まだ午前11時台で、そのうちに12時になって、という時間。
私の感じだと、感覚のうち寒さとか身体の硬さ、で思うことは、右側の足元に電気ストーブがあっておかしくは
ないということ。
温度計は、床よりは上で、1m ほどの違いがあるが、18℃ある。これじゃ、電気ストーブ、ヒータはいらない。
そうゆうことになって、そのまま。
いまは雨は上がっている。
いつもの朝の様子、10月19日。
その一。いつものところなので、またということになる。外は暗いので、露光の時間は長く
カメラを持つ手は揺れるので、結果はこうなる。でも、裸眼で見える像と比べるとはるかに
いい。
その二。撮影モードは、プログラムを使うことが多い。もう勝手にして。
「これがねー」、と思うときはあるが、「P」を使うことは多い。
その三。雨。
その四。もうわからなくなったが、これもプログラムで。
ためしに、露出関係をマニュアルモードにしてみる。
その五。細いケヤキ。この葉も、きれいに見えるものは残っていて、枯れ落ちたものもある。
その六。アカメガシワ。雨に濡れて、あまり元気はない感じに。
その七。モチノキ。
その八。柿。この実で残るものは細い枝の先にあって鳥が食べにくいから、と書いているが
そうゆうものもあるかも知れないで、実際はまだ硬いものが残る方が多い。書いてすぐに、こっちだと
思った。
その五からその八まで、みな同じ設定。
寒くなると、思ったよりこれは弱った、まいったなと思うことがけっこう出た。
たしか先週の11日は、気温は30℃近くまで上がってという日で、もうそう詳しくは思い
出せないが、いま思うのはあの日の方が、よかったのではないか、ということ。
こんなに、感じるものも違うし、実際に、歩いていても、身体が揺れていることがよくわかる。
硬くなっている、筋肉が。ほとんどない筋肉が硬直する。さらに緊張もする。
血管が収縮するから、気温は低目がいいと思っていたが、そうでもないようである。
バランス感覚がもともとない。若いときから歩いていて、どうもフラフラする、これに悩まされた。
めまいと関係ありそうで、よくはわからないが、気温が下がって歩いてみると、どうも見えている景色が
揺れている。身体が揺れているから、もっともだとなるが、立ち止まっても、揺れが続くようで
いい気持ちはしない。
帰ってきて、床なり、畳にごろりとなって、天井を見つめるが、このときは、像が揺れることはない。
いつもそうだが、もうなにを考えていたか忘れた。
きのうは午後はほとんどごろりで、ある程度、小冊子を読むことは出来た。
私の感じだと、感覚のうち寒さとか身体の硬さ、で思うことは、右側の足元に電気ストーブがあっておかしくは
ないということ。
温度計は、床よりは上で、1m ほどの違いがあるが、18℃ある。これじゃ、電気ストーブ、ヒータはいらない。
そうゆうことになって、そのまま。
いまは雨は上がっている。
いつもの朝の様子、10月19日。
その一。いつものところなので、またということになる。外は暗いので、露光の時間は長く
カメラを持つ手は揺れるので、結果はこうなる。でも、裸眼で見える像と比べるとはるかに
いい。
その二。撮影モードは、プログラムを使うことが多い。もう勝手にして。
「これがねー」、と思うときはあるが、「P」を使うことは多い。
その三。雨。
その四。もうわからなくなったが、これもプログラムで。
ためしに、露出関係をマニュアルモードにしてみる。
その五。細いケヤキ。この葉も、きれいに見えるものは残っていて、枯れ落ちたものもある。
その六。アカメガシワ。雨に濡れて、あまり元気はない感じに。
その七。モチノキ。
その八。柿。この実で残るものは細い枝の先にあって鳥が食べにくいから、と書いているが
そうゆうものもあるかも知れないで、実際はまだ硬いものが残る方が多い。書いてすぐに、こっちだと
思った。
その五からその八まで、みな同じ設定。
寒くなると、思ったよりこれは弱った、まいったなと思うことがけっこう出た。
たしか先週の11日は、気温は30℃近くまで上がってという日で、もうそう詳しくは思い
出せないが、いま思うのはあの日の方が、よかったのではないか、ということ。
こんなに、感じるものも違うし、実際に、歩いていても、身体が揺れていることがよくわかる。
硬くなっている、筋肉が。ほとんどない筋肉が硬直する。さらに緊張もする。
血管が収縮するから、気温は低目がいいと思っていたが、そうでもないようである。
バランス感覚がもともとない。若いときから歩いていて、どうもフラフラする、これに悩まされた。
めまいと関係ありそうで、よくはわからないが、気温が下がって歩いてみると、どうも見えている景色が
揺れている。身体が揺れているから、もっともだとなるが、立ち止まっても、揺れが続くようで
いい気持ちはしない。
帰ってきて、床なり、畳にごろりとなって、天井を見つめるが、このときは、像が揺れることはない。
いつもそうだが、もうなにを考えていたか忘れた。
きのうは午後はほとんどごろりで、ある程度、小冊子を読むことは出来た。