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ねこ庭の独り言

ちいさな猫庭で、風にそよぐ雑草の繰り言

『戦没農民兵士の手紙 』-2 ( 石川武雄氏 )

2018-03-26 16:29:07 | 徒然の記

  戦死した兵士が書き残した手紙は、どれを読んでも涙を誘われます。

 「あとがき」の説明によりますと、それぞれの家庭で、息子を失った母や夫を亡くした妻たちが、折に触れては読み、涙を流していた手紙だと言います。

 手紙を集めた苦労話を、紹介します。

  ・この手紙を集める運動は、それは生易しいものではありませんでした。仏壇の抽き出しや、あるいはタンスの奥深く、帰らない人の形見として遺された手紙でしたから、簡単に借り出せるものではなかったのです。

  ・それは先ず、遺族の方々に手紙を集める意図を理解していただくことから、始まりました。

  ・それ以上に大事だったことは、この仕事をするのはその遺族の方々に、日頃から、信頼を得ている者でなければならなかった、ということです。

 「岩手県農民文化懇談会」の会員たちは、1年半をかけ、728名分の手紙、2873通を集めました。石川武雄氏ら会の責任者たちは、先の『わだつみのこえ』の時と似た基準で、手紙の篩い分けをしています。

 昭和24年の時は、GHQの命令で実行したのですが、昭和36年には、自分たちが自主的に行ったのだそうです。

  ・軍隊には防諜と言う理由から、手紙の検閲制度というものがあります。戦争が苛烈になるにつれ、一層厳しくなり、地名や気候のことすらろくろく書けず、妻子に愛情を訴える手紙すら、女々しい振る舞いとして、私的制裁の材料ともなり得ました。

  ・結局筆にし得たものは、滅私奉公軍務に精励、粉骨砕身尽忠報国などという、幾つかの決まり文句に限られていたかの感がありました。

  ・したがって大部分の手紙、いわゆる紋切り型の手紙、それらは書いた手紙というより書かされた手紙であると考え、あえて割愛した訳であります。

 「あとがき」を読みますと、いろいろなことを教えられます。また、「はじめに」の中では、氏が本書に協力した人たちに、お礼を述べている箇所があります。

 その一部を紹介します。

  ・岩波書店の岩崎勝海氏には、盛岡での編集会議の都度ご出席をお願いした。

  ・本書の編集にあたっては、阿部知二氏のご教示を得た。これら沢山の方々に、厚く謝意を表する。

 予測していた通り、岩波書店が編集に関与していました。ブログを書きながら気づいたのですが、この本が作られていた時は、戦没学徒の遺族と岩波書店が裁判で争っていた時期と重なっていたのではないでしょうか。

 GHQがいなくなったので、学徒の手紙を元の文章に戻し、割愛した手紙も掲載して欲しいと、岩波書店が訴えられていた時です。

 良心的左翼、人道的平和主義を標榜する岩波書店は、東京で争いながら、『きけわだつみのこえ』に次ぐベストセラーを狙い、岩手県で営業活動をしていたのかも知れません。

 「ねこ庭」が偶然思いついたことなので、訪問された方は聞き流してください。

 何気なく手に取る本一つにも、いろいろな組織や団体が関係しています。前回は省略したのですが、編集を教示した阿部知二氏も問題のある人物です。

  有名な作家なので、ご存知の方も多いのでしょうが、氏は明治36年に生まれ、昭和48年に71才で亡くなっています。肩書きは、小説家、英文学者、翻訳家です。

 「ねこ庭」が懸念を覚えるのは、次の部分です。

  ・阿部氏は戦後、「 新日本文学会」 に所属し、世界ペンクラブ大会日本代表として、各地の平和運動に感銘を受けるなど、進歩的文化人として活躍した。

  ・しかし戦時中の氏は、次のように語っていました。

    「無限の発展の可能性を包蔵する、新世界創造の時機が来た。」

    「わが民族に与えられたこの使命は、元より歴史の始原のときから明らかになっていたことであるが、今更にこの偉大な自己発見の感動に打たれている。」

  ・昭和17年7月、氏は陸軍宣伝班員として敵性図書の検査・没収を行っていた。

  ・戦後イギリスの新聞記者に、彼はイギリスの捕虜を殺す間接の手伝いをしたのかもしれないと書かれたことがある。

  ・昭和32年出版の、暴露本『進歩的文化人 ・学者先生・戦前戦後言質集』には、阿部についてつぎの副題が付けられている。

   「阿部知二(作家・日本文学学校長)戦争謳歌で浮かれ狂う、便乗作家 」

 過日の「ねこ庭」でも書きましたが、氏は戦後の日本に星の数ほどいた「変節漢」の一人です。戦前は軍部に迎合し、戦後はGHQに迎合した著名人です。

 今更驚くには当たらないのですが、こうした無節操な進歩的文化人が、戦没兵士の手紙へ口を出し、日本の過去を歪めているとなりますと許せない思いがします。

 息子たちが平和を愛し、戦争を憎むのなら、それはそれで良しとします。しかし岩波書店の本が、こうした状況で世に出されていることは知っておいて欲しいと、父は願います。

 父として、息子たちに次の言葉を贈ります。

  「書物は頭から信じるものでなく、まず読むものである。」

  「反日左翼の強風が日本の過去や歴史を破壊している現在は、注意が必要です。」

 二回も「ねこ庭」を書いたのに今日も本題に入れず、周辺の説明で終わりました。こんな読み方があるのかと自分でも疑問を抱きますが、意識しているのでなく、気がついたらこうなっています。

 どんな読み方をしても、優れた本は人の心を打ち、つまらない本は、それだけのものでしかありません。石川氏と岩波書店が、いくら過去の日本を打ち消そうとしても、手紙を残した兵士たちは私たちに語りかけます。

 いくら制約があっても人は伝える言葉を失わず、読者も書き手の心を理解すると、明日からはその実例を紹介します。

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