
車は運転するのも、見るのも、整備するのも好きだ。
しかし見るのは今の車ではない。
1970年代以前の旧車だ。
絶版車カタログやインターネットで見る。

この2代目レオーネ、今でも稀であるが、中古車で販売するのを見かけることがある。
何年か前に、新潟と静岡でこの2代目レオーネの中古車が販売されているのをインターネットで見つけた時は、買おうかと思ったほどだ。
しかし今乗っている車も好きだし、20万キロまで乗るという目標もあるので、やめた。
今から40年前の車なので、燃料噴射装置は機械式のキャブレターだろうし、ボディも防錆鋼板が採用される前であるから、買っても維持するのが大変であろう。
交換部品もストックが無いだろうし。
しかし一度は乗ってみたい車だ。

昨今の車のデザインときたら見るべきものは無い。
やたらに中年太りした車が横行している。
そして最近気づいたのだが、ヘッドライトの形状が何か不格好なのだ。
車を正面から見ると、人の顔のように見える。
ヘッドライトが両目である。
このヘッドライトが、つり上がった鷹のような鋭い目のような形状のものが結構あるのだ。
あとは森永グリコ事件の犯人の似顔絵に出てくる、細いキツネ目のようなヘッドライトも見かける。
こういうデザインのヘッドライトを見ていると思わず「プッ」と笑ってしまう。
こんな目にしてしまうデザイナーは、本当にこのデザインがいいと思って商品化したのだろうか。
今手許に「絶版車カタログ1970-1979」があるが、この時代のヘッドライトは丸目か角目のいずれかである。
今のようなデザインのヘッドライトは皆無である。
車のデザインはまさにシンプルイズベストであろう。
シンプル、地味さをベースに、何か人をそれとなく隠し味のように惹き付けるものを持っているのが昔の車のデザインの特徴だった。
車のデザインは1980年代から徐々に駄目になっていった。





















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