「毎日俳壇」で「少年の産毛濃くなり薬喰」(植松徳延)という俳句が載っているのを読んだ。まだ髭というほど濃くないが、あきらかに男の匂いが感じられる年頃。季語との響き合いが絶妙、と選者が講評している。
「薬喰」という言葉を初めて見た。俳句の季語であることも知った。何のことか知らないので早速調べてみた。
「冬、滋養や保温のために鹿・イノシシなどの肉を食べること。獣肉は忌んで一般には食べなかったが、病人などは薬になるという口実を設けて食べた。主として鹿肉を食べるのを云う。『客僧の狸寝入りや薬喰(蕪村)」と書いてある。
その昔から日本人は肉を食べていたようであるが、仏教の伝来以来、獣を殺してその肉を食すことは一種のタブーになり、江戸時代には獣肉を食べると身がけがれるという思想もあって、殺生禁断の令もたびたび出された。
そんな中、肉を食べたくなった時には、養生の薬と称して鹿肉を食べたことから「薬喰」という。「閲甫食物本草」という古書には「鹿、狸、猪、菟、川うそ、熊、いぬ」など20種の獣が紹介されている。
この頃では「薬喰」という漢字ではなく、「ジビエ」という聞こえの良い片仮名で表現するようである。「ジビエ」( sauvage)とは、狩猟で得た天然の野生鳥獣の食肉を意味するフランス語で、ヨーロッパでは貴族の伝統料理として古くから発展してきた食文化のことをいう。
薬食にしろジビエにしろ、いずれも天然の獣肉を食することに違いはないが、「薬喰」というと、自分の体を労わるために仕方なく食するというイメージが強く伝わってくる。日本人の、鳥獣に対して命をいただくという仏教的な思いが伝わる言葉のように感じる。
それらを調理した名前さえも、猪肉は「ぼたん」、鹿肉は「もみじ」、馬肉は「さくら」という隠語で呼び、直接的な表現を避けている。晩酌で飲む酒も「薬飲」と言えば、奥さんも抵抗することなく熱燗を出してくれるかもしれない。やってみるか。