Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

経済学の多重宇宙

2015-06-02 00:45:12 | Weblog
岩井克人『経済学の宇宙』は、著者が積み重ねてきた主要な研究を振り返りながら、生い立ちから国内外の著名な研究者・知識人との交流まで、様々な話題に満ち溢れていて読者を飽きさせない。岩井経済学のファンにはもちろん、これまで縁のなかった人々にも一読を薦めたい。

なぜか。1つには、この本は独創的な知的発見のプロセスに関する一級の記録だからである。セレンピディティなんて言葉もあるけど、気づきは突然、思わぬところから現れる。その一方で、発見は十分考え抜いた者にしか現れない。そのことが、著者の実体験を通じて語られる。

スティーブ・ジョブズはスタンフォード大学の卒業式で、自身の生涯を振り返りながら、いろいろな行為が、その後、当時全く意図していなかったかたちでつながっていくことの重要性を語った。同じことが、岩井氏の独創的な研究が生み出されるプロセスで起きていたのである。

その一例が、著者がある時期、意外にも経営学者・伊丹敬之氏の主宰する研究会に出ていたことだ。その時点では全く予期されなかったが、のちに法人論の研究を始めたとき、研究会で聴いた経営者たちの話が活かされた。こうした驚きの逸話をいくつも味わえるのが本書の魅力だ。

もう1つ、本書からは、知的誠実さへの勇気づけが得られる。カバーの折り返し(あとがきの引用)に「私の学者としての人生は米国の大学院に入ってすぐ「頂点」を極め、その後直ちに「没落」してしまいました」とある。しかし、そのおかげで自由に独自の研究を行えたと。

著者は学部を卒業して3年後(!)に MIT で博士号を取得する。その間に一流誌に掲載された諸業績が「頂点」だが、すぐに不均衡動学の構築に向かう。その背景に、東大在学中に宇沢弘文氏の「悩み」(反新古典派の心情と用いている方法の矛盾)に接したことがあった。

「不均衡動学」の原書は日経・経済図書文化賞の特賞を受賞するなど、日本の論壇では評価されたが、米国を中心とする経済学の主流からは、当時著者が期待したほどには評価されなかった。本書では、それがもたらす挫折感と解放感のアンビバレンスが何度も語られる。

経済学の宇宙
岩井克人
日本経済新聞出版社

岩井克人氏の著作のうち、特に『ヴェニスの商人の資本論』あたりは、マーケティング関係者にけっこう読まれてきたのではないか。つねに普遍性に向かう岩井氏の志向が、個別性にこだわりがちなマーケターや実務家にとって、逆に大きなインスピレーションの源になる。

ヴェニスの商人の資本論 (ちくま学芸文庫)
岩井克人
筑摩書房


もう一つ、エージェントベース経済学なり計算社会科学をなりを目指す研究者にとって、岩井氏の著書はアイデアの宝庫でもある。もしかすると、美しく数理化するために生まれた制約をシミュレーションで突破することで、思いがけない自分独自の貢献ができるかもしれない。

岩井氏が最近関心を寄せているのは、脳科学である。そして、物理科学や生命科学に還元されない、もう一つの「人間科学」を探求しているとのこと。岩井氏のことだから、凡百の研究者が想像する人間科学とは全く違うものになるだろう。早くそれを読みたいと心から願う。
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