Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

経済物理学にひれ伏す日

2009-06-05 20:06:57 | Weblog
昨夜の JIMS 「消費者行動のダイナミクス」部会では,東工大の高安美佐子先生による「大規模経済データから見える現象―経済物理学最前線」と題する発表。今回は,守口さんの「言葉とマーケティング」部会との合同開催。どちらかというと,そちらのほうからの参加者が多かったかもしれない。さて,高安さんの話は,為替市場の分析から始まる。長期かつ高頻度の時系列データを使い,単なるランダムウォークにはしたがわない値動きを,「引力」と「斥力」を導入することで再現しようとする。さらに,その現象を生み出す最もシンプルなメカニズムを,エージェント・シミュレーションから導き出す。

為替相場のダイナミクスは,その時々の「ポテンシャル」を見ることで理解できるようになる。ポテンシャルは時々刻々と変化する。それがなぜ,どのように動くのかのメタ分析があると面白い。ただ,市場の参加者には,いま,この瞬間のポテンシャルがわかることのほうが重要だ。経済物理学というと,ただ単に美しい法則性だけを追いかけている学問だという印象があったが,少なくとも高安研究室では,実務家の意思決定に役立つ道具にすることも意識されている。東工大のスパコンをばんばん回して計算されているとのこと。高名な経済学者との交流も深まっているようで,もはや異端の学ではない。

そして,マーケティングとの接点も生じつつある。電通バズリサーチのデータを用いた,クチコミ情報の分析は,今回うかがった範囲では,まだ基本的な性質を理解するための基礎研究の段階にあるという印象を受けた。しかし,近いうちに,より実用的なツールにまで進化するかもしれない。世のなかに特定の「ことば」が広がり始め,バブルのようにブームを起こし,いつか衰退する。そのプロセスを予測・制御できる時代がすぐそこに来ているのだろうか?そう簡単にはいかないだろうと懐疑的な自分がいる一方で,ささやかながら「意見動学」モデルを構想する楽天的な自分がいるという矛盾。

今回は時間の制約上,十分触れていただくことはできなかったが,スーパーやコンビの価格の分析もまた,マーケティング研究者にとって「目からウロコ」かもしれない。これまで,小さな集落で細々と独自の文化を維持してきたところへ,経済物理学の大軍勢がなだれこんできた,といったら大げさだろうか。そのあまりの勇猛さに,旧住民はみな,参りましたとひれ伏す日が来るかもしれない。ただし,表面上は頭を下げながらも,密かに経済物理学にはできない何かを探す,潜在的抵抗分子も存在する。それは,その領域についてずっと考え続けてきた者の矜持の故でもあるが,それだけではない。

ぼく自身が経済物理学に敬服しながらも立ち返るべきだと思うのが,池上高志さんのいう,意味のレイヤーと原子・分子のレイヤーの「中間層」という考え方である。それを踏まえながら,経済物理学帝国の片隅に生きる少数民族として,帝国の権威に敬意を払いながらも独自の文化を失わず生きていく・・・。卑下するわけではないが,そんなイメージすら思い浮かぶ。経済物理学が生きてくるのは、何といっても大規模データがある大平原だ。マーケティングはもちろん,社会科学はむしろ,数十~数百の中規模データしかない森とか,せいぜい数個のデータしかない山奥の渓谷での活動を得意とする。

偶然ではあるが,つい先日,以下の本を買ったばかりだ。著名な科学ライターが「社会物理学」を論じている。まだ読んでいないが,著者の過去の著作を読んだ経験からして,絶対面白いと期待できる。自らの物理学の知識を F=ma 以上に更新しながら,物理学から何を学べるか(あるいは,学べないか)を考えていきたい。

人は原子、世界は物理法則で動く―社会物理学で読み解く人間行動
マーク ブキャナン
白揚社

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