線状降水帯が停滞し、まれに見る洪水被害をもたらした今年の梅雨は、例年になく長引いている。ここ岩国地方では、天気図を見ると3日後の29日には、やっと梅雨明け宣言が出される気配を示している。
ゆっくり起きた朝、新聞を取りに出る。窓を開け放して読み始めたちょうどその時、裏山から蝉が一斉に鳴き始めた。今年初めて聞く蝉しぐれである。ものの1分か2分鳴き続けたと思ったら、一斉に鳴き止む。こんなことを数回繰り返した後、今度は30分ばかり経った今全く鳴くことがない。
一体どんなルールで鳴き始めたり鳴き止んだりするのだろうか。そんなことを思いながら、どんよりとした空の下で、湿った木々に止まって鳴いている蝉の身になって考えてみた。7年もの年月をかけて土の中からやっと這い出てみても、期待していた熱い太陽は見えない。
まさか季節異変ではないかと、周りを見回してみると、思っていたほどの友もいない。試しに、か弱くではあるが鳴いてみる。こんなストーリーを思わせるほど、今年の蝉しぐれはか弱い。
「蝉しぐれ」と言えば、藤沢周平が1986年に出版した代表的な時代小説を連想させる。政変に巻きこまれて父を失い、家禄を減らされた少年の成長や、彼を慕う武家の娘との淡い恋を描く。そして、物語の節目節目に、蝉しぐれが鳴り響く。 藤沢文学の香り高い情景を余すところなく盛り込んだ名作である。
下着姿で朝から猛暑の中、汗を拭きふき耳をふさぎたくなるほどの蝉しぐれを聞きながら新聞を読むような夏にはまだなっていないが、蝉しぐれを聞くたびに、藤沢周平の小説に出てくる爽やかな蝉しぐれをいつも思い出す。