Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

JIMS 研究大会@電通(汐留)

2011-12-05 12:33:44 | Weblog
12月3日,汐留の電通本社で開かれた日本マーケティングサイエンス学会の研究大会に参加した。この学会の特徴は,基本は各部会の報告によって構成されることである。ただし個人報告があって,そこはトラックに分かれず,参加者が全員聴講することになっている。

今回は産能大の小野田さんが企業情報サイトを就活支援に活用する話,NTT の高屋さんがセレクトショップのECサイトでのプロモーション支援,そして名古屋大の太田さんがプロスペクト理論を考慮して同時購買の価格プロモーションを最適化するモデルの話をされた。

この並びはなかなか象徴的だと感じた。あとの発表になるほどマーケティングサイエンスの立場から見て「洗練された」手法が使われるようになる。一方,現実的な問題意識,実務への可能性や社会的意義という点では前に行くほど明確になる。もちろん,どの発表も力作である点では共通している。

いずれにしても,洗練された手法を用いようとすると,それが適用可能な現実だけを切りとらざるを得ない。それは単純すぎて現場では「使えない」ことが多い。この矛盾はなかなか埋まらず,本質的な溝があるといってよい。しかし,ごくわずかだが,その溝を乗り超える人がいる。

早稲田大学の豊田秀樹先生の発表は,自由回答であれテキストマイニングであれ,質的情報を収集していく過程で「飽和感」が生まれてくる点に注目する。そこで,これ以上収集を続けても新たな情報はほとんど現れないことを理論的に判断できるモデルが提案される。

豊田さんが確率モデルを展開して導出した公式は比較的シンプルで,電卓でも計算できる。モデルを複雑にして MCMC のような「高度な解析手法」を使うこともできるが,実務家にとって敷居が高いし,そこまでの投資に値する価値がないことを豊田さんは熟知している。

他にも現実的な問題意識に基づく研究としてぼくの印象に残ったのは,法政大学の小川孔輔先生や VR の鈴木暁氏らによる,大震災後の広告停止とその後の出稿再開の影響を調べた研究である(ただし個人的な事情でご発表の途中に会場を退出せざるを得なかったのが残念である・・・)。

もう1つ,ぼくがコメンテータをさせていただいた明星大学の寺本高先生の研究にも共感した。新製品の予測についてマーケティングサイエンスではモデルを精緻化する方向で考えがちだが,データを精緻化するという方向もある。多くの実務家にとってより納得しやすい方向でもある。

自分の研究発表についても述べておこう。エージェントベースモデル(ABM)を用いて Watts らのインフルエンシャルズ否定論へ反駁する試みである。ネットワークがスケールフリーで忘却がある場合,しかも製品満足確率が低い場合にハブをシードとする戦略が有効だという結果が得られた。

元々研究上の論争から発した話であり,ソーシャルメディア・マーケティングの実務上の関心に直結するわけではない。なぜなら Watts が主張する多数のシードを用意するバラマキ戦術との比較は,最終的にはキャンペーン費用の構造に依存するからである。そこを一般化するのは難しい。

懇親会の席で豊田先生から,複雑系のモデルでは初期条件のわずかな違いで大きな差異が生まれる(バタフライ効果)のが面白い点だが,一方それはモデルの頑健性に疑いを生じさせるという指摘を受けた。その通りで,ABM を用いる研究者の多くが答えを出せないでいる問題である。

それなりの答えは出かかっているが,まだうまく理論化できない。そこでこの矛盾を胸に秘めつつ,とりあえず前に進むしかないと思っている。そのことは,この問題を深く考えずにアドホックにモデルを量産していくこととは表面上に似ていても,かなり違うことだと考えている。

今回ちょっと驚いたのが,懇親会の参加率が極めて低かったことだ。端的にいえば,そこで意見交換する価値を認める人が減ったということだろう。みんなタコツボに入っているのだ。また,新たに大会に参加した人々(多くは実務家?)にとって敷居が高いこともあるだろう。

代表理事の杉田先生が挨拶で述べられたように,研究が手法の精緻化だけに向かっているという問題意識は幹部の方々にも共有されているようだ。それが学会の企画に反映されればいいわけだが・・・。この学会が「静かな衰退」の途を歩むことにならないように願っている。

JIMS部会~ユーザ組織化の解釈多義性

2011-12-05 12:11:18 | Weblog
先週の今日,JIMS「消費者行動のダイナミクス」部会では,以下の2つの研究発表があった:

開発活動とマーケティングの連携―ユーザの組織化によるイノベーションの実現
 生稲史彦(筑波大学),藤田英樹(東洋大学)

インフルエンサーマーケティングはいつ効くか:エージェントベース・モデリングによる探求
 水野誠(明治大学)

最初の発表は組織論の立場からの研究である。ウェブサービスは,パッケージ型のソフトウェアなどに比べ,システムの完成度を高めることなく市場導入される。そして顧客との対話を通じて改良していくという開発スタイルがとられる。そのためユーザの組織化が重要となる。

本研究の肝は,ユーザがサービスを解釈するプロセスに Weick の理論を適用したことだろう。そこではイナクトメント~淘汰~保持という3段階を通じて「解釈多義性」が縮減するとされる。イナクトメントとは対象を分節化し,何が理解できないかに気づくことだという。

そのプロセスはさらに「創発的」な場合と「意図的」な場合に分類され,それぞれの事例が比較される。その違いは開発初期の解釈多義性の高低にあるという主張に聞こえるが,だとすると同義反復的に思える。実際はもっと緻密に議論されていると思うが自分の理解が追いつかない。

ユーザの組織化を創発的-意図的という一次元に集約しているように見えるが,顧客の発言や参加が製品開発のどのレベルまで及ぶのかなど,本来は多次元のはずである。そのことに著者たちが気づいていないわけがなく,発表をわかりやすくする過程で省略されたのかもしれない。

この研究では主に解釈多義性の動的な変化に注目し,新サービスの成功-失敗を分析しようとする。では,そもそも解釈多義性とは何なのか。個人間での認識のバラツキなのか,一個人ですら明確な認識を得られないということなのか。マーケティング研究者としてはそのあたりが気になる。

ぼく自身が組織論について十分な知識を欠いているせいもあって,この研究に対して「解釈多義性」に直面することになった。本研究で取り上げられている問題はマーケティングでも注目されているホットな話題だけに,お互いのコミュニケーションが円滑に進めば実り多いことになるだろう。

二番目の発表については,一昨日行われた JIMS 研究大会で発表されたので,次の投稿で言及したい。