[ 松下 八寿雄氏 ]
氏京都府船井郡出身、自作農、
昭和19年7月 ニューギニア・サルミにて戦死、
妻と子供五人、45才、軍属
〈 妻・きさのさん宛の手紙 〉
・マラリアで休んでいる間に、次のようなことを自分は決心した。
・これは決して空想ではない。自分がもし、無事帰還できたらぜひ実行する。
・もし万一、帰還できない場合は、子供たちを含めみなでやって下さい。
一、家庭内から怒りを追放し、日々笑って、家内一同和合する。
一、めいめいの仕事に、一生懸命魂を打ち込む。
一、入るを計って、出ずるを制す。何ごとにも無駄の排除。
一、予算生活の確実実行。主婦の役目として、決心と協力を願う。
一、父の老後を楽しめるよう、不自由のない程度に家屋の修理をしたい。
・右のようなことを、ぜひやり遂げたいと思う。家内揃って、楽しく暮らそうよ。このことは父上にも、申し上げてくれ。
・文雄にも、申し聞かせてくれ。今後自分の道は、一大転換するやも知れぬが、どんな時でもこれだけは実行しようね。
・今しばらくだ。永いことではないと思う。頑張って留守を頼む。体をくれぐれも大切にね。
軍属というのは、どういう立場にいて何をしているのか、軍隊で兵士と同様に働く人なのだろうと、そんな認識しかありません。
戦地でマラリアになり入院した時、松下氏はこんなことを考えたのかと意外な気がします。
いっぱし分かったような意見を述べる私ですが、自分の家庭に関し、これほど真面目に考えたことが一度もありません。まして妻に語りかけ、父親や長男にまで伝えてくれと頼むなど、照れ臭くてなりません。
死と隣り合わせの戦地で病気をすると、人は心境に変化を来すのでしょうか。
笑顔に満ちた家庭、勤労の精神、無駄の排除、計画性のある生活、親孝行と、どれ一つ取っても人間の正しい生き方です。漫然たるこれまでの自分を反省し、氏は軍隊で得た悟りを妻に伝え、楽しみに待っていてくれと言わずにおれなくなったのでしょうか。
〈 長男・文雄くん宛の手紙 〉
・久しくご無沙汰しました。おじいさん始め、お母様や姉さん、弟妹たちも、元気にそれぞれの仕事に、励んでいることと思います。どうぞ、みな体を大切にして下さい。
・殊にその許は今最も発育盛り、体を鍛え精神を練るには今をおいてはありません。他日に悔いを残さぬよう、十分心がけて、身体の鍛錬、精神の修養を切望します。
・国家未曾有の時局下の青年は、健康な体躯と頑健な日本精神を把握しなければなりません。切に練磨を望みます。
・すべては皇国のためです。お互いに頑張りましょう。幸い父は、いたって元気、留守をよろしく頼みます。
私も日本を愛する国民の一人で、一連の「ねこ庭」のブログにしても、息子たちに残したいと願っています。しかし氏のように真正面から、自分の思いを語れる父親をなんと受け止めれば良いのか。時代が違うせいなのか、やはり照れ臭い思いが消せません。
しかしこの思いは、氏の戦友の手紙を読んで、一瞬のうちに無くなってしまいました。父として夫として精一杯の遺言であったと分かり、己の不明を恥じました。
[ 世津 定弘氏 ]
滋賀県滋賀郡出身、昭和20年7月5日出し
松下氏の戦友
〈 松下氏の妻・きさのさん宛の手紙 〉
・拝啓、初夏の候、貴家ご一同様には、ますますご清祥の御事と存じます。
・小生この度、復員を致しまして、ご家族の皆々様に、このお便りを差し上げます心の苦しさをお察し下さいませ。
ここは御国を何百里 離れて遠き満州の
赤い夕陽に照らされて 友は野末の石の下
思えば悲し昨日まで 真っ先駆けて突進し
敵をさんざん懲らしたる 勇士はここに眠れるか
ああ戦いの最中に 隣に居ったこの友の
にわかにはたと倒れしを 我は思わず駆け寄りて
軍律厳しき中なれど これが見捨てておかりょうか
しっかりせよと抱き起こし 仮包帯も弾の中
自分だけが生還した後ろめたさに、松下氏の家族に訃報をすぐに伝えられず、二年余も迷った挙句、「それでは松下君の英霊に申し訳なく、」と、やっと出した手紙です。
二人の兵士の心を思いますと、戦争を賛美したり肯定したりしようとは思いませんが、ここに書かれているのは、石川氏が解説するような非道な日本軍ではありません。
無駄死にとか哀れとか、そういう言い方は非情です。亡くなった方々に対し、世津氏のように「英霊」という言葉を捧げて、どこがおかしいのでしょう。
反日左翼の人々は何もかもひとまとめに、「軍歌」「右翼」「好戦主義」と攻撃しますが、「戦友」は戦争哀歌であり反戦歌ではないのかと、そんな気がします。
石川氏は、『戦没農民兵士の手紙』を、反戦平和の書として世に出し、戦前の日本を軍国主義、絶対天皇制、右翼のレッテルを貼りつけ、弾劾したつもりなのでしょうが、その目論見は成功したのでしょうか。「ねこ庭」には疑問だけが残りました。
今晩も遅くなりました。長く続けたこのシリーズを、予定通り本日で終わりといたします。お休みなさい。