Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

暮へのお片付け

2022-12-29 | その他アルコール
暮へのお片付けである。多くは継続となりそうだが、〆る所は〆ておきたい。陽の入りまでに一っ走りした。途中で行き苦しくなったので減速したが、心拍数165ぐらいであるから大したことはなかった。それに気が付くだけでもまだましで、体調が不完全な状況では仕方がない。

今年の11月は天候が良くて軽く超えたのだが、意外に12月が色々ときつかった。朝起きるのが辛い日が多く、もう少し太陽が欲しいと思う。当時も過ぎて新年になれば陽が長くなるのが何よりもの滋養である。

帰って来て、残っているグランクリュをアペリティフとして、いつもの安物のヴァイツェンビーアを空けてから、先日貰ったケラービーアも開けた。アルコール度も高く、高級なのでそれだけ飲み応えはあるのだが、口が今一つでもう一つはっきりしない。

前回のオミクロン症状の時にはなかったのだが、今度は結構口にも来ていて、それ以前のような可笑しな感じではないが、影響は長引いている。更に夜中の三時頃になると咳き込みだすのも変わらない。ここまで恢復してきていてもその特徴が続いている。

ということでドイツ全体としては新たな波がやって来ても患者数も減少を続けているようで、亡くなる人の数も減らない。しかし、社会全体における意味合いは最早無くなっていて、感染する人がいても影響も少なくなってきている様である。

コロナ規制の全廃が議論されるようになって、時間の問題で、「自己責任」と主張する政治家も出てきた。一方接種を政策をよりどころとしながらも、その効用は一定程度しかなかったことはその死亡数の下げ止まりで明らかとなっている。

個人的にはタブレットに入れてある電子パスのアプリケーションを消去してしまうかどうかぐらいで、興味が薄れてしまった。未だフランスなどは接種三本を原則としているのでそれらが廃棄されるのを待つだけである。

毒消しを兼ねてBGMを鳴らすようにしている。暫く厄介で止めていたが、デジタルコンサートホールのただ券で流してやろうと思った。そして年内のそれを使おうと思ったら駄目だった。理由は、恐らく一度同じキャムペーンのものを使っていたからだと思われたので、別のアドレスで試して見ると使えた。人によると何種類も使ってい要る様なのだが、二種類でも十分で、それ以上には要らない。

土曜日のジルフェスタ―コンツェルトは、TV中継でも一時間遅れであり、ラディオ生中継もあるので、どちらでもいいと思っている。アーカイヴになるとハイレゾになるのでそちらの方が愉しみである。

プログラムの頭には、ヴェルディの「運命の力」序曲があって、ムーティが日本初公演で指揮した曲で十八番でもあった。これも今や片足をイタリアに着けるペトレンコがどのように指揮するのか。「オテロ」公演においてはその音楽性を満喫したのだが、こうした初期中期の曲ではどのようになるのか。その他、プログラム自体が興味深い。



参照:
デリケートな差異の吟味 2022-12-28 | 料理
年末年始の買い出し 2022-12-23 | 暦
 
コメント
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