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心を鷲づかみにされるトルコ映画「雪の轍’14」劇場公開2015年6月

2016-03-24 15:57:28 | 映画

              
 チェーホフの短編「妻」に着想を得たという長大な映像に時間を忘れた。1985年に「ギョレメ国立公園およびカッパドキアの岩石遺跡群」として世界遺産の複合遺産として登録されたカッパドキアで、父からの遺産を引き継いだアイドゥン(ハルク・ビルギナー)は、若き妻ニハル(メリッサ・スーゼン)と妹のネジラ(デメット・アクバッグ)と住んでいる。

 住んでいるのは岩石をくりぬいた自身が経営する「ホテル・オセロ」。洞窟ホテルをセールス・ポイントに何年経っても変わらない風景とともに、ホテルまでの道路をアスファルトにするのも拒むアイドゥン。古さを強調するが、自身も古い価値観にどっぷり浸かっている。30代の妻とは価値観の年代差で噛み合わない。妹ネジラも口達者で「そんな口を利くから離婚されたんだ」とアイドゥンは言う。

 季節は冬が近い秋なのだろうか、紅葉という絢爛な風景はどこにもない。外ではアイドゥンは、いつもコート姿だ。時にはちらほらと雪が舞う。その陰鬱な風景の中に、人間の自我の衝突がある。

 ある日、小学生の男の子から車の窓に石を投げられる。運転していた使用人が捕まえて、その子の父イスマイル(ネジャト・イスレーシュ)に談判、結局口げんかに終わる。

 大家アイドゥンと店子イスマイルとの間には、家賃が未払で冷蔵庫やテレビを強制執行で取り上げた経緯がある。現代では冷蔵庫やテレビは必需品だから、取り上げられたほうの怨念は深い。

 夫婦間でも諍いがある。妻ニハルは、慈善事業に熱心で小学校建設に積極的に関与している。アイドゥンが帰宅したとき、ロビーで何人かの支援者が集まっていた。遅れて駆けつけてきた小学校の若い教師の応接に目を留めたアイドゥン。しかも、ニハルからキッチンで
「悪くとらないでね。でも、これは内輪の集まりなの。数ヶ月かけて続けてきた活動の総仕上げをする会合なの。遠慮してほしい」
アイドゥン「構わずやればいい。それとも隠し事が?」
 こういう会話の末、「同じ場面の繰り返し、もう耐えられない。いいわ、好きにして、私がどこかに行く」とニハルが立ち去る。

 なぜこういう会話になっていくのだろう。たった一点、若い妻を娶った初老の男の嫉妬からくる猜疑心だ。これを機にアイドゥンは、ニハルに対して意地悪になっていく。

 寄付金の収支はどうなんだとか領収書の控えがないとか、参加者の一覧表もないといったことに文句をつける。あらためてニハルの部屋を訪れて、出来上がっていたリストに匿名の寄付金を書き入れる。そして、明日からイスタンブールへ出かける、春には帰ってくるという。

 一方、ニハルは夜、家賃を延滞して冷蔵庫とテレビを取り上げたイスマイルの家を訪れる。弟のムハディに夫が匿名で寄付したという封筒を差し出す。封筒の中身を見たムハディはびっくり仰天「これは家一軒建つほどの金額ですよ」と受け取りに躊躇する。

 そこへ酒に酔ったイスマイルが帰ってきた。イスマイルの問いに「特に理由はないんです。必要だと思って。家具も取り戻せます」とニハル。

 ところが「ご親切なことだが、あんたは1つ読み違えた。ニハルさん、残念ながら目の前の薄汚い酔っ払いは感謝などしない」と言ってイスマイルは暖炉の前に立った。家一軒建つという札束を無造作に燃え盛る炎に投げ込んだ。めらめらと燃え上がる札束。周囲の静寂を破っているのは、ニハルの泣き声だけで、ニハルの自尊心をズタズタにされた瞬間だった。(この場面は、もっと長い会話で見応えがある)

 帰宅してニハルの部屋を見上げるアイドゥンが呟く言葉が流れる。「ニハルよ。私は行かなかった。行けなかった。歳をとったせいか、正気を失ったからか、違う私になったからか。過ぎ行くこの瞬間にも君が恋しい。だが、自尊心がそれを口にさせまい。君から離れることなどできようはずもない。君の愛を取り戻すことも、あの日々には戻れない。だが、それでいい。そばに置いてくれ。君のしもべのように共に生きよう。君の望むまま従うこともいとわない。許してくれ」

 なんとも哀れだ。「おれは金持ちだ」と言い放つアイドゥンが。嫉妬で自分を見失った挙句の懇願か。ニハルにしても世間知らずの幼稚さをさらけ出した。

 会話劇ともいえるこの映画、愛や慈しみ、嫉妬や憎悪それに富の格差を静謐な場面と共に強い印象を残す。この二人の将来は?……私は背後からの映像が気になる。ニハルは部屋に一人。アイドゥンも自分の部屋でパソコンの前。これからの展開は観る人に委ねられた。私は悲観的だ。それにこの題名「雪の轍」、轍は交わることがないのだ。

 この映画、2014年カンヌ国際映画祭でパルム・ドール賞を受賞した。
          
          
          
          
  
            
  
  
  

監督
ヌリ・ビルゲ・ジェイラン1959年1月トルコ、イスタンブール生まれ。

キャスト
ヘルク・ビルギナー1954年6月トルコ生まれ。
メリッサ・スーゼン1985年7月生まれ。
デメット・アラバッグ1960年12月トルコ生まれ。

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