〈 第1章 祖父・岸信介 〉・・ ( 井の中の蛙 (かわず) 発見 )
昭和30年2月の総選挙で、改憲に必要な3分の2以上の議席が取れなかったことについて、岸氏がどのように考えていたのか、松田氏が『岸信介証言録』から紹介しています。
・憲法改正は私の政界にける一貫した狙いだが、そう容易にできるものとは思っていなかった。だからこの選挙でもって、3分の2の議席が取れるなんて、そんなことは考えていなかったですよ。
・そりゃあ、取れないもの、実際。憲法改正についてこの選挙で国民に理解を求め、国民の啓蒙をするということはもちろん考えていましたよ。
・しかしこの選挙の結果、すぐ憲法を改正するんだ、そういう考えはなかった。なにせ、改正は大事業なんですから。
昭和の妖怪と言われる人物が、憲法改正についてこんなに慎重だったのかと意外でした。国民の理解が広がっていないという事実と、反日左翼勢力の激しい反対と、なによりも大きな障害は、アメリカの政界に存在する反日勢力だったのではないでしょうか。
世界一の超大国となったアメリカには、日本と協力して東アジアを支配下に置こうとする勢力と、G2に敗れたとは言っても、「日本の弱体化化」を画策したGSの流れを汲む反日勢力がいることを知った上での発言と思います。
吉田学校を率いる吉田元首相が平和思考の経済重視で、国防について「軽武装」論を主張しています。有力閣僚の弟・栄作氏や池田勇人氏も同じ考えなので、「なにせ、改正は大事業なんですから。」という慎重な発言になります。
「憲法改正」反対勢力は、反日左翼の野党だけでなく、アメリカ国内の反日勢力と、自由民主党内のリベラル勢力、つまり吉田学校の議員たちです。この構図は今も生き続け、「憲法改正」を願う「ねこ庭」の前に立ちはだかっています。昭和30年の岸発言から、すでに69年が経過しようとしていますが、自由民主党はまだ「憲法改正」が出来ずにいます。
「なにせ、改正は大事業なんですから。」
安倍元首相が「憲法改正」を目前にして斃されたことを思いますと、岸氏の言葉の重みと先見の明をいやでも知らされます。
ここで本題へ戻り、松田氏が『自由民主党党史』から紹介する岸氏の発言です。
・実際問題として、国会で3分の2を占めることは極めて困難だ。まあ、実情に照らして解釈の上で現憲法を運用していくしかないが、保守合同の精神から言えば、残念なことの一つと言わなければならない。
そう言いながらも岸氏は「憲法改正」を諦めていないことが、次の説明で分かります。
・憲法九条を要とした憲法改正は、平坦な道でなかった。しかし岸が幹事長に就いた自由民主党は、昭和30年11月15日に定めた『党の政綱』の中で次のように謳った。
「平和主義、民主主義及び基本的人権尊重の原則を堅持しつつ、現行憲法の自主的改正を図り、また占領諸法制を再検討し、国情に即してこれが改廃を行う。」
「世界の平和と国家の独立及び国民の自由を保護するため、集団安全保障体制の下、国力と国情に相応した自衛軍を整え、駐留外国軍隊の撤退に備える。」
自由民主党の党是に「憲法改正」と「米軍撤退」を明記した、その中心に岸氏がいたことを知りました。つい先日「ねこ庭」で重ねた「温故知新の読書」からの発見として、私は次のように発表しました。
〈 1.「トロイの木馬 A」・・日本をダメにした5つの悪法 〉
・「日本国憲法」 ・「皇室典範」 ・「皇室経済法」
・ 「財政法」 ・ 「 日米安全保障条約」
〈 2.「トロイの木馬 B」・・日本をダメにした人間・組織 〉
・ 反日左翼学者・ ・反日左翼メディア ・ 反日左翼政治家
・ジャパンハンドラー ・
〈 3. 「新らしい反日勢力」・・平成9年以降に生まれた反日勢力 〉
・ 経団連 ・ 財務省
岸氏が中心となって定めた『党の政綱』を読みますと、自由民主党の政治家たちは昭和30年の時点で、3. 項目を除けば全て想定済みだったと分かりました。「トロイの木馬」の厄介さを知っていたから、岸氏が「改正を大事業」と語っていたのです。「ねこ庭」で得意になっていた自分が「井の中の蛙」と教えられ、がっかりすると同時に、
「やっぱり日本の政治家は、すごい人物たちだった。」
と、安堵する嬉しさがあります。テレビで国会中継を観ていますと、碌でもない議員たちが国民不在の政争をしているとしか思えませんが、実際は敬意を表すべき議員が、与党にも野党にも混じっているのだと考え直させられました。
「60年安保騒動」までを紹介する予定なのに、テーマを外れ訳が分からなくなっていますが、丁度スペースが無くなりました。次回は、73ページからの紹介になります。