世界の中心で吉熊が叫ぶ

体長15センチの「吉熊くん」と同居する独身OLの日常生活

2005年03月04日 22時13分19秒 | Weblog
ネット注文したDVDを受け取った。
今週はまさに残業続きで、帰宅時間が9時だった。
不在届が毎日玄関に溜っていた。

今日は久々に早々と帰宅でき、やっと入手できた。
会社の大先輩に教えていただいた映画。
「海へ~See You~」
最近、パリダカを舞台にしたお芝居を鑑賞し、パリダカに興味を持ったのである。
そんな私に大先輩はこの作品を教えてくださったのだ。
今夜、早速観てみようっと。
高倉健サマ、かっこいいよね~♪♪♪楽しみ。



映画と言えば、毎年櫻の咲く頃、必ず観る映画がある。

「櫻の園」である。

毎年創立記念日にチェーホフ作「桜の園」を上演する名門女子高の演劇部が舞台。
当日の朝から開演までの限られた2時間に、
不祥事から上演の危機に陥るという事件を軸として
少女たちの揺れ動く心が淡々と描かれている。

私は女子校未体験なので、この学校の独特の香りにクラッとしてしまう。
それは櫻を目にした時の吸い込まれそうな感覚に似ている。
みずみずしい感情が恋しくなる櫻咲く頃、
私はこの映画を必ず観てしまう。

本編は、櫻が盛りだくさん描かれている。
少女たちの眩さは、それに負けないぐらい印象的だ。


櫻って不思議な花だと毎年思う。
あの樹皮を煮詰めて染め物の染料に使うと、
淡いピンク色に染まるらしい。
花ばかりでなく、あの太くて茶色い幹や枝にそんな隠れた美しさがあるなんて…!
櫻を見る度に、人が不思議な感覚に襲われるのは、
櫻にそんな妖しさがあるからなのではないだろうか。
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「落ち込むこともあるけれど、私は元気です。」

2005年03月04日 00時07分26秒 | Weblog
「落ち込むこともあるけれど、私は元気です。」

魔女の宅急便の宣伝コピーである。
尚且つ、主人公キキが本編のエンディングで両親に宛てた手紙の結びである。

魔女の宅急便が上映されたのは私が小学6年生のとき。
キキと私はほぼ同い歳だった。
鑑賞時の感想は
「魔女って大変そう。魔女じゃなくて日本の小学生でホント良かった。パパやママと離れ離れになったら生きていけないし。それにしてもトンボって従兄弟のヤッちゃんに似てるよな」というものだった。
初めて友達だけで宇都宮の市街地に行き、観た映画。
おこづかいでパンフレットと下敷を購入したのをよく覚えている。

私のいた6年3組では魔女の宅急便がブームで、
女子の間では魔女の宅急便下敷を持つのがステイタスであった。
(下敷きはかなり気に入っていて、中学3年生まで使用していた)

6年3組担任の京極先生は若い臨時教員で、上京経験を持つ人だった。
「この映画は観ておくべきだよ。何年後かに必ず役に立つから」
と、公立の先生…つまり公務員なのに映画会社の広告塔のように
連日、この映画を熱くアピールしていた。


16年後の今、キキをよく思い出す。
また、6年3組の私が得られなかった新しい解釈を持ち
京極先生が言っていた言葉の真髄を理解しつつある。

…今、私がキキと同じ立場にいるからだろうか。

空を飛ぶ能力以外何も特技がないまま、見知らぬ土地に住み始めたキキ。
配達業という仕事をしながら、日々の中で彼女はよく笑いよく泣いた。
優しさに触れて感動し、そしてスランプも体験した。


今日の私は、よく笑った。
先週、落ち込んでいたのが嘘のように。

キキのように空中浮遊すらできない私、上京してから本当に色々あった。
今も必死である。


日常に潜む嬉怒哀楽の種を上手に飲み込むことによって、人は成長していくのだと思う。
嬉の種ばかり貪りたいけど、そうはいかず怒や哀の種を飲み込む時もある。
そんな時、その人本来の姿が露呈されるのではないだろうか。

感情の赴くままの人、ぐっと堪える人。
様々だ。

できるなら、私はどんな種を飲み込んでも、最終的には自己を成長させる種と解釈し、
自分色の花を開花させたいと願う。

キキは喜怒哀楽の種を頑張って消化した。
ユーミンの歌が流れるエンディングでの彼女は配達業のビジネスを成功させ、
飛行クラブの仲間と草原で遊んでいる。
その姿はまさしく大輪の花を咲かせ眩いばかりに輝いている。


黒猫のジジはいないけど、私には吉熊がいるから平気!


「落ち込むこともあるけれど、私は元気です。」

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