晴乗雨読な休日

休日の趣味レベルで晴れの日は自転車に乗ってお出かけ。雨の日は家で読書。

冲方丁 『光圀伝』

2018-07-29 | 日本人作家 あ
世間の一般認識でいうところの「水戸黄門」といえば、
助さん格さんのお供を連れて全国行脚をし、旅先での
不正を見ると解決に乗り出し、とどめの印籠バァーン
ですが、あれは誇張というか完全なフィクションの話
でして、御三家の前藩主が領地の水戸と江戸以外のど
こかにそうかんたんに出かけられるはずはなく、実際
は日光に数回、あとは鎌倉に行ったぐらいだそうです。

あと、「恐れ多くも先の副将軍・・・」という決めの
セリフがありますが、そもそも幕府に(副将軍)とい
う役職は存在しないのです。ただ、この『光圀伝』に
よれば、他の御三家(尾張、紀伊)に比べれば家格が
低く、それでも北の防衛という重要任務を任されてい
たことと、隠居前の幕府内における光圀の影響力の強
さから、世間からは(水戸の副将軍)と呼ばれていた
とか。

『光圀伝』は、水戸光圀の一代記を描いているわけで
すが、合間に「明窓浄机」という光圀の自分の人生を
振り返る(物語)が差し挟まれています。そこでよく
出てくるのが「余が(あの男)を殺した」云々という
言葉。(あの男)とは、水戸藩家老、藤井徳昭。通称
紋太夫。

葉室麟さんの「いのちなりけり」でもそうでしたが、
この『光圀伝』でも、オープニングに江戸屋敷にて
能の会が開かれてる最中に前藩主の水戸光圀が家老
の藤井徳昭を刺し殺すという事件からスタート。

いちおう理由としては、藤井が御三家の弱体化を画
策していた柳沢吉保に内通していた、などといわれ
ていますが、真意は不明。ここでは「おお、なるほ
どそういうこと」という理由にしています。皮肉に
もそれから200年後、水戸家から出た将軍が・・・
という構成がまた面白いですね。

さて、光圀さん。徳川家康の孫にあたります。父は
家康の十一男(!)の頼房。上に十人も兄がいたと
いうことですが、こんな面白いエピソードが。
ある日、家康が息子たちを集めて「天守閣から飛び
降りたらなんでも好きなものをやる」と言いますが、
他の兄たちが尻込みする中、頼房が自分がやります
と言い出します。そして「次の将軍位を私にくださ
い」とお願いします。どうせ待ってても将軍にはな
れないのだから、せめて飛び降りて落ちて死ぬまで
の間でも将軍になりたいということだったそうなの
ですが、これには父の家康も「あ、こいつヤバイ」
と思ったのでしょう、将軍家に次ぐ地位である御三
家のひとつを与えて「今後も宗家を補佐してくれ」
となったそうです。

で、その光圀ですが、長男ではなく、じつは三男だ
ったのです。これにはさまざまな憶測があって、兄
の竹丸(のちの高松藩主、松平頼重)が重病だった
ためだとか、そもそも父の頼房には正室がおらず、
ふたりのお母さんのお久は側室で、これもまた憶測
を呼ぶことに。

このことは光圀の人間形成に大きく影響して、十代
の頃は街に繰り出しケンカや岡場所に通ったりした
そうで、その後、素行を改めますが「自分は三男な
のに世子」という呪縛に苦しみます。

この少年時代のエピソードとして面白いのが、謎の
老人と出会うのですが、その老人の名は宮本武蔵。
そして武蔵が逗留している寺の和尚の名は「沢庵」。
これをオープニングの(事件)と結びつけているの
ですが、個人的にこういう構成、すごい好きです。

そのほかにもまだまだ歴史的に有名な人物と光圀の
エピソードが出てきて、それらがいちいち面白くて
たまりません。
山鹿素行という儒学者で軍学者がいるのですが、あ
ることがきっかけで江戸追放となり、播州赤穂藩に
預かりとなります。そこで儒学や軍学を教えたので
すが、門弟の中に大石良雄という家臣がいて、のち
に雪の夜に消防士のコスプレをして人の家の門をぶ
っ壊して中にいたおじいさんの首を斬るという事件
を起こしますが、これは山鹿素行による(実践的な
軍学)に強く影響されたとのこと。

そして、光圀さんの一大事業といえば、大日本史の
編纂。これに至るまで様々な出来事があります。
ここで出てくるのが安積覚兵衛さんと佐々介三郎さ
ん。この人たちが「助さん格さん」のモデルです。
この編纂事業に手伝いに来たのが紋太夫という当時
は少年でした。光圀はこの聡明な少年をことのほか
可愛がり、小姓、小姓頭、中老、そして3代目藩主
の綱條の側近になり大老にまで出世するのですが、
なぜ紋太夫を殺すことになったのか・・・

当時の中国(清国)から明国復興という名目で来日
していた朱舜水という高名な儒家を水戸家に招くの
ですが、そこで「日本で一番最初にラーメンを食べ
たのは水戸黄門」という有名なトリビアがあります
が、朱舜水から教わったとされています。

そうそう、「天地明察」の安井算哲も出てきます。

文庫で上下巻あわせて1,000ページ近くの長編
で読み終わるまでだいぶかかりましたが、まあ考え
てみたらよく1,000ページに収めたなと逆に驚
きですよ。

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