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Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

MSI Conference@NYU

2016-02-25 21:28:18 | Weblog
2月24日から25日まで、NYUで開かれた "Data, Disruption, and the Transforming Media Landscape" と題する会議に参加した。主催は Marketing Science Institute である。学界と実務界を架橋しようとする組織なので、双方の講師が登壇する。参加者は実務家が多い。



中心議題は、変化するメディア環境において、マーケティングのため「ビッグデータ」をどう使いこなすか、である。programmatic ということばがたびたび出てくる。要は広告あるいはマーケティングの自動化・高速化である。クリエイティブまでその対象となる。

検索連動型広告はもはや主流ではない、ということで、マーケティングサイエンスの側からも、アドテクの最適化を目指す研究が始まっている。アルゴリズムが相互に競争・取引する世界は、データへのアクセスさえ可能なら、むしろ研究しやすい対象かもしれない。

もう1つの柱はモバイルである。昨年10月に開かれたビッグデータの会議でも報告されていたが、ショッピングモールでの顧客の軌跡などを使い、モバイル端末にカスタマイズされたクーポンを送る。こうした大規模フィールド実験もまた、近年のトレンドである。

アナリティクスの話の一方で、米国で急増するヒスパニック系オーディエンスに関する報告もあった。アフリカ系、アジア系を含め多文化(multicultural)が進んでいる。これと millennial 世代、mobile を合わせて Generation M と呼ぶ、という話は面白かった。

マーケティングサイエンスの課題は、結局、以前とそう変わっていないように思える。アトリビューション分析は、マーケティングミックスモデルと同じ地平に存在している。実際にその両者を比較した発表を聞いて、過去の研究蓄積が改めて生きてくることを実感した。

コンテンツの自動最適化(Dynamic Creative Optimizer)にしても、クリエイティブの効果測定という昔からあるテーマに直面する。そこはランダム化テストで、という話になりがちだが、売上への長期効果を測定したいのなら、従来の計量モデルの経験が生きてくる。

TV広告について、CFテストの蓄積とシングルソースデータを使った分析も報告された。いままでなぜ行われてこなかったが不思議なぐらいだが、オンラインやモバイルの広告が急拡大したことでマス広告を推進する側が危機感を持ち、研究に協力的になったのかもしれない。

昔と違うのは、いうまでもなくソーシャルメディアの登場である。ネット上のクチコミがアップルとサムスン、コカコーラとペプシの間でどのような関係をとり結びながら推移するかの分析は、数十年前には全く考えもつかなかった研究だろう。進化は着実に起きているのだ。

実務家の講演者からは機械学習の話も出たが、研究者の講演者が語るのは主に選択モデルや時系列解析であった。主催者が MSI で、発表者が高名なマーケティング・サイエンティストたちなので当然そうなる。おかげで、そうした手法の「健在ぶり」を確認できた。

複雑化するメディア環境では、使える道具は何でも使って適応していく必要がある。マーケティングサイエンスの道具箱には、使えるものがまだけっこうある。とはいえ、複雑でダイナミックな現象に相応しいアプローチが別にあることも確かだ。そういう思いも強くなった。

パネルディスカッションの最後に、誰かがアップルは iPod を売るのにターゲティングなどしてない、していなかったから大成功した、と発言した。その主張の正否はともかく、マーケティング技術の精緻化が進むと見失われがちな、大局観の重要性についても気づかされた。

余談)この会議では Pegeonhole Live というQ&Aのサービスが導入されていた。スマホあるいはタブレットから質問を入れると、会場のスクリーンに一覧となって映し出され、発表者はそれを見て回答する。長々と自説を述べる「質問者」に貴重な時間を奪われないため、日本の学会などにも導入するといいかもしれない。個人的には、授業で使ってみたいと思った。


Santa Fe Institute: Short Course

2016-01-10 19:05:55 | Weblog
Santa Fe Institute (SFI) で開かれた "Short Course: Exploring Complexity in Social Systems and Economics" に参加した。社会科学や経済学における複雑系の立場からの研究動向を聴くため、70人ほどの実務家、研究者、学生が集まった(日本からは私一人)。

講師は Brian Arthur、Robert Axtell、Scott Page、Geoffree West といった複雑系研究の大御所から、いま売り出し中の若手の助教まで全部で8人。うち5人が経済学を専門としており、残り3人は社会心理学者、コンピュータ科学者、物理学者という構成である。



まる3日間の講演の内容をざっとレビューしてみよう。

Mitra Galesic: How the Interaction of Mind and Environment Shapes Our Sociality

社会心理学に複雑系の視点を導入すべく、Galesic は心理実験とエージェントベース・モデリング(ABM)を組み合わせた研究を行っている。実験で得られた知見の背後にあるメカニズムを、非常に単純なエージェントの行動の相互作用から導出するという研究戦略だ。



Aron Clauset: Short Introduction to Networks

複雑ネットワークの入門的講義だが、最新の研究の話題が随所に織り込まれている。感染やクチコミに関する研究についてもそれなりの時間が割かれ、勉強になった。講義の流れ自体、今後自分が社会ネットワークについて教える場合には、おおいに参考になるだろう。

Geoffree West: Searching for Simplicity and Unity in the Complexity of Life, Cells to Cities, Companies to Ecosystems

若手2人のあとは巨匠の登場。自然現象から社会・経済現象まで、あるゆる分野に存在するスケーリング則(2変数間のべき則)が紹介される。幾何学的原理から社会科学的意味合いまで、ユーモラスに諄々と説く。一貫した学問的探求のすばらしさを実感した。



上の写真からも窺えるが、West 先生の見た目は、ひたすら研究に打ち込む、世間離れしたややマッドな老教授、という感じ。ビジネススクールなどではあまり見かけないが、物理学と哲学とか、基礎的な学問分野では少なくないタイプである。少し憧れを感じる。

Rajiv Sethi: Agent-Based Computational Economics

ここからは経済学の講義。計算(計量ではない)経済学を概観したあと、金融市場のシミュレーションの話になる。ABM の主戦場はそこだろうなと思いつつ、私自身は関心がない。MATLAB で書かれたモデルをその場で実行、結果を見せるスタイルは面白かった。

Robert Axtell: Agents as Gateway to Complexity

エージェントが一人のモデル(Herbert Simon)からはじめて、エージェント数の拡大に沿って ABM の歴史を概観していく構成だ。なかでも、Axtell のグループが最近取り組んでいる、数百万のエージェントからなる FIRMS という経済モデルの話が刺激的であった。

その先に彼が考えるのは、Agent-based Macro Economics である。そうなると億単位のエージェントを動かす環境が必要になるのだろうか・・・一定の粒度を求めるにしろ、課題に照らしてどこまで大規模なモデルが必要なのかは、それ自体興味深い研究課題だと思う。

W. Brian Arthur: Complexity and the Economy

そして収穫逓増や経路依存性で有名な Brian Arthur が登場。サンタフェ研究所の創設の頃、初めて金融市場の ABM を Mac Plus 上に構築した頃の思い出話を織り交ぜて、自身の研究を振り返る内容だった。なお、彼の主要な研究業績は、以下の本に集められている。

Complexity and the Economy
W. Briant Arthur
Oxford University Press, USA


Deborah Strumsky
: Technology Change - An Evolutionary Process?

若き都市経済学者 Strumsky は、イノベーションの経済モデルが進化し、複雑系モデルが登場するまでの概観から始める。次いで、特許データなどを用いた緻密な実証研究を紹介する。都市が規模だけでなく多様性を伴うことでイノベーションが起きることを説得的に語る。

Scott Page: Model Thinking & Complexity - One to Many and Many to One

One to Many とは、上述のスケーリング則など、1つの単純な原理が幅広い分野に適用できること。Many to One とは、多様な意見を集めることでより正確な予測が可能になるという、集合知の話。この領域での Page の活躍ぶりは、日本語訳された以下の著書でも有名である。

「多様な意見」はなぜ正しいのか
Scott Page
日経BP社

マーケティングの立場からは、個人の社会的認知に複雑系を結びつけた Galesic の研究が、それまで全く知らなかっただけに大変面白かった。ビッグデータに ABM を結びつける方法については、Axtell のプロジェクトに圧倒されるとともに、大いに影響を受けた。

自分の研究との関連でいえば、Clauset の講義はクチコミ伝播の研究について、Page の講義は消費者の予測能力に関する実験について、参照すべき研究の流れを教えてくれた。また、Strumsky の研究が Creative Class/City の研究とつながる点にも注目したい。

今回のショートコースには、関心別に小グループに分かれて議論する時間もあった。私は Agent-Based Modeling in Social Science というグループに参加。UT Austin で公共政策分析を研究する男性、Mexico で都市交通政策を研究する女性院生と3人で議論した。

彼らはツールとして NetLogo を使っている。簡単だし、誰でもダウンロードして無料で使える点がいいという。確かに最近、NetLogo が ABM のデフォルトになってきた感がある。不特定多数に ABM を教える場合、こうしたオープンさが便利であることは否めない。

Santa Fe と Santa Fe Institute への訪問は、15年ぶりほどになる。その街並みや研究所の雰囲気は昔とほとんど変わっていない。出入りする研究者の新陳代謝はそれなりに進み、サマースクール等で学んだ人々が、世界各地で研究者として活躍しているようだ。

3日間の最後に開かれたパネル討論では、Arthur を除く全講師が参加していたが、1つの議題は、複雑系研究が今後大学にどれだけ根づくか、であった。特に経済学や社会科学においてはまだ厳しいが、いくつかの有力大学に複雑系関連の研究センターが存在している。

日本にそういうセンターがあるとは聞いたことがなく、もっぱら個別の研究室(ないし個人)で研究が進んでいるのが現状だ。ただし、計算社会科学(Computational Social Science)という旗印のもと、分野を超えて研究者どうしが交流し合う機運もある。

そこで自分にできることは限られるが、他の人がやらない課題があるなら、貢献の余地はあるだろう。今回のセミナーで得た刺激が、今後の研究に影響を与えることは間違いない。その意味で、この時期、雪の降る Santa Fe にやって来たことは大変よかったと思う。

2016年の抱負

2016-01-03 02:51:00 | Weblog
昨年買ったピケティはまだ1ページも読んでいない。自分の研究にとって、それより最先端のジャーナル論文を読むべきかもしれない。だが、たとえばピケティを読みたいと思うのは、少年時代に抱いた、社会に対する漠然たる関心が自分に残っている証拠だろう。

社会について、あるいは人間について「大きな話」をすることがいかに難しく、少数の天才や碩学にしかできないことは承知している。読書に徹するほうが賢明である。しかし、自分の研究にも、そうしたフレーバーを加えたいという欲望を抑えることは難しい。

自分の土俵がマーケティング・消費者行動の研究であることには変わりないが、社会科学的に意味のある研究にしたいと思う。そこで足がかりにしたいのが、にわか勉強で心もとないが「文化資本」「社会関係資本」など社会学の概念を計量的研究に導入することだ。

昨年末のブログに、2015年の成果について記したが、実は大事なことを書き忘れていた。昨年の年頭に掲げた Aesthetics, Blindness, Complexity, Diffusion, Enthusiasm というキーワードである。いま挙げた研究は、そのうちの Aesthetics にあたる部分である。

身のほど知らずにも心理学的な分野にも興味がある。意思決定における意識と無意識の相克、つまり Blindness が、自分の研究テーマでいえばトレードオフ回避、そしてイデオロギーの研究と関連する。1月に選択実験を行うが、その後も実験や調査を継続したい。

人間心理を理解するという点では Enthusiasm、つまり熱狂の研究もある。今春のプロ野球研究本の出版が契機になって、研究の幅が広がり、ファンのデータだけでなく、選手のデータまで分析できるようになればと願う。そうなったら自分の「熱狂」も高まるだろう。

私は自然科学に対する知識も興味も乏しいが、その手法のマーケティングへの応用には関心がある。 そこで Complexity というキーワードが登場する。これまでの研究をさらに継続するほか、消費者行動への応用に関する書籍を、今年こそ書き上げなくてはならない。

では、本丸のマーケティングでは何をするのかというと Diffusion である。論文化急務の Twitter の伝播効果研究の次として「新製品の導入~普及の研究」という、古くて新しい研究テーマに取り組む。ありふれたテーマのようだが、実は未解決の問題の宝庫である。

たとえば、日本で短命な「新ブランド」の導入が繰り返されるのはなぜか。米国のケースと比較することで、一般性のある知見を獲得できるかもしれない。消費者に新製品の成功-失敗を予見させるという、ずっと以前に行った実験を新しい視点で見直したいとも思う。

ということで、いろいろな思いを胸に秘めつつ、今年も仕事を進めていきたい。



2015年を振り返る

2015-12-27 21:01:21 | Weblog
今年は4月から、ニューヨーク市立大学バルーク・カレッジで在外研究を始めた。文字通り研究に専念できる、貴重な機会を得た。そして8ヶ月間、主にこれまで日本で行ってきた研究の仕上げに時間を費やした。少なくともその半分は、来年の春までに手離れすると期待している。

阿部誠先生、新保直樹さんと行ってきた Twitter の伝播効果に関する研究は、元々少数のインフルエンサーは存在するかという問題意識で始まった。これまでの研究で、インフルエンサーは存在し、戦略次第で費用を考慮しても効果的なキャンペーンを実施できることが確認できた。

今年はこの研究を Marketing Scinece ConferenceComplexity in Business Conference、そしてソーシャルメディア研究ワークショップで発表した。この分野の研究は進んでおり、これ以上論文投稿を先延ばしできない。来年の春までに第一稿を仕上げると宣言したい (^o^)。

もう1つは、研究分担者として参加した「金融サービスにおける企業・従業員・顧客の共創価値測定尺度の開発」プロジェクト。私の担当部分をICServ/Frontiers in ServiceBICT で発表した。プロジェクト自体は今秋終了し、自分に残された課題は主に論文の投稿である(汗)。

この研究では、標準的な計量モデル(ロジットモデルとマルコフチェーン)とエージェントベースモデルの併合を試みた。それはどちらのサイドからも嫌われるアプローチかもしれない。問題は、サービス・サイエンスの人々がどう評価するか。それを聴く機会が今後あるかどうか・・・。

やはり分担者として参加した「社会規範・政策選好・世論の形成メカニズムに関するパネル調査」も今年度で終了する。12月の JIMS で、共同研究者の桑島由芙さんが「ソーシャルメディア・イデオロギー・消費」と題する発表を行った。この発表は論文投稿が前提となっている。

現在、このプロジェクトの一環として選択実験を準備中だ。矛盾する政策のバンドルに有権者はどう対応するのか、秋山英三さんと取り組んでいるトレードオフ回避の研究ともつながる。その点で3月に下條信輔先生をお招きしたワークショップでの刺激を忘れることはできない。

「政治」は一見マーケティングからほど遠い世界に見えるが、物理学のオピニオン・ダイナミクスとか政治経済学のホテリング-ダウンズ・モデルとか、マーケティングにとっても非常に興味深い研究がある。その意味で、後継プロジェクトの申請が採択されることを祈りたい。

年明け早々に調査を実施する予定なのが「創造性とテイストに焦点を当てた消費者行動モデルの研究」プロジェクトである。従来から関心を持ってきたクリエイティブ・クラスに関する議論に、社会学にインスパイアされた手法を持ち込む。3月の進化経済学会@東大で発表する。

「プロ野球」研究の出版企画は、マーケティング、社会心理学、歴史学、経営組織論、会計学等の強力執筆陣から原稿が集まりつつある。順調に進めば、来年の春には出版されるはずだ。これが、今年の最も「確かな」成果だったかもしれない(まだ若干不確実なのだが・・・)。

しかしながら、来年1月に2件調査を行い、うち1つの分析結果を3月に学会発表し(予稿は1月末まで orz)、かつ Twitter 論文の第一稿を書くって・・・うーん、大丈夫だろうか・・・これら以外にここに書いていない研究もあるし、新たに立ち上げる予定の研究もある。

ともかく何とかするしかない。人生に残された研究に費やせる時間は短い。新たに始まる研究については、そのうちブログに書こう。いまは夢見る段階で、一人ニヤニヤしている。そして、最大の課題であったはずのモノグラフ執筆もある。全部自分が喜んで撒いた種なのだ。

↓Christmas Tree at the Plaza Hotel


BICT2015@Columbia Univ.

2015-12-12 01:09:49 | Weblog
12月3~5日、NY のコロンビア大学で開かれた Bio-inspired Information & Communications Technologies (BICT) と呼ばれた会議に参加した。Bio-inspired、すなわち生物(学)に発想を得てコンピュータ・サイエンスを発展させよう、という趣旨の会議のようであった。



「会議のよう」などと書くとよくわかっていないようだが、実際、よくわかっていない。招待講演では、粘菌を使った最適化や、兵隊蟻が橋を作るメカニズムの数理モデルなどが語られていた。最初に生物の不思議なふるまいの動画が流されるが、そこまでしかついていけない。

Bio-inspired といわれて想像するのは、遺伝アルゴリズムのような進化計算手法である。だが、この学会で扱われているのは、それに限らず、より広範な生物界のメカニズムである。それらはいずれアルゴリズムその他として、実用化されるのだろう。素晴らしいことである。

自分の発表した Complex Adaptive Systems というセッションは、日本から参加したエージェントベース・モデリングの研究者が中心で、そこだけが自分にとって棲息可能なニッチとなった。そこではたとえば、災害時の避難、複数のドローンの制御といった問題が扱われていた。

私は Simulating C2C Interaction in a B2B Financial Service Business by Empirical Agent-Based Modeling と題する、7月の Frontiers in Service での発表の発展版を発表した。顧客間でサービス経験が伝播したとき、関係者の利得がどう変化し得るかを分析するものだ。

この研究は、JST-RISTEX のプロジェクトの一環として行われてきた。そのプロジェクトはすでに最終報告書を提出し、あとは対外発表を行う期間に入っている。今後はここで報告した内容を含め、論文にしてどこかに発表することになろうが、どこにするかは決まっていない。

BICT は、主催者にも参加者にも日本人研究者が多く、こじんまりとしていい感じの会議であった。ただ、あなたの専門は?と聴かれて「マーケティング」と答えると、「えっ!」と驚かれるという環境でもあった。

もっと若くて、かつ頭脳明晰・博覧強記だったら、Bio-inspired Model of Marketing を考えることができたかもしれないが・・・

精神科医の目から見た広島カープ論

2015-12-03 01:05:51 | Weblog
和田秀樹氏といえば、精神科医としてメンタルヘルスに関する啓蒙書を多数著し、受験勉強の指南書も多く執筆されてきた有名人だ。灘高から東大理三に進み、海外留学まで経験するという絵に描いたようなエリートだ。そんな和田氏は、実は筋金入りの広島カープファンであった。

和田氏は広島、あるいはその近辺に住んだことはない。東京と大阪で幼少期を送り、それぞれの地元で応援されている巨人と阪神を嫌いになり、大洋ファンになったが、別当薫がカープの監督になったのを機にカープファンになった。それ以来40年間、カープを応援し続けている。

精神科医が語る熱狂の広島カープ論
和田秀樹
文芸社

そんな著者の熱いカープ愛が綴られたのが本書である。なぜカープを応援し続けるのか。それは、現代の日本社会から失われつつある、古き良き美徳がそこに息づいているからだという。地域社会との密着しかり、家族主義的な経営しかり、おカネ第一ではない行動原理しかり。

では、著者はカープの経営を絶賛しているのだろうか。そうではない。球団のガバナンスについて、最後に厳しい批判が書かれている。それがどこまで事実に基づいているのか、私には知る由もないが、長年のファンであるが故の不満は、著者一人のものでないことは確かである。

現在のカープ人気が続いているうちに、失われた25年を取り戻す変化が起きることを願うのみだ。

SMWS2015@支笏湖温泉

2015-11-30 16:12:42 | Weblog
6回目を迎える SMWS ことソーシャルメディア研究ワークショップが、北海道千歳市支笏湖の休暇村で開催された。例年のように物理学、コンピュータサイエンス、社会学、社会心理学、マーケティングの各分野でソーシャルメディアに関わっている研究者と実務家が集まった。



ソーシャルメディア、つまり Twitter とか Facebook ではさまざまな情報が飛び交うが、このワークショップでも、予想もしなかった新たな情報に接することができるのがうれしい。つまり、このワークショップ自体が、大変よくできたソーシャルメディアになっているのである。

本来ビジネスやマーケティングとは無縁の物理学者や社会学者の口から「マーケティング」という言葉が何度か出てきたりする。その意味は、ソーシャルメディアを使って企業、大学、自治体、政府などが世のなかを動かそうとすることで、広い意味でのマーケティングといえる。

このことは、狭い意味でのマーケティングを研究している自分にも、いい刺激になる。たとえば、ソーシャルメディア上の話題の急落をどうモデルするかの議論を聴いていると、本来なら文脈が異なる新製品の売上パタンの分析にこれは使えるかもしれない、という啓示が得られる。

質疑応答の時間が発表時間とほぼ同じだけとってあるので、さまざまな視点や情報に触れることができるのが魅力の1つである。たとえば、大学生の LINE ユーザに対する調査結果について誰かが語ると、小学生に対する同様の調査に関する情報が、別の人からもたらされたりする。

これ以上人数が増えるとそうしたインタラクションが難しくなるが、新陳代謝のためには新たなメンバーを迎えることも望まれる。今後の運営は大変かもしれない。自分としては、今後、ソーシャルメディアに関して何か発表できるか、研究のネタを見つけられるかが課題である。

Complexity in Business 2015

2015-11-16 21:43:09 | Weblog
ワシントンDCのホワイトハウス近くにあるレーガンビルで開かれた Complexity in Business 2015 に参加した。昨年に続く2回目である。前回より参加者、発表数は少なく、一時的現象なのか、トレンドを表すのか、気になるところである。マーケティングに密接に関連する発表も少なかった。

基調講演の最初は、メリーランド大学で地理情報学を研究する Paul Torrens 教授。人間の移動行動(店内の買物も)は3Dでモデリングすべきだとさまざまな研究事例を通じて熱く語っておられた。2Dで十分でないのかという批判に、だって世界は3Dではないか、と返した場面が印象に残った。

もちろん、それだけではなく、人が混雑した道で身体を斜めにしたり、店内で商品を取るためにかがんだり、といった3Dの動きが重要になる場面が指摘された。逆に、道路上のクルマの動きは、2Dモデルでも十分だという。計算量の増加が気になるが、そこはハードの力で乗り切るのだろう。

報告の冒頭に、渋谷の交差点が紹介された。後で聞いたら、日本からの留学生が渋谷の交差点で計測を行う研究していたとのことで、ご本人はまだ日本に行ったことがないという。彼の研究室では移動する人間に対する生理学・神経科学的研究を行うなど、同じテーマに学際的に接近している。



2日目の基調講演は、マーケティングで有名な Hoffman、Novak 夫妻が、IoT (Internet of Things) に関するユーザ調査の結果を報告した。「位相データ解析」での解析結果が、写真の2枚目に映されている。まるで生物学の研究に出てきそうな図であり、独特の視覚化が行われている。

その結果何が分かったのか、あるいは、そこで語られている解釈が分析の結果から自然に導出され得るものなのか、正直よくわからなかった。また、そもそも現在のユーザの IoT 経験にどれだけ意味があるか・・・。しかし、こうした未知の領域に果敢に挑戦している姿勢が、非常に貴重である。

一般の報告で個人的に面白かったのは、Forrest Stonedahl 教授(コンピュータ・サイエンス)による Hotelling の空間競争モデルにエージェントベース・モデリング (ABM) を適用した研究だ。エージェントの数を3以上にすると解析的に扱えないことが知られているので、意味のある適用だ。

2次元空間で多数のエージェントを競争させると、シミュレーションの結果、大域的に1つの均衡に収束しないが、局所的に2人のエージェントが同じ場所で競争する複占的状況が生まれることが示された。なぜそうなるかはともかくとして、一定のパタンが生まれること自体が非常に興味深い。

さらに、競争が行われる空間の次元を増やすことも、ABM にとっては容易である(その結果については時間の制約もあってよく理解できなかったが・・・)。これまで誰もこのような ABM の応用を行ってこなかったのだろうか。実は自分も考えたことがあったが、着手することはなかった。

自分は阿部先生、新保さんとの共同研究 "When Seeding Works in Social Media Marketing: A Hybrid Approach of Empirical Analyses and Simulation "を発表した。Marketing Science Conference での発表を、頑健性のテストのためのシミュレーションを加えて拡張したもの。

セッションには数人の聴衆しかいなかったが、チェアを勤めた大物教授から好意的なコメントをもらえたのはよかった。もう何年も続けている研究であり、そろそろ論文にする時期が来ている・・・とこれまで何度決意したかわからないが、いよいよ機が熟してきた、とここに表明する。(^^)

この会議が開かれていたとき、パリで大規模なテロが起きた。ワシントンDCは、当然こうした攻撃の標的になる可能性の高い場所でもある。Complexity in World は日に日に高まっている。複雑系科学こそがそうした問題を解決する、と「単純に」言いきれないことは、残念なことである。

しかし、こうした問題を少数の要因だけで割り切ったり、違う立場からは全く異なる見方がなされることを無視したり、効果が予期せぬ範囲に波及する可能性を視野に入れないことを戒める上で複雑系の観点は教えに富むはずだ。というか、複雑系科学は、そうした役割を担うべきだろうと思う。

Big Data Conference@NYU

2015-10-23 21:51:28 | Weblog
10月23日、NYU Stern School で開かれた Big Data Conference、正式名称 NYU 2015 Conference on Digital Big Data, Smart Life, Mobile Marketing Analytics に参加した。テンプル大学の Luo 教授、ニューヨーク大学の Winer 教授が共同議長を務めている。



朝8時半から5時まで、基調講演以外は3トラックで発表がある。私が聴講した範囲では、マーケティング・サイエンスの研究者による、フィールドでの無作為割当の実験研究が圧倒的に多い。ビッグデータという看板通り、数万人規模の実験が、小売企業等の協力を得て行われている。

日本でビッグデータを活用したマーケティングの会議が開かれたとしたら、ここまでフィールド実験が多く発表されるだろうか。こうした研究は、当然、大学の研究者だけでは不可能で、Google や Facebook の研究者が共著者に名を連ねることになる(日本でもそうだといいが・・・)。

もう1つは、中国で行われた実験が目立つこと。これは、中国から留学してきた研究者の多さからして、当然のことだろう。中国のモバイル利用人口は世界一であり、かつイノベーションに前向きな小売業が多いということだろうか(あるいは、個人情報保護などの規制が緩いとか・・・)。

それはともかく、大規模実験の説得力は強く、基調講演者の一人 Wedel 教授によれば Small Stat on Big Data という状況が生まれている。もちろん、アカデミックの側としては Big Stat にしたい。Dubé 教授のように、 実験と経済モデルを組み合わせた研究などは、その最先端だろう。

Hanssens 教授の基調講演は、別の意味で刺激的であった。彼は、マーケティング・サイエンスの経験的一般化に関する近著を紹介しながら、ビッグデータの時代に、新たな一般化が求められると主張し、その方向性をいくつか示唆していた。しかし、すべては弾力性に集約されるという。

Empirical Generalizations about Marketing Impact (Relevant Knowledge Series) (English Edition)
Dominique Hanssens
Marketing Science Institute

最後に、Toubia 教授の講演にも触れておきたい。彼は、この会議の長いテーマのうち、Smart Life という部分に興味があるという。巧妙な価格設定やプロモーションで利益を増やすことより(と明言していたかどうかは別にして)、人々の well-being を高める研究をしたいとのこと。

現在彼が行っているテキストマイニングやアイデア生成の研究の目的を聴いて、彼の研究により興味がわいてきた。名声を誇る彼と自分を同列のように語るのは不遜だが、自分もまた、同じように感じているからである。研究を通じて、もっと人間の奥深い部分に迫りたい、というような。

発表が1日に詰め込まれているせいか、たまたま時間を余して発表が終わった奇特なケースを除き、質疑応答が少ない印象を持った。数週間前、同じく Stern で開かれた WIN2015 とは、そこが大きく違う点だ(質疑応答は、発表以上に理解するのが大変なのだがw)。

カイヨワの計量モデル化はアリか

2015-10-09 20:48:05 | Weblog
訳あってロジェ・カイヨワ『遊びと人間』を読んだ。はるか昔、清水幾太郎・霧生和夫訳を読んだが、覚えているのは、有名な遊びの4類型だけである。今回読んだ多田道太郎・塚崎幹夫訳は1971年刊だが、原著(改訂版)は1967年(初版は1958年)の出版だ。その間、本書は生き延びてきた。

「遊び」はアゴン(競争)、アレア(運)、ミミクリ(模擬)、イリンクス(眩暈)の4つに分類される、というカイヨワの説は非常に有名で、ウィキペディアにも出ている。それを理解させるだけなら、数頁もあればよい。だが、本書は相当な頁を費やして自説を援護し、肉づけし、発展させる。

遊びと人間 (講談社学術文庫)
ロジェ・カイヨワ
講談社

そもそも、なぜこの4分類なのか。著者の議論の基盤はあまりに該博な知識にあり、世界中の文化や風習、歴史、ときには動物行動学の事例までが動員される。それを読むにつけ、なるほど、この4分類で遊びがうまく説明されると感じる。だが、厳密に考えると、やはり謎は残されている。

現代であれば、遊びの関連語を含むテキストを分析するなどして4分類を発見したかもしれないが、カイヨワはそんなことはしない。しかし、彼の知識から紡ぎ出されるエピソードがあまりに多岐にわたるので、普遍性を感じてしまう。実際、彼の説を上回る仮説は、未だ存在しないのではないか。

こういうタイプの研究は、現在の社会科学で可能だろうか?この著作が査読付学術誌に投稿されたなら、誰がどう査読できるだろう?そうした制度がない時代に、カイヨワという才能は何らかの方法で見出され、著作の機会を与えられ、名声を獲得していった。それは、そんなに遠い昔の話ではない。

社会への科学的アプローチといっても、そもそもの仮説の設定には、かなりの恣意性が入り込んでいる。それは必ずしも、データから帰納法的に導かれるわけではない。そこで想像力や物語構成力の果たす役割は大きく、現代においても、その感覚を持ない者が魅惑的な研究を生み出すことは難しい。

今回本書を読み直したのは、カイヨワの4分類に対応する測定尺度を作り、どのプロ野球球団を応援するかを予測する研究を行っているからだ。カイヨワ的思考と計量分析を結びつけるような研究を、カイヨワ本人がどう評価するかはわからない。ま、それがアリかどうかは、結果次第である。

Information in Networks@NYU

2015-10-04 09:38:06 | Weblog
10月2~3日は、NYU Stern School で開かれた Workshop on Information in Networks (WIN2015) に参加した。毎年ここで開かれ、今回で6回目だそうだが、その存在は知らなかった。このワークショップの中心人物は、いまは MIT Sloan School に所属する Sinan Aral 氏だ。



会議は基調講演、口頭発表(2トラック)、ポスター発表からなる。前者の2つは発表を15分とし、30分程度を同じセッションの発表者全員への質疑応答・相互の議論に当てている。当然議論の中心になる発表とそうでない発表があって、いろいろな意味でタフな場である。

ポスター発表はレセプションと同じ場所で開かれ、酒とスナックを片手にじっくり話すことになる。ランチ会場で一人2分ほどの予告編があることも含め、ポスター発表への集客に力が注がれていた。ポスター発表について手抜きの学会が少なくないだけに、なかなかよいと思う。

この会議では、ネットワークに関するデータ解析について、様々な分野の研究者が集まって議論する。中心はコンピュータサイエンスや情報システム系の研究者だが、経済学、社会学、政治学の研究者も参加している。彼らを括る共通のキーワードは「計算社会科学」だろう。

コンピュータ・サイエンスの人が社会経済データを解析する、というだけではない。ゲーム理論の数理的研究もあれば、ブルデューの文化資本概念に依拠してソーシャルメディアを論じる人もいる。また、政治学とコンピュータサイエンスの双方の肩書きを持つ教授もいる。

経済学では、Sanjeev Goyal (Cambridge)、Matthew Jackson (Stanford)らが招待されていた。彼らはネットワーク理論を経済学に導入し、教科書も書いている研究者だ。上述のようにコンピュータサイエンス側にも経済学のモデルを導入する人々がいて、境界が崩れつつある。

Connections: An Introduction to the Economics of Networks
Sanjeev Goyal
Princeton University Press


Social and Economic Networks
Matthew O. Jackson
Princeton University Press

ネットワークに関する研究というと、ソーシャルメディアのデータを機械学習で分析したり、エージェントベースのシミュレーションというイメージがあるが、無作為化比較テスト、自然実験、構造推定などを用いた研究もあった。つまり、手法はかなり多様で、オープンということだ。

特に実験ということでは、主催者の Aral 氏だけでなく、今回の基調講演者の一人であった Microsoft Research の Duncan Watts もそちらを志向しており、今後ますます拡大していきそうだ。日本でも、自分も、と思うが、そのためには産業界(政府やNGO)との連携が欠かせない。

偶然の科学 (ハヤカワ文庫 NF 400 〈数理を愉しむ〉シリーズ)
ダンカン・ワッツ
早川書房

この会議では、Facebook の研究者が何人か発表していた。データが膨大かつリッチなので、使われている手法はむしろシンプルだったりする。一方で、ネットワーク上でA/Bテストのようなことをするには、伝統的な統計的検定では問題があるらしく、その解決策が議論されていた。

研究の最先端を垣間見て、正直、彼我との距離の大きさを感じただけの2日間だった。しかし、この分野で注目すべき研究者がかくも多数いることを知っただけでも収穫といえる。早速、彼らのホームページを覗いたが、あまりにも多くの論文が書かれていて驚くばかりである。

日本でも「データサイエンティスト」が増え、人工知能の研究所を設立する企業が増えている。このことを、数量的アプローチをとる社会科学者、またマーケティングサイエンティストは好機到来と捉えるべきだろう。スケールの大きな共同研究を生み出す可能性が広がればと願う。

在外研究 半年経過

2015-09-30 19:07:35 | Weblog
ニューヨークでの在外研究、半年を経過した。あっという間の半年、と言いたいところだが(少しそういう気持ちもあるが)、むしろ長い半年だったという思いが強い。当初の抱負がどこまで実現したか、レビューしてみたい。そして、いま何を目指そうとしているのかも、少し・・・。

4月はアパート探しや生活のセットアップでばたばたした。どこにどういう店があるか定かでないまま、Googleを主な頼りに買物した。いまから思うと、もっと安い店が身近なところにあったりするわけだが、仕方ない。日本よりかなり高いコストをかけたマンハッタン生活が始まった。



6月には、ボルチモアで開かれた Marketing Science Conference に参加。阿部誠先生、新保直樹さんと進めてきた、Twitterにおけるインフルエンサーを発見する研究を発表した。長く議論されている、インフルエンサーの有無やその波及効果に関する論叢に一石を投じたつもりである。

こうした研究は、いわゆる seeding 戦略(少数のターゲットを起点に全体を動かす)の有効性を主張することになる。実際、どのような戦略が効果的なのかが次の研究課題になるが、すでに多くの研究が発表されている。11月の Complexity in Business での発表後、速やかに論文にしていきたい。

7月に入ると、サンノゼで ICServ とFrontiers in Service という、いずれもサービス科学の学会が開かれた。そこでは戸谷圭子先生を代表とする RISTEX のプロジェクト研究を発表した。この研究は9月に最終報告書を提出、12月にコロンビア大学で開かれる BICT2015 でも拡張版を発表の予定。

この研究では、さる金融サービスの顧客・従業員調査、粗利益データを使って、顧客資産モデルを構築した。さらに、顧客間取引データに基づき、顧客間で知覚サービス価値が伝播するシミュレーションを行い、標準的な計量モデルとエージェントベース・モデルのハイブリッドを目指している。

また、サンノゼの会議では、基調講演や企業見学を通じて eye-opening な話を聴けたことの収穫が大きい。いま具体的にどうの、ということにはならないにしても、サービスイノベーションがもたらす価値創造の研究に、複雑系の視座が持つ可能性を強く感じた。今後考えを深めていきたい。

7月後半に一時帰国し、上で述べた以外の様々なプロジェクトについても、共同研究者の方々と打ち合わせた。仕事のほとんどが日本基盤であるのは致し方ないこと。それらの多くが、今年度いっぱいまでかかる見込みだ。ありがたいことは、それらに全力投球できる時間を与えられていることだ。

一時帰国時には、黒田博樹投手の勇姿を神宮球場で拝むことができた。その後のカープの動向は残念だが(いや、まだ今季は終わっていない!)、念願であったプロ野球研究の出版準備が着々と進んでいることは喜ばしい。残り数ヶ月、他の仕事とともに、その執筆に全力投球しなくてはならない。

せっかくの在外研究の期間を通じて、新たに着手したい研究テーマもある。自分なりの問題意識に導かれて調べていくと、すでに先行研究があることがわかる。自分が気づいたことで、他の誰も気づいていないことなどないことが痛感される。考えを深めるほどに、いろいろな問題が現れてくる。

救いは、まだ時間があること。これからニューヨークは厳しい冬を迎えるが、研究引きこもり生活には好ましい環境だ。



熱狂を生み出すヒトラーの演説

2015-08-16 08:43:58 | Weblog
ドイツ語を専門とする言語学者が、1919年から45年に至るヒトラーの演説内容をデジタル化し、どのような単語が頻出し、どのようなレトリックが使われていたかを分析したのが本書である。それ以外にも当時のドイツの世論や空気を伝える、さまざまな史料が駆使されている。

したがって本書は、ヒトラーが率いるナチスがいかに政権を掌握し、敗北を迎えたかを、ヒトラーの演説とそれに対するドイツ民衆の反応という側面から描いた歴史書である。と同時に、大衆の扇動を可能にするレトリックについて分析した、コミュニケーション論の書でもある。

ヒトラーの演説はミュンヘンのビヤホールから始まった。ナチスの躍進とともに会場は大きくなり、われわれが記録映画で目にするような、膨大な聴衆を前にした演説になる。メディア論的に興味深いのは、そのあとラジオを使った演説に移った時に直面した、非連続性の指摘である。

本書を読んで印象深いのは、最初は無視できるほどの政治勢力でも、流れのなかで巨大な勢力になり得ることだ。それを、移り気な民衆の情動が後押しする。もちろん、ナチスは選挙で多数党になったわけではなく、当時の政治家の駆け引きのなかで政権を奪取したことに留意すべきだが。

ナチス支配下のドイツでは、戦争が長引くにつれ、ヒトラーやナチスへの熱狂は冷めていく。それは、彼の演説への聴衆の反応にも表れている、と本書は述べる。つまり、潜在的な世論は多様であり続けた。恐ろしいのは、そうであっても独裁政権が生まれてしまう、ということだ。

ヒトラー演説 - 熱狂の真実 (中公新書)
高田博行
中央公論新社

ワイマール共和国からナチス支配に至る歴史は、日本の戦後民主主義の今後を心配する人々につねに参照されてきた。いまもまた、であろう。自分の肌感覚としても、このところの世のなかの動きに「漠然たる不安」を感じる。だから、ヒトラーの時代の歴史が、最近気になっている。

新しい消費者行動論の教科書

2015-08-07 01:26:55 | Weblog
今年に入って、消費者行動に関する教科書が続々と出版されている。1月には、松井剛先生を始めとする研究者たちの尽力で、Nichael Solomon による消費者行動論の教科書が翻訳・出版された。かなり分厚い教科書なので、合冊版とともに、教科書で使われたときの学生の便宜を考えて、三分冊版がある点がまずユニークである。

消費者行動の本格的な教科書は、欧米で何冊も出版されてきたが、なんせ分厚い。それを英文で読み通すことは、日本人にとって二重の意味で至難の業であった。今回、翻訳版が出ることになって救われた人は多い。一方、出版市場がシュリンクしていることを考えると、この本を出した丸善は偉大である、と賞賛せざるを得ない。

ソロモン 消費者行動論 [上]
Michael R. Solomon
丸善出版

ソロモン 消費者行動論 [中]
Michael R. Solomon
丸善出版

ソロモン 消費者行動論 [下]
Michael R. Solomon
丸善出版

これから本格的に消費者行動を研究する人には『ソロモン』は必携の書だが、一般学生やMBAの学生は、そこまでの時間と労力を割けないだろう。その点、3月に出版された田中洋先生による『消費者行動論』は非常にコンパクトかつ平易に書かれていてお奨めだ。本格的な教科書であった『消費者行動論体系』をベースに大幅に改訂されている。

消費者行動論 (【ベーシック+】)
田中洋
中央経済社

『ソロモン』と『田中』で共通するのは、心理学・認知科学を基礎とする従来型の消費者行動論を踏まえつつ、ポストモダンと呼ばれるような、もう1つの流れにも目を配っていることである。『ソロモン』でいえば、社会階級とライフスタイル、サブカルチャー、文化、『田中』では自己と他者、消費者文化に関する章がそれである。

私自身は、マーケティング研究者としてはどちらかというと「計量派」(いま風にいえばクオンツ)の側にいるが、消費者行動論において「文化」の研究が進展していることに大変興味を持っている。それは、消費者を独立した存在として見るのではなく、ネットワークを構成する者、社会的な存在として見る立場につながっている。

したがって、心理学的な消費者行動研究が、社会学を通じて、場合によっては複雑系的な社会科学(いま風にいえば計算社会科学?)と結びついていく可能性を予想している。それがあながち妄想でなさそうなことを、この2つの教科書は示唆しているように思う(そこまでいうのは、かなりの我田引水であったかもしれない・・・)。

『マーケティング零』

2015-08-07 00:32:50 | Weblog
一時帰国したら、何冊か書物をお贈りいただいていた。

まずは、大石芳裕研究室で編纂された『マーケティング零』(白桃書房)。大石先生は明治大学経営学部で「グローバル・マーケティング」を教えておられるが、その受講者がすべて、マーケティングの基礎知識を持っているわけではない。限られた時間で、ゼロの知識から最低限の基礎知識を持ってもらうために、本書は書かれたという。

本書はコンパクトな本ながら、eコマース、顧客満足マネジメント、関係性マーケティング、サービス・マーケティング、コーズ・マーケティングなど、最近注目されている話題にかなりの紙幅を割いている。各章は大石研究室出身の教員や院生によって分担執筆されており、著者がいかに多くの研究者を育ててきたかを窺い知ることができる。

著者の周囲には学生だけでなく、多くの社会人が集まっている。主宰するグローバル・マーケティング研究会には、毎回100人を越す実務家が集まり、質疑も活発だ。その秘密がわかるのが、冒頭の「反省しても後悔せず」と題する一文である。そこに書かれた、著者のある意味で「破天荒な」半生が、多くの人々を惹きつけているのだ。

マーケティング零(ゼロ)
大石芳裕(編著)
白桃書房