2月の1ヶ月間、日経新聞の最終ページの「私の履歴書」という欄に、画家の安野光雅(あんのみつまさ)さんの履歴書が27回にわたって掲載された。この全ては読んでいないが、津和野出身のこの画家は、どんな絵を描いた人だろう、機会あれば一度見てみたいなという気持ちは持っていた。
3月の初め、買うものがあって広島・井の口にあるデパートに行った。買い物を終えた後、店内を見て歩いているとき、絵画を売っているところに出た。コーナーの壁に、明るい色で描かれた外国の風景画が何点か掛けられていた。イタリアやスペイン、クロアチアの水彩画であった。サインを読むと「m.Annno」と書いてある。あの「安野光雅」さんの絵であることを若い女性店員に確認した。
安野 光雅さんは現在85歳。35歳のとき教師を辞して画家として自立。絵本作家、エッセイストでもある。原色や派手な色をほとんど使わない淡い色調の水彩画で、細部まで書き込まれながらも落ち着いた雰囲気の絵を描く。2001年春に、故郷・津和野町に作品を収めた「安野光雅美術館」が開館したという。
A3くらいの大きさのリトグラフが、額入りで7~8万円もする。ちょっと買えないが、もう少し他の絵も見てみたい気になった。数日後の土曜日、天気も良い。朝9時、津和野に向かって家を出た。187号線をさかのぼること1時間余り、県境を越えるとやがて、丸い頂の青野山の見えるところに出る。津和野はもうすぐだと思った時、標高の高い山道の両側には雪が山盛り、道も固く凍っているところもある。しばらく、そろりそろりと車を転がして急な坂を下ると、突然朱色の巨大な鳥居が現れた。何とか無事津和野に着いてひと安心。
その足で真っすぐ美術館に向かった。大きく立派な美術館だ。来館者は2組しかいない。私が期待していた通りの、ヨーロッパの美しい町や海、田舎の景色が何十点も展示してある。明るい色が多い。ふるさと津和野の景色もある。
リトグラフの大きないい絵を売っていたが、やっぱり買えない。額に入った小さな田舎の風景画を買うにとどまった。その時、背後から女性が話しかけて来た。若く背の高い女だった。
「先日、広島でお会いした方ではありませんか?」。どこの誰だか全く見おぼえがない。「安野さんの絵を見ておられた方ですよね」。これで分かった。そういえばデパートで絵を見せてもらった時の店員さんであった。
「こんな所で、奇遇ですね」。しばし絵を見ながら談笑する。旦那さんと高速道路を使って遠路見に来ていた。仕事柄だろう。こんな所でばったりと笑顔の美しい美人に声をかけられた。
食事のあとは、古い造り酒屋の原酒と、名物の源氏巻きを買い、満足満足の絵画鑑賞の旅をしてきた。またデパートに行ってみるかな~