ぴか の観劇(芸術鑑賞)日記

宝塚から始まった観劇人生。ミュージカル、ストレートプレイ、歌舞伎、映画やTVドラマ等も書きます。

07/07/29 「NINAGAWA十二夜」千穐楽を堪能

2007-08-02 23:58:53 | 観劇

『NINAGAWA十二夜』は初演で一度観て、今回が2度目。蜷川さんの舞台はけっこう濃厚なので、私は滅多に同じ月にリピートはしない。
しかしながら今回はかなり久しぶりだし、初演時にTVでオンエアされたものの録画を前日に観て予習。初演にかなり手を入れているということだったので、きちんとチェックしたかったからだ。冒頭の菊之助インタビューも観て、だんだん菊ちゃんモードに入っていく。やっぱり声が好きだなぁ。若手の中で声が一番綺麗だと思う。蜷川さんが「菊に思いつめた目で言われたら断れない」って言ってるけどわかるなぁ(^^ゞ

2005年7/31千秋楽昼の部の感想はこちら
他に初演時に書いた関連記事もまとめておく。
05/08/01 『NINAGAWA十二夜』チェンバロ?スピネット?
05/08/03 「演劇界」で『NINAGAWA十二夜』を読む~菊之助の二人三役について

今、読み返すと菊之助が主膳之助と琵琶姫の兄妹で一緒に舞台にいることができるようにするための仮面をかぶった身替りへの違和感をかなり書き立てている。主膳之助は松也あたりにやってもらってもよかったのではないかとかも書いていたようだ。
さて今回はその違和感が薄らいでいた。初演時は、船の上で琵琶姫と一緒に仮面のの主膳之助も出てきたりして最初からちょっとしらけたというのもある。
今回は身替りの登場は、波布を使っての難破の場面で海に落ちた主膳之助が浮きつ沈みつするところで奥の方で姿を見せるくらいに控えていた、早替わりの時間を稼ぐ最低限にしたことがよかったと思う。物語の世界に入りきってしまってから身替りが舞台の正面には出てきたので、初演時ほど気にならなくなってしまった。大きなネックをクリア!

その難破の場面のスペクタクル性が増しているという前評判もその通り。初演も一回しか観ていないので波布も併用していたと勘違いしていたが、録画を観ると照明と幕と照明だけの処理だった。今回の波布が大きな船を洗うように荒れ狂い、主膳之助が飲み込まれるという見ごたえのある場面にバージョンアップしていた。

初演時にも普通の舞台では考えられないくらいの1週間と言う短い稽古期間でこの膨大な台詞量をこなして開幕したのが見事と評判だった(左團次はあまりの台詞の量の多さに辞退しようかと思ったくらいだと筋書に書かれていたくらいだ)。今回はさらにさらに台詞を自在に操り、余裕のある芝居になっていて、さらにぐっと引きつけられた。
主要キャストで安藤英竹役だけが松緑から翫雀になっているが、その翫雀がなかなかよくて見直してしまった。松緑の英竹はエキセントリックでかなり面白かったのは確かだ。しかしながら翫雀の英竹はかなりの変人なのだが一応の貴族らしさが全体に調和している。その中でのずれ具合が可笑しい。大体ピンクの衣裳にあわせて髪にピンクのメッシュを入れるだけでなく、マツケンサンバのように鬢のほつれを片側に強調。首周りの紫のスカーフといい、「トレビア~ン」とか知ったかぶりのフランス語の単語をちりばめるなどの気障な馬鹿という役づくりがうまい。鐘道にそそのかされての獅子丸との決闘への身ごしらえは最高だった。背中に弁慶の七つ道具をしょって前には太い鉄砲を下げ、髪は総髪にして鉢巻。なんだかんだという場面を経て退場する時には「またメッシュ染めなくっちゃ」とか言っているし。今回は翫雀を褒めたい(初めて褒める)!!

前回けなしたもう一点。菊五郎の捨助と坊太夫の二役。日本にない道化を無理やり阿呆として盛り込んだことへの違和感が強かったのだ。シェイクスピア劇を日本の歌舞伎にしたというような感じで捉えすぎていたのかもしれない。今回は歌舞伎に仕立てたシェイクスピア劇として観ているせいか、あまり違和感を感じなくなった。今回の菊五郎の捨助が初演よりさらに飄々としていたのも好ましかった。そして、坊太夫のはじけっぷりにもう感動ものだ。ウコン色の装束の時に烏帽子にさらに観音像が冠につけている瓔珞のように垂れるウコン色の紙の飾りがあまりにも可笑しくて可愛くてやられた。「俳優祭」の北千住観音もスゴカッタが、チャリ場でないお芝居の中でこの扮装というのは、これはもしかしたらスゴイことなんじゃないだろうか。ちゃんとこの扮装での舞台写真1枚GET。これは我が家に永久保存だ<娘に引き継いでくれるように頼んである(笑)>。それとマルボーリオの黄色いガーターと坊太夫のウコン色の下帯を比べると、後者のおかしみの方が笑える。それを長く引きづり出して・・・●×△★っていうことよね!凄すぎる!!

ここまで妄想をはじけさせた坊太夫。物の怪つき呼ばわりされて袋をかぶせられ、麻阿や庵五郎たちにポカスカ叩かれて袋をとったその姿の哀れさが際立つ。ギャップが大きかったのが効果的。ほつれた髪で恨めしそうな目をした男はそれだけで思わず可哀相=可愛そうに思えてくるから不思議なものだ。『菊五郎の色気』という本を読んだせいか、こんなところにも色気を感じてしまう(^^ゞ

そして主役の菊之助。初演から2年たっての成長が如実にわかる。初演でも二人三役の素晴らしさを褒めちぎった私だが、再演の今回は文句のつけようがない。初演は琵琶姫の扮装の時はまだまだ硬い感じがあったのだが、女方の修行がすすんでお姫さまのやわらかさを感じることができた。その琵琶姫が男装した獅子丸の時に本性が出てしまうところも初演はスイッチが切り替わる感じで可笑しさが前面に出ていたが、今回はまた違っていた。あくまでも本性は琵琶姫であるのがわかるのだ。それが頑張って獅子丸になっているという感じなので、ちょっとでも気が抜けると琵琶姫に戻ってしまっているという感じでとっても自然。
英竹との決闘の場面が今回はすごく面白かった。庵五郎に剣術指南を受けるのだが刀の構え方も足の角度も直されてへっぴり腰。ふたりの腰の引け方は最高に可笑しかった。
琵琶姫の左大臣を思う気持ちもいつもいつもあふれている感じが強くなっている。二幕冒頭の御前での舞いも四季の舞から恋のせつなさをうたうものになっていたのもすごくよかった。前回は睡魔に襲われたが今回は「道成寺」のてぬぐいを使って踊るあたりを踏まえてるなぁとか、けっこう長唄も聞き取れて楽しめた。ここの変更も成功している。とにかく琵琶姫としての気持ちがぐっと伝わるようになって、観ている方もぐっと感情移入が深くなった。
「十二夜」という作品の主役は、まさに菊之助のように女方と立役の両方をきちんと身につけてきている者にこそふさわしい。

左大臣の錦之助も襲名でさらに大きくなっていた。さらに恋に身を焼く男の物狂おしさの烈しさが増し、その思いを自分が受けたいという琵琶姫が思うのも無理もないという感じが強くなっている。前回はあまり印象に残っていなかった舞の後で「そなたが女性(にょしょう)であったなら」という台詞に獅子丸が「ええっ」と聞き直す場面が今回はグッときた。ここに伏線があったのか!(本当に日本の話なら小姓には手を出してしまうことは普通なわけで、男だからと堪えるのはやはりキリスト教の国のお話だからだなぁと納得)。

時蔵の織笛姫もぐっと情感が深くなった。この役には時蔵の硬質な赤姫がぴったりだが、菊之助がやわらかさを増したことによる相乗効果があった感じがした。気位の高いお姉さまが若くて瑞々しい若い男(おのこ)にツンデレ~っという感じだろうか。「胸のうちの小鳥が騒ぐ」と恋の苦しさに目覚めた気位の高い姫の可愛さ、それも恋に恋するような初心な純情。これは時蔵の代表作にもなったと思える。

亀治郎の麻阿もバージョンアップ!さすがに大河ドラマの武田晴信で一回り大きくなったと思われ、麻阿もさらに堂々としている。そして左團次の鐘道も初演よりもさらに自堕落だけれど憎めない、麻阿がほっとけないであろう男の魅力を撒き散らしていた。
そして初演よりも楽しめたのは團蔵の庵五郎と松也の久利男。やっぱり回を重ねると目が広く届くようになる。こういう楽しみも増すので毎月歌舞伎座に通うことになるわけだ。

「NINAGAWA十二夜」の再演は、場面や台詞も整理されて時間も短縮されていたが、スピード感も増し、ブラッシュアップされていて素晴らしい舞台になっていた。歌舞伎の新しい可能性が着実に広がっていることも確信。歌舞伎座が建替えになっている時期に菊五郎劇団でシェイクスピアの本場ロンドンでの公演を実現して欲しい。そう思うのは私だけではないだろう。

写真は公式サイトより今回の公演のチラシ画像。初演の時よりも衣裳をつけた役者さんたちの写真のトランプが増えている。
追記
①英竹の果たし状の文面が松緑の時と同じだが、翫雀の口調はだいぶ松緑のそれとは違った。翫雀の英竹ではあんな文章を書くわけがない。そこはちゃんと文面も変えるべきだったと思った。
②歌舞伎座で『歌舞伎座掌本』とともにいつもいただいてくるフリーペーパー?『芝居茶屋新日屋かわら版』第26号の舞台美術の金井勇一郎さんのインタビューが面白かった。同じものがウェブサイトに載っているのを発見したのでご紹介!→こちら