正確にいえば「行動意思決定論」におけるいくつかの有力命題、たとえば選択における文脈効果はもはや死んだ・・・という主張を行うのが、当該分野を主導してきた Itamar Simonson だというのは、マーケティングや消費者行動の研究者にとって天地がひっくり返るほどの驚きだろう。
さらに正確にいえば、ネットが普及し、サーチ、ソーシャルメディア、レビューサイトなどを一般消費者が使いこなすに至った今日、選択肢として何を比べさせるか次第で選択が変わるという「文脈効果」など、相対的な評価に伴う選択のバイアスが消えてしまう、という話である。
それを本書では絶対価値(absolute value)で消費者が購買する時代になったと述べる。絶対価値という表現は誤解を生みかねないが、それは「相対的でない価値」という意味である。ネット上で他者による評価を参考に、十分に満足度の高い選択肢を簡単に見つけることができる。
こういう時代になると、従来のマーケティングの常識であるポジショニングという発想は効果を失い、セグメンテーションの仕方も根本から変える必要があり、ブランド構築や広告による認知の獲得も無意味になる。ロジャーズ流の普及モデルやキャズム論ももはや非現実的とされる。
従来のマーケティング・リサーチも役に立たない。より高度な手法であるコンジョイント分析やラダリングなども出番がない・・・となると少なからぬリサーチャーが失職してしまう。いやいや、従来のマーケティング手法が役に立つ分野は残るので安心せよ、と一応の気遣いはある。
それにしても、レビューサイトに投稿された消費者の経験はどこまで信じるに足るのか?著者は、デマやヤラセがあったとしても、サイト間の競争で大体淘汰されると基本的には楽観的だ。部分的にはいろいろツッコミはあるにしろ、大勢としてはそうかもしれぬ、と思ってしまう。
さて、本投稿のタイトルは煽り気味に「行動経済学の死」としたが、もちろん著者たちはそんなことは一言もいっていない。行動意思決定理論が発見してきたバイアスやアノマリーを人々の理性が克服したのではなく、それが出にくい方向に情報環境が変わった、ということなのだ。
現在進行中の情報環境の変化が消費者行動にどのようなインパクトを与えるのか、その極限を探究した本として、マーケティングの研究者には非常に刺激的である。実務家にとっては、著者自身が本文中で何度も警告しているように、本書の主張を過度に一般化しないようにしたい。
さらに正確にいえば、ネットが普及し、サーチ、ソーシャルメディア、レビューサイトなどを一般消費者が使いこなすに至った今日、選択肢として何を比べさせるか次第で選択が変わるという「文脈効果」など、相対的な評価に伴う選択のバイアスが消えてしまう、という話である。
それを本書では絶対価値(absolute value)で消費者が購買する時代になったと述べる。絶対価値という表現は誤解を生みかねないが、それは「相対的でない価値」という意味である。ネット上で他者による評価を参考に、十分に満足度の高い選択肢を簡単に見つけることができる。
ウソはバレる ――「定説」が通用しない時代の新しいマーケティング | |
イタマール・サイモンソン, エマニュエル・ローゼン | |
ダイヤモンド社 |
こういう時代になると、従来のマーケティングの常識であるポジショニングという発想は効果を失い、セグメンテーションの仕方も根本から変える必要があり、ブランド構築や広告による認知の獲得も無意味になる。ロジャーズ流の普及モデルやキャズム論ももはや非現実的とされる。
従来のマーケティング・リサーチも役に立たない。より高度な手法であるコンジョイント分析やラダリングなども出番がない・・・となると少なからぬリサーチャーが失職してしまう。いやいや、従来のマーケティング手法が役に立つ分野は残るので安心せよ、と一応の気遣いはある。
それにしても、レビューサイトに投稿された消費者の経験はどこまで信じるに足るのか?著者は、デマやヤラセがあったとしても、サイト間の競争で大体淘汰されると基本的には楽観的だ。部分的にはいろいろツッコミはあるにしろ、大勢としてはそうかもしれぬ、と思ってしまう。
さて、本投稿のタイトルは煽り気味に「行動経済学の死」としたが、もちろん著者たちはそんなことは一言もいっていない。行動意思決定理論が発見してきたバイアスやアノマリーを人々の理性が克服したのではなく、それが出にくい方向に情報環境が変わった、ということなのだ。
現在進行中の情報環境の変化が消費者行動にどのようなインパクトを与えるのか、その極限を探究した本として、マーケティングの研究者には非常に刺激的である。実務家にとっては、著者自身が本文中で何度も警告しているように、本書の主張を過度に一般化しないようにしたい。