Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

「沈黙の螺旋」が消える瞬間

2014-12-01 09:32:21 | Weblog
先週の火曜、JIMS マーケティングダイナミクス研究部会を開催した。最初は、週末の JIMS 研究大会で私と桑島由芙さんの連名で発表する「イデオロギー・価値観・消費」と題する研究の報告である。その中身については、研究大会に関する投稿のなかで紹介することにしたい。

もうひとつは、一橋大学の院生で、社会心理学を研究する横山智哉さんによる「準拠集団内における意見風土が有権者の政治参加に及ぼす影響」という報告だ。横山さんは、有名な「沈黙の螺旋」に関する過去の研究を批判的に眺め、自らの仮説の検証を試みることになった。

1つは、世間と自分以外に、準拠集団(家族や友人)の存在がもたら効果を考慮すること。世間的には孤立していても、準拠集団内に自分と同意見の人々が多い(同質的)なら、人はあまり孤独を感じないであろう。そうなると、少数派であっても熱心に意見を表出するはずだ。

もう1つは、沈黙の螺旋理論で本来考慮されていたはずの、世間の多数派的な見解と自分の見解の「乖離」を明示的に変数化したこと。横山さんによれば、過去の実証研究は、これを欠いていたという。ただ、この乖離をどう変数化するかには、いろいろ議論の余地がありそうだ。

横山さんは、既存のデータを使った分析で、仮説を支持する結果を得ている。もっとも、その調査はこの仮説の検証用に設計されたものではないので、いくつか読み替えがある。とはいえ、そこを認めてしまうと、2要因間の交互作用を示すきれいなグラフが得られ、見事である。

わかりやすくいえば、自分の考えに近い準拠集団に属していると、世間と自分の意見が乖離しても、発言が抑制されることはない(つまり沈黙の螺旋は生じない)、ということだ。それは腑に落ちる結果だ。ただし、準拠集団間の多様性が許容される社会である、という条件付きで。

現代のメディア環境における沈黙の螺旋とは何かを考えると、いろいろ疑問がわいてくる。たとえば、世論の基盤となる「世間」を人々はどれだけ正確に把握しているのか、など。おそらくそれしきのことは、人材の豊富な社会心理学者がすでに答えを出しているにちがいない・・・。

そのあと恒例の二次会で議論(研究に関係のない話も含む)が続く。今回はいつもとちょっと違う顔ぶれで、しかし調査の実務に詳しい方が多かった。異分野だが、知りたいことが被っている人たちとの会話はいつも楽しい。そこには当然、沈黙の螺旋のような現象は存在しない。

沈黙の螺旋理論[改訂復刻版]: 世論形成過程の社会心理学
E. ノエル=ノイマン
北大路書房

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