Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

心脳コントロール社会

2006-07-18 02:18:32 | Weblog
最近出たばかりの小森陽一『心脳コントロール社会』。自分にとって「緊急度」が高い本だと感じたので,他の本より優先させて,すぐに読んでみた。

著者はザルトマン『心脳マーケティング』の紹介から始まって,脳科学を基礎にした「マインド・マネジメント」(=心の調教)手法が,ブッシュや小泉政権などの政治的プロパガンダに使われていると批判する。いわく「…その人が何が好きで何が嫌いか…という,個人の尊厳の最も要となる人格を形成する価値観(感)自体を,本人にそうとは意識させずに組み替えてしまおうとしているのですから…人間それ自体を崩し,動物化させる犯罪なのです」。

率直に感じるのは「心脳マーケティング」はそこまでパワフルなのかという疑問だ。日本近代文学の研究者である著者は,脳科学の入門書を引いたり,フロイド流発達心理学に依拠して議論する。そこには仮説として面白い部分がいくつかあるものの,概念的にあいまいで,実証的根拠のない話が多いように感じる。確かに,キャンペーンを見事に展開するコンサルタントはいるだろうが,それを支える「科学的」基盤が確立しているとは,残念ながら思えない。先の総選挙における自民党・世耕議員らの活動にしても,神話化されすぎである。

マインド・マネジメントが可能だとしたら,それは人間の意識や選好が可塑的であるからだろう。それは,政治やビジネスに限らず,あらゆる場面で利用されてきた。この本自体,心脳マーケティングの実力を過大視した上で,善悪二分論を展開しているから,プロパガンダのテクニックを見事に実践している。そういう意味では,岡田斗司夫『ぼくたちの洗脳社会』 は,より深いところを突いていた。

少数の「権力者」が一方的に「心脳コントロール」しているかどうか別にして,様々な勢力がお互いに影響を与え合い,相手の知覚,記憶の想起,さらには選好を変容させようと「努めている」こと自体は確かだ。この本に不満があるなら,マーケティングあるいは消費者行動の研究者として,それに代わる答えを用意すべきだろう。時代は思ったより早く動いている。少し焦りを感じる。