写真エッセイ&工房「木馬」

日々の身近な出来事や想いを短いエッセイにのせて、 瀬戸内の岩国から…… 
  茅野 友

独壇場

2020年10月05日 | 生活・ニュース

 今朝テレビで、女性アナウンサーが「独擅場」(どくせんじょう)のことを「独壇場」(どくだんじょう)という言い方をしているのを聞いた。「『擅』という文字は『壇』とよく似ていることから読み誤って生じた語が一般化し、誤った読み方と書き方が定着・慣用化したもの」である。意味は「その人だけが思いのままにふるまうことができ、他人の追随を許さない場所・場面。独り舞台」のことである。

 現在では,むしろ「独壇場」のほうが一般的となっている。「岩波国語辞典」では「独壇場」を本見出しにし、「独擅場」を、から見出しにしている。また,「NHK編 新用字用語辞典」では「独壇場」しか見出しになく、「朝日新聞の用語の手引」では「独擅場」は「独り舞台や独壇場」に書きかえることになっているという。

  言葉や文字は世につれて変化していくものだと言う。一昔前までは「全然」という言葉は「全然問題ありません」というように、否定文の前に付ける言葉であったが、今の若い世代では「全然大丈夫です」というように、肯定文を強調するために使われている。

 漢字の読み方でさえ、本来の読み方と違って、誤った読み方が慣用的な読み方だと言われて容認されているものが増えてきている。「重複」を「じゅうふく」、「早急」を「そうきゅう」、「発足」を「はっそく」、「相殺」を「そうさつ」、「遵守」を「そんしゅ」などと読んでも許されるようになっている。

 かしこまった場では本来の書き方や読み方をするのであろうが、日常会話などでは間違った使い方が慣用的に許されるということは、やはりおかしい。古くから伝えられてきている文字文化は、そのまま後世に伝えていきたい。画数の多い難しい漢字を簡素化するのはまあ認めるにしても、書く手間の要らない話し言葉を、間違った読み方や言い方でするのは、やっぱり容認できないのは古い人間だからだろうか。