Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

寝る子は育つ肌寒い日々

2010-08-17 | 
昨晩もグラスに残りのワインをアペリティフ代わりに啜っただけである。食事も親子丼だったので、ワインが合うわけでなかったからだが、それで満足してしまうぐらい新陳代謝が落ちて、兎に角寒い。筋力がついている筈なのに、棒々鶏の四川ソース和えもやる気がなくなってしまい、熱い料理を考えたぐらいに冷えた。八月の寒さは異常ではないのだが、前半にこれぐらい寒いのは知らない。

八月にヒーターが必要な地方ではないのだが、車に乗ると摂氏二十度ほどに室内温度を設定してあるエアコンが温風を噴出すので、決して自分が体の調子が悪いのではないだろう。それにしても霧雨のような雨が降って、パン屋にも行かず尚更歩きにに行くことも無い。

それに朝が辛くなってきた。なかなか起きられない。このような思いは十年ぶりぐらいである。一昨日からパジャマを長袖にしたのだが、窓を閉め切った暖房の無い室内ではベットの中が快適である。寝る子は育つというが一体今頃何処が育つのだろう?

ノートブックが無線化して生活領域も若干変わった。寝室は北向きの屋根裏部屋にとってあるのだが、そこでの生活時間が増えた。やはり北向きの部屋に夜半に長くいると、心理的に落ち着くようで、長い眠りの時間に影響しているようである。

外から帰宅する前にワインの地所を歩いた。先週金曜日の朝以来の運動である。万歩計は持たなくとも、殆ど体が三十分の道程を覚えている。略三千歩に違いない。案の定車に戻ってくると三十分経過していた。

葡萄の実りは未だに小さく硬い。雨で遣られることも無いだろうが、週末の戻りが最後の気温上昇となるようである。そして天気が続けば、いよいよ熟成をしていくだろう。2004年以来なかった酸の鋭いワインになるのだろうか。

今年の夏ほど惜しまれる夏は子供の自分以来なかった。実りの秋や、冬も待ち遠しいが、あまりにも夏が短かった。
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ラーメン屋の掘り炬燵での風情

2010-08-17 | 文化一般
フランカ・ポテンテというドイツの女優さんをご存知だろうか?あまり映画は見ないので、ラン・ローラ・ランというドイツ映画は知らなかった。世界的に商業的にも成功した作品のようである。

その現在米国人のご主人と合衆国に住む女優さんが、日本を舞台に小説を書いて、それが八月の新書として紹介されている。

文化欄で大きく紹介されている理由は、なにも彼女のプロフィールや流石に様になる顔写真の表出力ではなくて、その文体と書き方であると書評を読めば直ぐに分かる。

先ず、2005年に米国人気TVシリーズ「シールド」や「ハウス」出演して、ドキュメンタリー「闇の芸」で日本に滞在した経験とその後の再度に渡る日本体験が、この書名となっている「十」回(十戒?)のエピソードに表れているようで、旅行者や日本研究家や知日家の観察とは異なる日常が描かれている。

それもそれ故に、決して溺れることなく「外人」として、しかし市井の人たちの胸中に入る形での観察に優れているようで興味を引く。例えば、妊婦が旦那や姑から男の子を期待されて、ブラームスを聞かせながら、俳句を詠んで胎児教育して、将来の進学までが語られる中で実は女の子を予想して期待している情景や、上司に他の者へのと間違ったお中元の包みをを贈り、上司の奥さんに「結構なものを」と礼を言われながら左遷の原因になるエピソードなどは面白い。

そうした風景が、蕎麦屋の座敷や炬燵での首都圏の日常の中で描かれていくのを想像すると、殆ど我々は小津映画とたけしの映画の間にその情景をみるであろうか。先ずは読んでみなければいけないと思った。

しかし、意外に文章を仕事の糧とする俳優に、ローハイドの頃から監督志望だったというクリント・イーストウッドなどのように映像作者は多くとも、何故かものを書く人は少ない。それは映像制作に比べて、独自の文体を創造するということがいかに天賦に依存しているかということでもあろう。



参照:
Die gehaltvolle Nudelsuppe, der beheizte Tisch, Tobias Rühter, FAZ vom 13,8.10
So sei es, Cathrin Kahlweit, SZ vom 09.08.2010
Das Glück in einem Reiskorn – Franka Potentes erste literarische Erzählungen (Pieper Verlag)
環境における人の考えや感慨 2010-08-08 | アウトドーア・環境
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まあ、こんな週末もあるだろう

2010-08-16 | 生活
疲れた、朝から雨も降っており、前夜からバックアップが続いていた。それでも、週末に大体終わって良かった。

バックアップはソフトを使えば自動で出来るのだが、コピーはそうは行かない。更に日本語の名前のデータなども混じっていて、コピーがカットされる。初めからやり直しである。日本語の名前が付けられるようになって逆にこうした問題が出来てきた。

手動のコピーは、そのままHDDと最も早い方法でPCを接続できるのだが、バックアップの場合は直接HDDをUSB2で接続しなければいけなく、同じUSB2でも旧式のものはとても時間が掛かった。逆に、ルーター経由で使った方が速度が出ると知って喜ばしかった。

約30GBをコピーするのに、十二時間掛かっていた。こうなるとエラーは起こらないでも心理的に負担が掛かる。

また手動コピーの場合はしばしば振り出しの戻るので、そのときは対応してやら無ければいけない。要するに週末中、コピーとバックアップの間に食事をして、就寝してという按配であった。

また天気が悪く、とても気分が冴えなかったが、必ずしも運動をしているから健康的で、椅子に座ったり立ったりしているから不健康とは限らない。但し心理的に不健康な感じと、疲労感はどうしようもない。

寝酒代わりにソーヴィニオン・ブランでも引っ掛けて熟睡といきたい。こんな週末もあっても良いだろう。
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三つのダイヤに隠された星

2010-08-15 | 雑感
今日はもう少しまともな思索もと思ったが果たせなかった。昨日に続いて注文していたハードディスクの配達があったからだ。そうなると先ずは朝から早速作動テストをしないといけなくなった。横着にもこれにも一枚の紙の多国語による説明しかついていない。要するに繫げれば中の説明が取り出せると言うことらしい。

さて、PCに直接接続するなら心配はないがルーターに接続して読み込んでくれるかどうかは自信がなかった。それでもルーターの方で読み込むようにして、接続ディレクトリーを入れ込むと接続できた。前回のUSBスティックで既にPCの方はセッティングが殆ど完了しているので、その代わりにHDDを読み込ませた。

その次ぎの段階として書き込みテストなどをして、予定通りに使えることは確認出来た。しかしバックアップするにしてもどのようにするかなどは考慮すべきで、内臓のネロのバックプログラムを動かしてみたが、直接でないと上手く作動しない。そこで手動でのコピーを考えたがこれもいつものことで大量のデータがすんなりとコピー出来る訳ではない。

そこで、そのバックアップソフトを使って、一時的にダイレクトに繋いだHDDに其々のPCからバックアップする方法を考えた。先ずはデーターを保存してしまえばあとは自由に追加消去出来、今後は手動で主にこのHDDにアーカイヴして行けば良いと考えたからである。

そこで直接バックアップを始めると五時間掛かると表示が出てきたが実際には二時間ぐらいだろうと予想している。その間に食事をしておこう。結論は早いが、この商品は悪くはなさそうで、購入の目的もなんとか満たせそうである。

そして、接続してみて驚いたのが、対抗商品とし出ている三星の商品と中身は同じだったということである。この合衆国の会社は三つの星でなく黒崎に工場がある三つのダイヤの子会社となっているようで、一体どれだけ商品の性能が変るのかなんとも言えない。
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人種が違うコードレス電話族

2010-08-14 | 雑感
早朝一汗を掻いて、早めに備えた。電話機が届くことになっていたからである。本当は、ハードディスクの方が急ぐのであるが、電話もあれば直ぐに使える。

早速無線親機と新しい子機を通信させることにした。メーカが違うのであまり確信は無かったので、やはり手動で調整しなければいけなくなった時には、折角シャワーで流した手に若干熱を感じた。

何よりもこの廉価商品は、親機を所有していることが原則となっているので全く説明書が入っていない。既に行進は出来ているのでどうでも良いのだが、全ての機能を把握するためにネットで英文の説明書をダウンロードした。

さて、実際にこの子機を使ってみると、既にネットで知っていたエコーの問題よりも、雑音が入るばかりでなく回線が切れてしまう。どうも電波が十分に強く飛んでくれないようで、大した距離でもないのに通話に問題が出る。

公称は、見晴らしの利くところで三百メートル、建造物の中で五十メートルとなっているが、実際には三メートルのところぐらいでないと安定しない。充電が未だ十分に出来ていないので結論は下せないが、ジーメンスのギガセットシリースはドイツの家庭での普及率は高く定評があるので、やはり親機の方に問題が多いように思った。

それでも現在に程度では、評判の悪い、嘗て使っていたパナソニックのコードレスとそれ程変わらない。これは明らかに失望である。デジタルのISDN回線電話とは比較にならない。道理で今でも高価な筈だ。

まさか二十年近く前のものと比較出来るものとは思ってもいなかった。まあ、こうした状況も想像していたから、高価な子機を購入する心算も無かったのであるが、この状態であればやはりあまり大事な電話には使えない。それにしても、世間ではコードレス電話の全盛期で長い時間を戸外などでも熱心に通話しているが、少しでも交信状況が不安定とか、音質が悪いとかすると私自身は我慢出来ないのである。どうも、携帯電話族も含めて、コードレス電話族というのは人種が違うらしい。
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健康不安を覚える休肝日続出

2010-08-13 | その他アルコール
昨晩はバスマッティーライスの残りと豚のグリルの残りがあったので焼き飯にする予定であった。それが思いかけず、石切り場から帰ってくると九時をとっくに過ぎていた。流石に油ものを食する時刻ではない。同じような材料でニンニクをぶち込んでラーメンとした。

それ程精を付けたいと思ったほど登った訳ではないが、三時間以上も初心者の登りを凝視しながら自らもいろいろと試していると結構疲れた。その証拠に今日は腕が張っている。そして目がしょぼしょぼする。

登った手応えのあるルートは一つだけであった。都合四回目なので手掛かりを覚えてしまって大分容易に感じるようになったが、それでもまだまだ上手に登れる可能性があるのが面白い。

結局腹を膨らまして寝床に潜り込んだのは翌日になっていた。夜もだんだんと長くなって来ているのだが、もう暫くは戸外での夜の生活を楽しめる。

そして驚くことに昨晩はまた休肝日となった。このところ今年になって二回目・三回目の休肝日が続出して、健康状態が気になるところである。昨晩のバリラの麺のゆで汁の塩が効き過ぎてこれもいけない。運動のし過ぎで疲れが溜まってきているのだろう。これでは決して健康とはいえないが、明日もきっと体慣らしに朝早く走ってしまうかもしれない。



参照:
仕組まれた初めての不具合? 2010-07-29 | 生活
腹筋による整腸作用を求めて 2010-03-07 | 生活
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小型外付けHDDへの期待

2010-08-12 | テクニック
USB接続の外付けハードディスクを注文した。そもそも外付けなどあまり興味がなかったのである。どうしても付け外しやバックアップなどというややこしいことを想像させて仕舞い、なにもそこまで無理をして大量のデータを溜めようと思っていないからである。

それでも新規のLANのルーターにそれが付けられるようになっていて、まるでサーヴァーのように使えるとなる話は違う。更に、現在PCで保持しているいくつもの内蔵ハードディスクのキャパシティーよりも大量のデータが、それも百グラムという旅行に持ち歩ける手帳サイズになっているとなると食指が動いた。

USBスティックも調べたが、同価格帯でその十分の一程の容量しかなく、何よりも転送速度が遅いとなるとやはり同じような使用には使えない。なるほどハードディスクは物理的なショックには弱いので、その点は欠点であるが、それほど持ち歩くこともないので、暫らくは問題ないであろう。

そして今使用しているノートブックのハードディスクを出来る限り空けて、あまりRAMに負担を掛けないようにしたいのである。今まではノートブックはサブでしか使わずモーバイルとして主に使っていたのであるが、今後コードレスの手軽な末端機器として使用するには、今回の購入への投資は必要十分のものとなるだろう。コレスポンデンスに使うのが主であるから、力はなくとも古いノートブックでもなんとかなる。

普段写しているような写真やVIDEOなどは、もはやPCの方に記録しておく必要はない。ハードディスクが壊れる前に必要なものだけは保存しておけば良いから、ワークステーションやノートブックなどにはもっぱら仕事をして貰えば良い。はじめての外付けハードディスクが、それなりに大容量で小型となると、それだけでなかなか待ち遠しい。



参照:
キリギリスの夢を描きながら 2010-08-09 | 生活
バルコンでPCで寛いだ午後 2010-08-02 | アウトドーア・環境
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収穫量の少ない夏の日の収穫

2010-08-11 | アウトドーア・環境
結局人待ちの日になって仕舞ったが、早朝に散歩して、床屋にだけは行けた。この時期になるとサマーカットにするタイミングが重要になってくる。上手い時期に短くすれば秋まで気持ち良く過ごせるからである。

「長く顔を見せなかったね」と言われて、「フランスに行ったあと来たわけだから六月終わりか七月には」と答えた。「八月初めにこれほど涼しかった覚えはなく、観天望気では天気となっているのだがどうしたものかな?」とふると、「観天望気の天気は正しく、必ずしも暑い必要はないからね」とその通りである。

もちろんのこと涼しいことは良いことで、「2007年から続いている良年が今年も続きそうだね」と喜ぶと、「今年は質は兎も角量は大分落ちるらしいよ。60ヘクトリッターだから」と、それなら「全部がグランクリュじゃない」と笑った。

実は床屋に入る前に、葡萄を全く落としていないのに気が付いていて、不思議な感じがしたのであった。要するに、収穫量制限どころではなくて、収穫が悪いのである。覗いてきたダイデスハイムの地所「パラディースガルテン」や「ランゲンモルゲン」もグランクリュ地所であろうがなかろうが殆ど様子は変らない。ただ一軒、クリストマン醸造所のグランクリュなどに良く手が入っていることは確認出来たが、その他の葡萄は二桁に至ろうかという房が付いているものまであった。これはどうしたことかと思ったのである。

要するに2008年の豊作と比べると三分の一ほどの収穫になるのではなかろうか。簡単に想像すると、安いワインはあまり良いものが出ないだろう。2004年産のように酸が強い、熟成度の低いものになるのだろうか。少なくとも現時点での葡萄の粒は皮もしっかりしているようで期待が出来る。上等のワインはそもそも収穫量が少ないからその影響見少ないだろうが、裾ものの売り上げはやはり落ちるに違いない。今年の内に来年も楽しめる適当なワインを仕入れて置くべきかも知れない。

パン屋もバイエルンのケーニッヒゼー辺りで休暇を過ごしてきたようだ。しかし、いつもとは限らないこんなに美しい夏のワイン街道を、リースリング片手に楽しまないと言うのはあまりにも惜しく、全く灯台元暗しに違いない。
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狩人の健康な食欲の特権

2010-08-10 | 生活
週末は飲み過ぎた。運動量が増えている最近は、その傾向が強い。息をあげて帰って来て、麻酔のようにアルコールをあおり、明けた週は酒疲れというか、肝臓疲れというか不健康さを感じつつ、暴飲暴食に明け暮れて、また気が向いたら運動をするという極端なトレーニングをしていた十五年以上前のことを思い出す。

しかし今は大分状況が異なり、週内の運動量も少なくなく、長い期間にわたって徐々に体力をつけてきており、なによりも週日に運動もして習慣性があるのが異なる。更に暴飲暴食からは甚だ遠く、やっと走るようになって胃腸の状態は過去のレヴェルに近づきつつある。

それでも毎年訪れる夏の終わりの夏バテは、涼しくなってから十日間以上は脱力感としてあった。それでも胃がしくしくするような状況も無く、胃腸の調子はこの十年間ではもっとも順調に推移しているように思える。その意味からは酒量も増え、消費肉量が増えることは必ずしも悪くは無い。

げっそりとした顔で戻ってきて、買ってきたばかりのパンなどを齧り、冷蔵庫に天然酵母醸造の新傾向商品ゴールトベッヒェルを冷やし、前日に購入した豚の背肉を、最も味が良い茸と言われるシュタインピルツソースで楽しむべくゆっくりと準備をする。

食前に飲む渇いた咽喉に流れるそのワインがまた美味いのだ。兎に角、甘みを感じさせないのみならず、通常ならば吹き上がるフルーティーさもここでは憚られる。所謂塩味の辛口リースリングなのである。酸も鋭くも無く、全く不足しない伸びやかさで長く尾を引く清涼感は、まさに良質のミネラルウオーターの咽喉越しのようである。これ以上の飲みものがあるだろうか?

そして、舌に残るのは、ワインの色が示すような葉緑素のエキスのようであり、ハーブのなにかのようなカルシウムのような甘くも苦くも無い味覚が気持ちよい。一ヶ月ほど前に飲んだそのときよりも開いてきており、最初の頂点に差し掛かっているに思われる。今までに飲んだ2009年産のワインで最高のものであった。

その前日に飲んだザールの「グラウシーファー」が既に最初の山から完全に落ちて早くも閉じつつあるので、この更に上級のリースリングが今開いてくるのは当然だろう。それでも閉じてくるものも開いてくるものもその時点で可也のピークが確認できれば、少なくとも一年から二年以内には更に期待できる本格的なピークが訪れるのは間違いない。もちろん人によっては、最初の新鮮なそれが、本当にワインらしくなる次の山の味覚よりも良いと思う人もおり、それはそのワインの素養にもよるのである。

もちろん、この「ゴールトベッヒャル」も二年後も四年後も十分に楽しめるのは分かっているのだが、乗っている土深くの岩盤から吸い上げたそのミネラル質とこの若さは、まるで体格の優れた健康な女性のような感じで、まさに生の味を楽しんでおきたいと思われる。恐らくワインとして熟成すると、その資質に媚も化粧っ気もない分、どうしても物足りなさを感じてしまいそうなのである。案の定、女性にこれを講評してもらうと、難しい通向きのリースリングとされてしまった。決して難しいとは思わないが、若い女性の無垢で健康的な美しさを愛でるのは男性の特権のようである。

さて食事との相性は、なにも果実風味も付け加えることも無いこれで悪い筈が無い。昼から幾らでも飲めるから我慢して飲み干さずにおいた。ミルクを使わないバターとワイン風味だけの茸のソースと塩コショウだけの狩人風の森の苔臭いような香りと、葉緑素とハーブのそれが合わない訳がないのではないか。
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キリギリスの夢を描きながら

2010-08-09 | 生活
ルーターにUSBの記憶貯蔵場所を設置した。先ずは手元にあった差込型のスティックを捻じ込んだ。これだけでLANの中でコムピュータに電源を入れずに各々間でデーターの交換が出来るようになる。その一つに古いWUN95が繋いである。それに梃子摺った。32ビットシステムであることは意識にあって、所謂ネットワークの認証システムの例えばキーワードなどは制限されることは分かっていたのだが、ルータとの接続は何一つ問題なかったのにステックとデーター交換するためのの認証に時間が掛かった。

結論からすれば、短い名前を大文字だけで入力する必要があった。キーワードは共通のものが使えたので、全くネーミングの問題だけであったのだ。それだけ努力して認証が出来るようになったのだが、所詮4GBのスティックでは使用方法も限られる。いづれ出物があれば小さく軽い大きな容量の早いハードディスクをそこで使いたい。

そうこう思っているとメールに宣伝が入っている。トランスドストアージェットとかの銘柄で、500GBの大容量であるから、何時壊れるか分からないノートブックのキャパシティー分をそちらに移してしまえば良い。もう一つはルーターに取り付ける無線電話子機である。これを使うことでドイツ国内の通話は無料となるので購入しておいた方がお得だろう。これも三十ユーロもしない価格で十分そうで、これなら直ぐに購入出来る。

この二つを揃えると、本格的にコードレス生活が始る。一キロほどの伝達距離があるならば、私は一日中ワイン地所の中で毎日ピクニックをして季節がらキリギリスやイナゴやバッタやこおろぎと一緒に暮したいのである。
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環境における人の考えや感慨

2010-08-08 | アウトドーア・環境
ネイル・アームストロング船長が八十歳の誕生日に因んでTV出演した話を読む。呼び主のザルツブルクのサーヴスTV局の、レッドブルのオーナーは空港の飛行機博物館のコレクションの持ち主でもある。

レッドブルの新聞折込雑誌にはクリント・イーストウッドのやはり八十歳のインタヴューが載っていたが、その他にも新聞にはラインホルト・メスナーの自宅訪問記や、最近見つかったランボーのアフリカでの写真、ヴァルター・ベンヤミンの最後の旅に関する新著紹介、その友人のアドルノのスイスでのホリデー、ヒットラー夫妻とゲーリングが並ぶ水上での夏の憩いなどの話題に事欠かない。

ラジオでは、「人はなぜ旅をするか」の特集が組まれ、旅行大国連邦共和国の面目躍如たるところである。そもそも貴族的なそれと十九世紀末の合衆国での文化的な流れがあるようで、それを現代の一般大衆がそれを追従するは意味はことなり、ツーリズムは都合の良い産業の一つでしかない。

旅行自体の面白さをどうのこうの考察する心算は無いが、読もうと思って溜まっていたり、一寸目を通したりする上記の記事の特徴は人に関するもので、必ずしも偉人伝とかそうしたものではないのだが、興味を引くのはそれらの人が何をどのように考えたかもしくは感じたかの環境の中でのその作用であると結論出来るだろうか。

件のアームストロング氏の反応で興味を引いたのは、やはり月面到達への懐疑への質問で、それを答えるには長い沈黙があったという点と、もう一つは自分自身はただ行かされたとする態度ではなかろうか。これは、その朝鮮戦争時の海兵隊としての軍籍やナーカ入所後のロケットテスト飛行士の経歴を見ながら、さらに他の冒険家と比べるととても面白い。四十歳を過ぎてマスターを取ることで教鞭をとることになるが、航空技師としての始まりとその後の流れは全く偶然に「月に立てた」としていることが全てを語っているようだ。キャリアを積んでいった人生の典型的な感慨だろう。宇宙に関しては、キューブリックの映画が全てのようで、人の認知力や想像力などはそうしたものである。

そこに立った足元を見られるというこの飛行士は、著作にあるようなドキュメンタリータッチの着陸直前の英雄劇は生では一切語らないという。そして、彼は転売される自身のサインを一切しないようである。

本日は明け方は雨が降って冴えなかったが、徐々に青空が広がってきた。先週走り切れなかった川沿いの道を、喘いで維持で走り抜いた。走り似たといっても足が前に出ないのは前回と変わりない。結局見えないほどののぼりでもける力が無いために足が前に出ない。逆に、蹴る力がつけば何とかなるのだろう。

十一分間約1700歩を走り抜いて、今度は坂道を高度差三百メートルを一気に登ると、既に三十七分経過していた。走り抜いた分山登りの速度は落ちた。更に、脛に痛みを感じて山道を歩くのもふらふらであった。最後の坂道を一気に走り降りれば、一時間を切るが、こけない様に慎重に足を運び走り降りると何時もより二分ほど余分に時間が掛かった。まさに、私のそれは自分にとってはかなり大きいのだが人類にとっては価も無いほどちっぽけなのである。
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武器を所持すると言うことは

2010-08-07 | 
今朝からラジオは広島の式典の話題を伝えていた。夕刻にもパシフィストの活動の紹介と共に、その政治的な意味合いをSWRの特派員が現地より説明していた。一人で誕生日を過ごすぐらいならばオバマ大統領も出席すれば良いのだが、本人の政治的な情勢などを考えると、それは全く不可能な状況であろう。

特別な思いはないのだが、この関連ニュースを聞くとどうしてもエモーショナルな感興を覚える。それはどうも夏に広島を訪ねたその時の印象がフラッシュバックするからに違いない。やはりそうした実感は有効で、日本への旅行者には広島訪問を奨める理由はそうしたところにある。同じように、ヴァイマールなども様々な感興を呼び起こす土地柄であることに違いない。あのヌーヴェルヴァーグの「ヒロシマモナムール」にも流れるそれである。

昨日とは打って変わって、同じように予定していたことがなされなかった。自らの問題ではないのでどうでも良いのだが、それに合わせて前夜以前から準備をして、早朝に森の中を走って来ているだけに、予定通りに進まないと腹立たしい。

包丁を使って手に持った大蒜のへたを取っていると、柄に近い所のはに触れて、指が切れた。横へ引っかかっただけなので傷みもなく、深く切った訳ではないが、やはり出血して指がべたつく。絆創膏を探すと、つかいさしがなかなか見つからない。車の救急箱から取ってきたものであるが、絆創膏類は山道具の中に移したのかやはり見つからなかった。

江戸時代の二本挿しなどは、全く使っていないものだから、名刀でなくても大変切れて危なかったに違いない。現在の合衆国の拳銃と比較してなんとも言えないが、機械ではない刃物の方がやはり試し切りをしたくなるに違いない。ハンブルクで婦女暴行の犯人がGPSを装着することで釈放されて近所に引っ越してきて反対運動になったと言う。性犯罪者も、ホルモン注射などで落ち着かせることは出来るのだろうが、やはり長く事件を起さずにはいられないに違いない。馬鹿も刃物と同じような按配である。

車検も車のエンジンも修理完了した。エンジンの方は回転数制御が誤作動していたようで制御システムの交換になったようである。伝送系のようでドイツ車の弱点である。なるほど冬からエンジン音が大きくなったようで、レスポンスが変っていたには気が付いていたが、古くなったこととエンジンオイルの交換の必要性を感じていたぐらいである。そしてスタート出来ないような状態が六月から四回ほどあって、その前後にはアクセルを踏み込むと今までになくやはり回転数が急上昇するのをおかしいと感じていた。一箇所ではカーヴでEPSが効いているに拘らず後輪がドラフトし出したので驚いたのだが、やはり制御以上だったようだ。

車庫のドアが風で当たってヘッコンダところも直させたので、あとは二枚のグラスの傷だけである。いづれまた石が当たるだろうからその時に交換されれば良い。バッテリーも検査済みなので、暫らくは問題ないだろう。さて、車検や修理代が如何ほどになるか戦々恐々としている。



参照:
8月10日にヒロシマに入り救援にあたった父はなぜ被爆したのか (電網郊外散歩道)
仕組まれた初めての不具合? 2010-07-29 | 生活
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私のサラダブログ記念日

2010-08-06 | 料理
本日は数分単位の時間割で上手く行った。そして先日注文したキッチン用品二つが届いた。

先ずサントクは予想以上に優れ物のようで嬉しい。小振りのそれを使ってみて直ぐに分かるのは、決して切れ味を競うような安物包丁ではないことである。TVショッピングで典型的なあの手のものは刃が薄くしてあるので、最初の数週間はとても気持ちも良いがなんでも切れてしまう。それに比べこのツヴィリンクのサントクは、刃が分厚くなっているので切れ味に粘りがあるのだ。日本包丁のそれを長く使っていないので比較は難しいが久しぶりの感覚である。

TVのそれは熟したトマトが種が出ないで切れることを実演しているが、この包丁ならば皮だけを残すとか、皮だけを切るとかが出来そうなのである。明らかにその次元が違う。料理が出来る道具である。

更に驚いたのが、サラダ水切機で、ライフハイトという有名なドイツの家庭商品銘柄ながら中共製とは思えないほど良い出来上がりである。早速、残り物と本日購入した野菜類の水切りをした。驚くことに何度やっても葉が飛び散らない。そこまではある程度予想していたが、その中身を生で食すると今までに感じなかったほど其々の野菜の味が際立つのである。それも古い野菜も含めてしゃきしゃきして旨い。

今晩はマッシュポテトに付け合わす野菜しか考えていなかったのだが、急遽サラダソースを拵えた。野菜を冷蔵庫に入れておいて、ソースを和えて食した。水切り器の直径が大きいので、葉っぱが其の侭水きり出来るだけでなく、千切らずに其の侭皿に盛ることが出来る。

これほどのサラダにはなかなかあり付けない。全く材料も、ソースもみすぼらしいものだが、まさに素材の味が際立っているのである。



参照:
文化には感じない先端恐怖 2010-08-03 | 雑感
石切り場での仕事を終えて 2010-08-05 | 生活
夜空に輝く双子座の星達 2007-02-27 | 音
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石切り場での仕事を終えて

2010-08-05 | 生活
明日は朝一番で車を車検に持っていかなければいけない。また十時過ぎには約束があるので、それまでに八百屋に行こうと思っていたが、荷物が来そうなのでそれは後廻しになるだろうか。

今日から契約通り、幾らかネットのスピードが上がっているのを確認出来た。三倍近くにはなっているのだろう。大きな映画は難しいが、YouTubeのオペラやその他の映像はリアルタイムで観れるようになった。ネットニュースはやはり厳しい、秒速80Kbytesではやはり遅い。正規契約通りにあと倍の速度は必要なのだろう。回線を早く取り替えて貰わなければいけない。

岩登りは三本だけであるがどれもこれも結構難しいところを登った。一箇所は岩を外して仕舞い全く石切職人のようになって仕舞った。その後に更に大きなものを落としたものがいたので、雨が降って気候が変ってきた所で緩んで来ているのかも知れない。崩れた岩を見るとやはり鑿の跡のところが切れ口になっていて、裏側には根が張っていた。

ランニングの成果というか、脚を開脚しない体勢でも重心が定まり芯がぶれなくなったのは体の幹が鍛えられているからに違いない。これで実力アップが大分期待出来る。
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ポツダム広場に射した暗影

2010-08-04 | マスメディア批評
YouTube以外のサイトも覗いた。簡単な登録だけで数知れぬ映画がダウンロード出来ることを知った。まさになにもかもがネット上で殆どその経済価値を失っているとしか思われない。

ベルリンのポツダム広場のソニーセンターの新たな持ち主は韓国のヘッジフォンドグループとなったようである。その購入価格は、七百億円ほどのようである。ソニーから引き受けたモーガンスタンレー社はどれぐらいの利鞘を稼いだかは分からないが、嘗ての国境線に近いあの場所の将来の姿はなんとも言えない。既にベルリンは広がり、大きくなり過ぎているので、町としてはその規模で限界に来ており、それほど将来性はないだろう。

今晩を過ぎて本格的に回線のスピードが上がるのを期待している。CDRにコピー出来るような大きさのデーターで十分な画質を得られているようで、九十分前後の映画に態々DVDも必要ないのかも知れない。大画面で観ればもちろんこの情報量では足りないのだろうが、実際に市販されているDVDの質はそれぐらいの粗製濫造のものが通常だろう。

様々な意味合いでデジタル化とその高度な移転性で、当初それらの技術発展を考えていた者の方が結局思わぬ事態に陥っているようである。
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