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Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

2つのサービス学会@San Jose

2015-07-14 20:58:04 | Weblog
San Jose で連続して開かれた ICServFrontiers in Service というサービス関連の学会に参加し、それぞれで発表を行った。ICServ は日本のサービス学会が行っている国際会議で、数年に1回は海外で行う方針とのこと。したがって今回、参加者の8割近くが日本人であった。

一方、Frontiers は20数年の歴史を持ち、参加者数は ICServ の3倍近く、出身国も幅広い。元々サービスマーケティング研究者の集まりであったが、IBM が後援するようになってコンピュータサイエンスなど工学系研究者の参加も増えたという。私はいずれの会議も初参加であった。

異分野間の共通理解を深めるためか、両会議とも豪華な基調講演者を招待している。特に Steve Vargo (U Hawaii)、藤川佳則 (一橋大学)、Robert Sutton (Stanford U)、Jeremiah Owyang (Crowd Companies Councils) 各氏の講演は非常に eye-opening で、大きな刺激を受けた。

そこで聴いた Service Ecosystem、Value Stellation、Multi-sided Market 等々のコンセプトは、IBMアデルマン研究所や IDEO を訪れて聴いた話とシンクロした。それらは要は複雑系なのだが、エージェント間を知識や価値が高速に移転している点で独特の「複雑系」だといえる。

そうした複雑系が現実となっているシリコンバレーの空気をわずかに吸うと、日本のことが心配になってくる。日本から Apple や Google はもちろん UBER や Airbnb は生まれるのだろうか・・・Alan Kay 的には、それを予測することではなく、創造するかどうかが重要なわけだが。



それはさておき、私は ICServ では "The Moment When Every Stakeholder Becomes Happier"、Frontiers では "Quantifying the Impact of Contagion of Customer (Dis-) Satisfaction" を発表した。いずれも RISTEX のサービス科学プロジェクトの成果である。

前者は、対法人金融サービスを対象に、金融機関、顧客(法人)、従業員のそれぞれの目標(利益、満足等々)の両立可能性を計量的に検証したもの。しかし、分析を精緻化することは当然ながら、今回受けた刺激をもとに、理論的な基礎づけをもっと行う必要があると感じている。

後者は、顧客間でクチコミなどにより満足が伝播した場合、どのような影響が生じるかをシミュレーションしている。聴き手の反応から、マーケティングサイエンス系の学会では風前の灯火のエージェントベースモデルも、サービスサイエンスではまだ可能性があると勇気づけられた。

しかも上述の議論を踏まえれば、そうしたアプローチはますます力を発揮しそうである。実際、その線での先行研究がすでにいくつもある。とまれ、サービスサイエンスないしサービスイノベーションの領域に、想像した以上の可能性があることを知った今回の学会の収穫は大きかった。


実証分析の発展に遅れないために

2015-06-22 10:04:42 | Weblog
先週開かれた Marketing Science Conference では "IV" という略語が何の解説もなく使われていた。「独立変数」の意味で使われている場合もないわけではないが、より一般的なのは「操作変数」という意味の場合である。他には「固定効果」という言葉を頻繁に耳にする。

上述の会議では耳にすることはなかったが(たまたまかもしれない)、differences-in-differences とか regression discontinuity とかいった手法も然り。旧世代の計量手法しか学んでいない者として、いつの間にか新しい概念に取り囲まれ、焦りを感じている。

新しい手法が現れた背景には、純粋な無作為割当実験ができない環境下で政策(介入)効果を厳密に測定しようとする、労働経済学や教育経済学などの応用ミクロ経済学の発展がある。それが経済学にとって重要な進歩になったことは、たとえば以下のブログ記事でわかる。

Noahpinion: A paradigm shift in empirical economics?

上述の手法は「自然実験」派に分類されるが、それに対抗するのが「構造推定」派である。いうまでもなく、それは「構造方程式モデリング」(SEM)とは別物である。構造推定については以前、自分が主宰する研究会で斯界の第一人者の方に講義していただいたことがある。

自然実験にしろ構造推定にしろ、最近の計量手法について概観するには、以下の本がお奨めである。『法学セミナー』での連載をまとめたものであり、文系の読者を対象に書かれている。法学や経済学での研究事例が紹介されているのも、社会科学系の研究者にはありがたいはずだ。

実証分析入門 データから「因果関係」を読み解く作法
森田果
日本評論社

この本で直観的なイメージを得たあと、実際に使えるようになるためには、何を読めばいいのだろうか。自然実験については以下の教科書が挙がるだろうが、構造推定については思い当たらない。これだけ注目を浴びているということは、早晩出版されると予想されるが果たして・・・。

「ほとんど無害」な計量経済学―応用経済学のための実証分析ガイド
ヨシュア・アングリスト, ヨーン・シュテファン・ピスケ
エヌティティ出版


Marketing Science Conference@Baltimore

2015-06-21 23:02:43 | Weblog
ボルチモアは、現在滞在中のニューヨークからは電車で2時間半の距離にある(もちろん順調に行けばの話で、実際は出発が遅れたり途中で止まったり・・・)。そこにあるジョンホプキンス大学が主催校になって、INFORMS Marketing Science Conference が開かれた。

会場は、海沿いにあるマリオット・ウォーターフロントというホテルで、周囲には高級ホテル、ヨットハーバーなどが林立する。ジョンホプキンス大学のビジネススクールも、すぐそばの高層ビルを間借りしている。ビジネススクールとはいえ、異例の立地ではないかと思う。

会議のあと、日本から来た旧知の先生方と、水上タクシーに乗って遊覧した(2枚目の写真)。ボルチモアはいまが観光シーズンで、冬の厳しさはNY以上だという。会場付近は別として、治安がよくない場所もあるらしい。今回、市内を回遊する時間的余裕はなかったが・・・。



さて、自分の発表は初日の午後という、非常にありがたい時間であった。そこで阿部誠先生、新保直樹さんとの共同研究 "Quantifying the Impact of WOM Contagion over the Twitter: Is the Influencer-Seeding Strategy Effective?" を発表した。このプロジェクトでは3回目の発表となる。

そこで私は、クチコミ・マーケティングにおいてどのようなシード戦略(クチコミ伝播を最初に誰に仕掛けるか)が最適かを、コストを考慮して行う分析を報告した。これを一応の到達点として、今後いくつか補足分析を行ったのち、論文として仕上げていく予定である。

とはいえ、デジタル・マーケティングや社会的影響に関する研究は相変わらず山ほどあって、論点がますます細かくなっている印象を持った。自分が聴講した範囲では、有名研究者たちの報告でさえ驚くような話は出なかった。研究において何らかの飛躍が必要だと感じる。

エージェントベース・モデリングを用いた研究については、発表数は相変わらず少ないといえ、それを一貫して追求している研究者がいて非常に心強く感じた。ただし、普及現象やクチコミを研究するだけでは、いずれジリ貧になる。ここでも新たな飛躍が必要だと痛感する。

一方、今回目立ったのが、神経科学に関連するセッションの多さである。主催者の肝いりで企画されたと想像されるが、Journal of Marketing Research の掲載予定論文を見ても、神経科学的研究がずらっと並んでいる。学界全体で見ても注目分野であることは間違いない。

ここ数年、米国の大学に留学・勤務している日本人研究者とこの会議で出会ってきたが、今回も新たな出会いがあった。多くの分野で国際的に活躍する日本人研究者は少なくないが、マーケティング研究では、しばらく稀有であった。その意味で、非常にうれしいことである。

ただし、彼らの多くが、そもそもミクロ計量経済学や産業組織論を基盤としている。それが(特に日本の)経営学・商学が持つ曖昧さと対立する可能性に目を閉じてはならない。その曖昧さは愛すべきものだとしても、科学と名乗る以上、それではすまないはずなのだから。

もちろん、連携すべき経済学には、行動経済学や神経経済学、あるいは計算経済学(複雑系経済学)なども加えるべきであろう。今回の会議で私が聴いていたのは、そうした学派がお互いに対立しながらも、ときおり近づいてスパイラルを描く未来図であったかもしれない。

経済学の多重宇宙

2015-06-02 00:45:12 | Weblog
岩井克人『経済学の宇宙』は、著者が積み重ねてきた主要な研究を振り返りながら、生い立ちから国内外の著名な研究者・知識人との交流まで、様々な話題に満ち溢れていて読者を飽きさせない。岩井経済学のファンにはもちろん、これまで縁のなかった人々にも一読を薦めたい。

なぜか。1つには、この本は独創的な知的発見のプロセスに関する一級の記録だからである。セレンピディティなんて言葉もあるけど、気づきは突然、思わぬところから現れる。その一方で、発見は十分考え抜いた者にしか現れない。そのことが、著者の実体験を通じて語られる。

スティーブ・ジョブズはスタンフォード大学の卒業式で、自身の生涯を振り返りながら、いろいろな行為が、その後、当時全く意図していなかったかたちでつながっていくことの重要性を語った。同じことが、岩井氏の独創的な研究が生み出されるプロセスで起きていたのである。

その一例が、著者がある時期、意外にも経営学者・伊丹敬之氏の主宰する研究会に出ていたことだ。その時点では全く予期されなかったが、のちに法人論の研究を始めたとき、研究会で聴いた経営者たちの話が活かされた。こうした驚きの逸話をいくつも味わえるのが本書の魅力だ。

もう1つ、本書からは、知的誠実さへの勇気づけが得られる。カバーの折り返し(あとがきの引用)に「私の学者としての人生は米国の大学院に入ってすぐ「頂点」を極め、その後直ちに「没落」してしまいました」とある。しかし、そのおかげで自由に独自の研究を行えたと。

著者は学部を卒業して3年後(!)に MIT で博士号を取得する。その間に一流誌に掲載された諸業績が「頂点」だが、すぐに不均衡動学の構築に向かう。その背景に、東大在学中に宇沢弘文氏の「悩み」(反新古典派の心情と用いている方法の矛盾)に接したことがあった。

「不均衡動学」の原書は日経・経済図書文化賞の特賞を受賞するなど、日本の論壇では評価されたが、米国を中心とする経済学の主流からは、当時著者が期待したほどには評価されなかった。本書では、それがもたらす挫折感と解放感のアンビバレンスが何度も語られる。

経済学の宇宙
岩井克人
日本経済新聞出版社

岩井克人氏の著作のうち、特に『ヴェニスの商人の資本論』あたりは、マーケティング関係者にけっこう読まれてきたのではないか。つねに普遍性に向かう岩井氏の志向が、個別性にこだわりがちなマーケターや実務家にとって、逆に大きなインスピレーションの源になる。

ヴェニスの商人の資本論 (ちくま学芸文庫)
岩井克人
筑摩書房


もう一つ、エージェントベース経済学なり計算社会科学をなりを目指す研究者にとって、岩井氏の著書はアイデアの宝庫でもある。もしかすると、美しく数理化するために生まれた制約をシミュレーションで突破することで、思いがけない自分独自の貢献ができるかもしれない。

岩井氏が最近関心を寄せているのは、脳科学である。そして、物理科学や生命科学に還元されない、もう一つの「人間科学」を探求しているとのこと。岩井氏のことだから、凡百の研究者が想像する人間科学とは全く違うものになるだろう。早くそれを読みたいと心から願う。

雪に耐えて梅花麗し

2015-05-29 09:03:11 | Weblog
黒田博樹投手の座右の銘である「耐雪梅花麗」、西郷隆盛が詠んだ漢詩だという。それを表紙に掲げた Sports Graphic Number の最新号は「黒田博樹とカープの伝説。」を特集。黒田を迎えたわがカープは、当初の期待に反して最下位に甘んじる。ファンとしては「伝説」に目を向けるしかない。

ということで、黒田博樹の“男気”伝説とか、津田恒美の思い出、あるいは山本浩二と前田智徳の交流などの記事を読み耽ることになる。最も感動的だったのが、表紙の写真を撮影したカメラマンの「マイベストショット」。応援団員として市民球場に立つ父親の写真とエピソードが素晴らしい。

Number(ナンバー)878号 黒田博樹とカープの伝説。 (Sports Graphic Number(スポーツ・グラフィック ナンバー))
文藝春秋

この雑誌を、マンハッタンの紀伊国屋書店で購入した。米国の法律に触れるとかで付録が切り取られ、その分1割引になっている。一体どんな付録だったのか、なぜそのままこちらで販売するとダメなのかが気になる・・・ということで、日本の amazon にも同じ雑誌を注文しておいた。

雪に耐えているからこそ、梅の花が美しく咲くのだとしたら、付録付きの Number を私が手にする頃カープもまた美しい花を咲かせているのでは・・・という夢を描くことができる。だが、西郷隆盛の最期を思うと、この詩は悲劇的な結果を暗示しているのでは・・・と不安になったりもする。

エージェントベース・モデリング入門

2015-05-26 18:01:00 | Weblog
複雑系とか複雑ネットワークとか進化計算に関する入門書に比べ、エージェントベースモデリングの入門書はそう多くないのでは。4月に発売された An Introduction to Agent-Based Modeling (MIT Press) は、その意味で貴重な本だろう。分厚いが、いかにも教科書的で読みやすそうだ。

An Introduction to Agent-Based Modeling: Modeling Natural, Social, and Engineered Complex Systems with NetLogo
Uri Wilensky, William Rand
The MIT Press

この本は、ABM 用の言語の1つ NetLogo の入門書でもあって、NetLogo のコードや出力されたグラフィクスが随所に挿入されている。ただし、本書には NetLogo ユーザでなくても、ABM の方法論について学ぶことができると書かれている。そのあたりは、実際に読んでみないとわからなない。

著者の一人、William Rand 氏はマーケティング・サイエンス界で ABM を用いる、数少ない研究者の一人。この本では自然現象から社会現象まで様々な話題が取り上げられ、特にマーケティングに焦点が当てられているわけではない。本の普及を考えると正しい戦略だが、個人的には少し残念である。

近いうちに読まなくてはならない本の1つである。

ネットワーク科学の現状を知る

2015-05-20 08:51:07 | Weblog
社会ネットワーク分析や複雑ネットワークに関しては、すでにいくつも入門書が存在する。それらを読んでこの分野の概略を知ったつもりの読者にとっても、この本を読む価値はあるように思う。少なくとも私には、知らなかった既存研究との出会いがあった。

本書では自然現象から社会現象まで、幅広い事例が紹介されているが、私個人が興味を持つのは、あくまで社会ネットワークである。それにしても、本書を通じて、Milgram や Granovetter ほど有名ではないが重要な研究を知ることができたのは大きな収穫だった。

原書の出版は 2012 年なので「研究の最先端」とはいえないかもしれない。また、新書版なので取り上げているテーマの範囲に制約があることは間違いない。どの分野に関心があるかで違うかもしれないが、コンパクトな本なので、読んで損する可能性は小さい。

ネットワーク科学 (サイエンス・パレット)
カルダレリ,グイド & カタンツァロ,ミケーレ
丸善出版

本書には、新書には珍しい充実した参考文献が掲げられているが、それはなんと、訳者が独自に調べて付け加えたものだ。監訳者、訳者ともこの分野の第一人者であり、信頼して読むことができる。ネットワーク科学に関する知識の多寡に関わらずお勧めの好著だ。

在外研究、始めました。

2015-05-09 16:31:15 | Weblog
4月から、ニューヨーク市立大学バルークカレッジでの在外研究を開始した。最初の数週間はアパート探しや生活環境の整備で忙殺された。予想外のことが次々起きて不安な日々だったが、ようやく落ち着いて本来の目的、「研究」に着手し始めた今日この頃である。

バルークカレッジはマンハッタンの東25丁目にある。写真のように、どでかいビルに多くの学部・学科が入っている。そういう点で、私の本務校である明治大学に似ていなくもない。それに対してNYUは多くのビルを持ち、コロンビア大学は広大なキャンパスを持つ。


ニューヨークはいうまでもなく刺激に満ちた街である。しかし、今回は長期の滞在ということもあり、これまでそんなに出歩いていない。研究に集中できる貴重な機会であり、そこで研究生産性をどれだけ高められるか・・・純粋に意志と能力が試されることになる。

そんなときに当面の目標があると便利である。幸い6月に Marketing Science Conference、7月に ICServeFrontiers in Service Conference があるので、それに向けた研究作業は待ったなしである。前者では、阿部先生、新保さんとのTwitter研究を発表する。

この研究は実は、昨年も同じ会議で発表している。今回はパラメタ推定法を改め、シミュレーションも発展させた。目標は、ネット上の少数のインフルエンサーのインパクトを測定すること。研究が活発に行われている領域なので、そのレビューも欠かすことができない。

7月の2つの会議(サンノゼ)では、JST/RISTEX 戸谷Gで行っている金融サービスに関する研究を発表する。顧客収益、顧客調査、従業員調査という多元的なデータを組み合わせたモデル構築を行い、顧客間取引データを用いてエージェント・シミュレーションを行う。

この2つが、学会発表が予定されているプロジェクトだ。昨年度行ったプロ野球ファンの調査についても、発表に向けた場づくりが進みつつある。分担者となっている有権者の経済政策・政治・消費に関する選好調査の科研費プロジェクトは、今年度で最終年度を迎える。

また、自身が代表者となった科研費プロジェクトも最終年度を迎える。そこでは、創造的・美的なるモノ(たとえばAppleやDysonの製品)へのテイストの測定が研究目標である。方法論では、社会学における文化資本や社会関係資本の研究にインスパイアされている。

自分のなかで、それと一体的に位置づけているのが、ストリートファッションの長期観察データの分析だ。ファッションを普及現象としてみると、成功例もあれば失敗例(一時的ファッド)もある。そのダイナミクスの理解に、社会ネットワークの観点が欠かせないと思う。

他にも、意思決定に関する被験者実験や、大規模マーケティングデータの分析に関して、かねてから第一線の複雑系研究者(物理学者)と進めている研究プロジェクトがある。お互いのコミュニケーションが取りにくい状況になったが、何とか前進させて行きたい。

その一方で、せっかくの機会なので、在米のマーケティング研究者と新たに共同研究の機会が得られないかとも考えている。テーマは上述のプロジェクトと関連しているとうれしいが、そうでなくてもよい。重要なのは、自分がそこでどんな貢献ができるかだが・・・。

実は、在外研究の最終目標としているのは Complex Modeling of Consumer Behavior の執筆だ。上で述べた活動もそこに落とし込めればよいが、全般的な研究レビューなど、自分の研究を離れて行う部分も少なくない。そのための時間確保も、いずれ大きな課題になるだろう。

JIMS部会「最後の晩餐」

2015-04-20 00:21:06 | Weblog
ほぼ1ヶ月前の出来事になるが、JIMS 部会についてはこのブログに必ず記録してきたので、相当遅くなったが投稿したい。私が在外研究の機会を得たことから、座長を務めてきた日本マーケティング・サイエンス学会(JIMS)のマーケティング・ダイナミクス部会の活動を終了した(厳密には6月まで存続)。

この部会を始めたのが2005年の3月なので、ちょうど10年目になる。基本的に年7、8回は研究会を開いてきたので、他の部会に比べて活動は活発なほうでなかったかと思う。参加者は学会員に限らず、メンバー外の発表者を積極的にお招きしたが、それが学会の方針に沿っていたかどうかはわからない。

最後の部会は、韓国からのゲストスピーカーとして KAIST の Minki Kim 先生をお招きした(下の写真の1枚目の右奥に座っている方)。Kim さんはシカゴ大学で経済学の博士号(産業組織論)を取得、マーケティング・サイエンスの一流誌に論文を何本も掲載してきた、まさに新進気鋭の学者である。





今回、Kimさんが話したのは、Twitter での影響伝播に関する実証研究である。実は、昨年のMarketing Science Conference での私と阿部誠先生の共同研究の発表を彼が聴いていたのが、今回のセミナーを開くきっかけになった。幸いにも学界・産業界の双方から多くの皆様に参加いただいた。

この研究は最終的にシミュレーションを行い、少数のインフルエンサーへの働きかけ(seeding)がやり方次第で効果的になることを示している(と私は理解した)。その点は、阿部先生との共同研究とも一致するので、心強く感じた。と同時に、自分たちの研究の今後について焦りを感じてもいる。

研究会の後半では、私と石田大典さん(帝京大学)が行った、プロ野球ファンの意識調査の分析結果を報告。第1に、ファンと球団の適合性とファンと選手の適合性がともに高め合ってファンとの関係性を強めるという、助成いただいた吉田秀雄記念事業財団への報告書の骨格になった研究である。

この研究では、どの球団を応援するにせよ、ファンの意識構造に本質的な差はない。しかし、追加で行った分析では、巨人・阪神・広島のファンの間で求める価値が違うことが示されている。そこでベースにしたのは、有名なロジェ・カイヨワによる遊びの類型化(競争・偶然・模倣・眩暈)である。

Kimさんの研究で取り上げられたのは音楽アーティストに関するツイートなので、音楽とスポーツの話題でこの部会の活動を締めくくることになった。2年後、このような研究会を JIMS 部会として復活させるかどうかはわからない。自分の研究をどういう場で進めていくのが好ましいか今後熟考したい。

この10年間、さまざまな時期に参加いただいた皆様、ご発表いただいた皆様には厚く御礼申し上げます。大変勉強になりました。それが、JIMS であるかどうかはともかく、どこかでまたお会いしたいと思います。ありがとうございました!

「後づけ再構成」するあなたは誰?

2015-03-04 19:50:01 | Weblog
JIMS部会を閉じるにあたり、大きなイベントを催した。かねてから念願していた、世界的に活躍されている心理学者・神経科学者のカリフォルニア工科大学・下條信輔教授をお招きし、日本のマーケティング・消費者行動の研究者・実務家を主な対象としたセミナーを実施した。

講演のタイトルは「ポストディクション、意識、自由意思」。ポストディクション(postdiction)とは字面の通り、prediction の逆。下條先生は、この普通の辞書には載っていない専門用語を「後づけ再構成」と呼ぶ。もちろん下條ファンなら、この概念はよく知っている。

講演は、視覚の実験の話から始まった。それはミリセカンド単位の、全く意識されない反応の世界だが、そこでの後づけ再構成が確認される。次いで視線カスケード、選択盲実験へと話が進む。時間スケールが長く、意識された世界でも(当然ながら)後づけ再構成が起きている。

2時間という時間に盛り込まれた話題はあまりにも豊かなので、いきなり最後の議論に飛ぶことにしよう。神経科学的な研究は、人間の意識が生理学的に必然であることを示し、自由意思の存在を脅かす。そのとき、いかにして自由意思の存在を救済できるのか、という問題だ。

下條先生は3つの回答を提示する。それらは代替的なのか補完的なのか、十分咀嚼できていない自分にはよくわからない。ただ、そのなかで語られた、自由意思がイリュージョンだとしたら、それはいつか消えるのではなく、つねに維持されるだろう、という指摘が印象に残る。

講演のなかで「無意識の意思」ということばもあったと記憶するが、「自分」が意識できないところに、意思なり選好なりの源泉がある。それを後づけ再構成している「自分」とは何なのか、進化はなぜそのような二重性を生み出したのか、ますます興味が深まっていく。

その意味で、講演のなかでも言及され、下條先生が翻訳されたリベットの本を読んでおかねばならない。また、短時間だったが、秋山さんとの共同研究についても厳しく、かつ奥深いコメントを頂戴した。この研究は意識の創発の問題と通底すると、楽観的に考えてみたい。

お忙しいなか登壇いただいた下條先生、また、このセミナーの開催にあたり全面的なご支援をいただいた構造計画研究所様に深く感謝いたします。そして、セミナーに参加いただき、議論に加わっていただいた皆様にも(←この謝辞もまた、後づけ再構成か?...^^;)。

マインド・タイム 脳と意識の時間
ベンジャミン・リベット(訳:下條 信輔)
岩波書店


サブリミナル・インパクト―情動と潜在認知の現代 (ちくま新書)
下條 信輔
筑摩書房

マクドナルドはなぜ苦境に陥ったか

2015-02-19 13:11:33 | Weblog
鶏肉偽装問題のあとは異物混入など、踏んだり蹴ったりのマクドナルド。今回紹介する『マクドナルド 失敗の本質』は、しかし、最近の苦境を見て緊急出版された類の本ではない。マーケティング・サイエンスの第一人者である小川孔輔先生が、長年積み重ねた研究成果に基づき出版されたものである。

マクドナルドは、上述のトラブルに巻き込まれる以前から、売上・利益の減少に見舞われていた。同業他社に比べた顧客満足度の低落も起きていた。つまり、不運に見舞われたという以上に、構造的な問題を抱えていたのである。それが何であるか、著者は主に公開されたデータや資料から解明していく。

一級のドキュメンタリーのような筆致で、マクドナルドの病巣が抉られる。それを詳細に語ることはネタバレになるので控えるが、その本質的な原因は、経営学、そしてマーケティングのフィロソフィーに深く関わっている。現場のマーケターのみならず、マーケティング教員にとっても他人事ではない。

マクドナルド 失敗の本質: 賞味期限切れのビジネスモデル
小川孔輔
東洋経済新報社

著者は専門であるマーケティングを越え、企業経営全般に及ぶスコープで問題を捉えている。その読みやすさも合わせ、学生が経営の複合的視点を学ぶのに格好の教材になっている。公開情報を活用するだけでもこれだけの分析ができるのだから、企業や市場の分析のお手本として読むこともできそうだ。

「美しいセオリー」集

2015-02-11 16:24:29 | Weblog
149人の科学者、芸術家、ジャーナリスト、実業家たちに聞いた「美しいセオリー集」。なぜこの人が、このテーマで寄稿しているのか、と驚くような組み合わせもあり、拾い読みするだけでも楽しい。私が過去にその著書を読んだりして、何らかの興味を持った寄稿者を挙げると以下の通り。

Susan Blackmore 自然淘汰による進化
Richard Dawkins 冗長性の逓減とパターン認識
Steven Pinker 進化遺伝学とヒトの社会生活における葛藤
Gerd Gigerenzer 無意識の推論
Richard H. Thaler コミットメント
Nicholas Humphrey 人間の心はなぜエレガントな説明など存在しないときにもそれがあるように見えるのか
Stewart Brand 適応度図形
Daniel C. Dennett ウミガメの一部はなぜ回遊するのか
Brian Eno 直感の限界
Albert-Laszlo Barabasi ブルーチーズを一緒に召し上がりますか?
Nicholas A. Christakis 子どもの口から出た疑問
Nassim Nicholas Taleb ホルミシスは冗長性である
Timothy D. Wilson 行為が人を定義する
Mihaly Csikszentmihaly アクトン卿の格言
Jared Diamond 生体電気の期限
Nicholas G. Carr 平凡さのメカニズム

こう見ると、心理学者が多いように見えるが、実際の寄稿者は物理学者が多い印象。一人、マーケティングの先生もいたが、知らない人(Adam Alter)だった。あり得ないことだが、もし自分がこのような本に寄稿を依頼されたとしたら、何を自分にとって美しいセオリーとして挙げるだろうか?

知のトップランナー149人の美しいセオリー
ジョン・ブロックマン
青土社

プロ野球応援団の内側

2015-01-29 13:49:06 | Weblog
日本のプロ野球を観戦に行くと、否が応でも目につくのが私設応援団。しかし、その組織がどのように動いているのか、必ずしもよくは知られていない。本書の中核部分は、スポーツ社会学者である著者が、神戸における広島カープ私設応援団で行った参与観察の記録である。

スポーツ応援文化の社会学 (世界思想ゼミナール)
高橋豪仁
世界思想社

神戸、つまり甲子園はいうまでもなく阪神タイガースの本拠地であり、熱狂的なタイガースファンに囲まれながら、カープを応援し続けることのタフさは想像を絶するものがある。当然、虎応援団とのトラブルは起こるわけだが、鯉応援団内部でも、いろいろな内紛が起きる。

社会学者である著者の観察によれば、応援団は官僚制原理で運営される組織でありながら、ヤクザ組織に見られるような疑似家族制度的な側面を持つ。そこに、本物のアウトローが侵入するおそれもあることから、警察や球団から規制を受け、管理が進む歴史を辿ってきた。

参与観察で得られた様々なエピソードは、とりわけプロ野球ファンにとっては面白いはず。一方、自分にとっては、ボランティアである応援活動にのめりこむ人々の想いも興味深い。本書に登場する「儀礼」「物語」といったキーワードに、その謎を解く鍵があるかもしれない。

本書の著者・高橋豪仁氏を含む、多数の社会学者の共著による『スポーツ観戦学』なる本もある。こちらは野球以外も対象にしており、取り上げられているテーマは幅広い。なかには、根拠なく想いを書き連ねたような文章もあり、自分としては、上に挙げた本のほうが面白かった。

スポーツ観戦学―熱狂のステージの構造と意味 (世界思想ゼミナール) (SEKAISHISO SEMINAR)
橋本 純一 (編著)
世界思想社


追記)『スポーツ応援文化の社会学』には、応援のリズムパタンを分析している章もあり、音楽に詳しい人には面白いのでは・・・(ちなみに著者は、応援団のなかでトランペットを担当していた)。


最新の統計学、知ってますか?

2015-01-23 18:14:42 | Weblog
統計学を学び始めてから長い年月が経つ。最初の頃は回帰分析や因子分析、マーケティング・サイエンスに傾倒してから離散的選択モデルを学んだが、SEM、機械学習、MCMCなどの流行には及び腰できた。自分の問題が旧来の手法で解けるなら、それでいいだろうということで。

一方、回帰分析や分散分析など、伝統的な統計手法の周辺でも着実に進歩は起きていた。マルチレベル分析がまさにそうだ。多くの統計パッケージに実装されており、少なくとも心理学周辺では、かなり使われているらしい。検定力とか効果量とかの話題も、そうかもしれない。

手法が進歩するのはよいことだが、解説書がなかったり、あっても難しければなかなか手がでない。だが、コンパクトで分かりやすく書かれた教科書が出てしまうと、逃げる口実がなくなってしまう。それがまさに、南風原先生の新著なのだ。この事態を喜ぶべきか悲しむべきか・・・。

続・心理統計学の基礎--統合的理解を広げ深める (有斐閣アルマ)
南風原朝和
有斐閣

実は、前著『心理統計学の基礎』を教科書として用いたことがある。現在の職場での最初の2年間に行った、1~2年生向けの統計学を講義においてである。回帰分析を中心に、ベクトル表現を駆使した「目からウロコ」の説明が展開され、教える側としても、非常に勉強になった。

その続編である本書は、前著のように基礎固めではなく、最新手法への誘導を狙っているので、難易度は増している。とはいえ、数理への偏愛に走ることなく、あくまで心理学(そして広く社会科学全般)への適用に関心を持つ読者を念頭に、手法のロジックを丁寧に説いている。

統計学の教科書の1つのタイプは、難しい話には極力触れず、何が入力で何が出力か、それをどう解釈するを分かりやすく解説する本だ。最初にそれを読むことは悪い選択ではないが、読者によっては、それだけだと本当は何をしているのか分からず、不安に感じるようになる。

もう1つのタイプの教科書は、じっくり読めば、基本的な論理がかなりの程度理解できるようになる本だ。しかし、そうした教科書を執筆できる人は、そうはいない。その数少ない一人が、本書の著者だ。あらゆる分野でそのような教科書が書かれると、救われる魂は多いと思う。


イノベーションの現場を写真に撮る

2015-01-20 19:41:56 | Weblog
報道写真というと、戦争、災害、貧困といった悲惨な現場を社会に伝えるものだという固定観念がある。そうした世界で活躍していたカメラマンが、イノベーションの現場にカメラを持ち込んだ。撮影が行われたのは、1985年から2000年までのシリコンバレーである。

最初に登場するのがスティーブ・ジョブズ。といっても、NeXT の頃のジョブズだ。それ以外にも、ビル・ゲイツ、アンディ・グローブ、マーク・アンドリーセン、ジェフ・ベゾスといった有名な起業家たちが続々登場する。彼らの日常の素顔を垣間見ることができる。

その一方で、無名のプログラマー、デザイナー、マネジャー、ベンチャー・キャピタリストなども撮影される。仕事、会議、パーティ等の様々な瞬間に見せる笑顔、悲しみ、怒り、疲労困憊などのさまざまな表情から、シリコンバレーで働くことの感覚が伝わってくる。

実際、シリコンバレーの「中」にいたことがない自分にとって、それがリアルだと保証する術はない。あらゆる優れた写真がそうであるように、それはリアルを超えた何かである。不思議なもので、それを眺めているだけで、何か本質に触れたような感覚に捕らわれる。

これは10年以上も前の世界の話だ。それは戦争であり、革命でもあった。登場人物のなかには、傷ついて去った人もいるだろう。そのとき、その場所に様々な感情が渦巻き、幸福と不幸があった。それをストレートに伝える本書は、歴史に残る報道写真集になっている。

無敵の天才たち スティーブ・ジョブズが駆け抜けたシリコンバレーの歴史的瞬間
ダグ・メネズ
翔泳社