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エミール・ガレに触発されたドーム兄弟

2017-11-26 00:02:55 | Weblog
エミール・ガレに触発されたドーム兄弟
ドーム兄弟の作品は、北澤美術館にある。
企画展、「ドーム兄弟」を訪れた。

2014年11月。長野県諏訪市。

美術館の正面の壁に掲げられた、案内板には、
ピンクのランプが左に、鶴頸の花瓶が右に、描かれている。
開館30周年記念特別展
北澤美術館所蔵
アール・ヌーヴォーのガラス工芸
ドーム兄弟
― 秘蔵の名作を一堂に公開 ―

北澤美術館といえば、
エミール・ガレの「ひとよ茸ランプ」。1904年頃。

チケットから、北澤美術館。
これを見るだけでも、来てよかった。

2014年に訪れたのは、企画展、
「ドーム兄弟」の作品を見たい。それに、
エミール・ガレに触発されたドーム兄弟のことを知りたい。

北澤美術館には、エミール・ガレやドーム兄弟の名作がある。
フランスからは、アール・ヌーヴォーのガラス工芸で、
世界第一級のコレクション」と評価されている。

実は、うらやましがられている。
(フランスにもない)
(できるものなら、買い戻したいが…)
フランス人になり代わって、つぶやいた。

1900年パリ万国博覧会のガラス部門で、
エミール・ガレとドーム兄弟は、同時に、
グランプリを獲得するが、そのときの、
出品作や出品モデルを北澤美術館で見る。

エミール・ガレ、「花瓶《アザミ》」。1900年。

ガラス図録から、北澤美術館。
1900年パリ万国博覧会出品作。

ドーム兄弟、「藻魚文花瓶」(そうぎょもん)。1898年頃。

ガラス図録から、北澤美術館。
1900年パリ万国博覧会出品モデル。
アンテルカレールという、ガラスの複層構造。
深みがでるという。ドーム兄弟の特許。

ドーム兄弟は、
1900年のパリ万国博覧会
ガラス部門で、初めてグランプリを受賞した。
エミール・ガレに触発されて始めたガラス工芸。
エミール・ガレの真似だ、と言われてきたが、
これで払拭できて、ガラス工芸を進めてきた甲斐があった。

一方のエミール・ガレは、
1889年のパリ万国博覧会で、
すでにグランプリを受賞している。
1900年のパリ万国博覧会には、
アール・ヌーヴォーの旗手として、
満を持して臨んだ。だが、グランプリを、
ドーム兄弟と分かち合うことになった。不満が残る。

エミール・ガレとドーム兄弟の略歴はつぎ。
エミール・ガレ。
1864年、フランスの北東部ロワール地方、ナンシーに生まれる。
1877年 父の後を継いで、ガラス、陶器の製造、販売をする。
1878年、パリ万国博覧会に出品したガラス工芸品が好評。
1889年、パリ万国博覧会、ガラス部門でグランプリを受賞。
1900年、パリ万国博覧会、ガラス部門で、グランプリを、
 ドーム兄弟と分かち合う。

ドーム兄弟。
兄オーギュスト・ドーム、1853年生まれ。
三男アントナン・ドーム、1864年生まれ。ナンシーに移住してきて、
1879年、父の後を継いで、日用品のガラス製品を製造販売をする。
1889年、パリ万国博覧会で、ガレのガラス工芸品の好評に触発されて、
 高級なガラス工芸分野に進出する。デザイナー、技術者を採用。
1900年、パリ万国博覧会、ガラス部門で、グランプリを受賞。
 エミール・ガレとともに。

エミール・ガレは、日本の「北斎漫画」や浮世絵に、
魅せられる「ジャポニスム」から、日本の美を探求して、
独自の芸術、アール・ヌーヴォーに育て、確立してきた。

ドーム兄弟は、エミール・ガレのガラス工芸に触発されて、
後を追い、競った。そして、アール・ヌーヴォーを発展させた。
やがて、エミール・ガレとドーム兄弟は、ナンシー派と呼ばれる。
対応するパリ派は、揺らぐ髪の乙女がある。

北澤美術館で、ナンシー派、
「エミール・ガレに触発されたドーム兄弟」、
を追ってみる。

ドーム兄弟、「花瓶《黄金の雨とアネモネ》」。1899年。

ガラス図録から、北澤美術館。
1900年パリ万国博覧会出品モデル。ドーム家旧蔵。
どうして、こんな黄金色ができるのだろう?
それに、さわやかさがある。

ドーム兄弟、「春草文花瓶《矢車菊とモクセイソウ》」。1902年。

ガラス図録から、北澤美術館。
どうして、こんなに、さわやかな春が、表現ができるのだろう?
アンテルカレール、複層ガラスのおかげだろうか。
草が生え、花が咲く、春の歓びにあふれている。

ドーム兄弟、「脚付花瓶《蜻蛉と蛙》」。1905年。

ガラス図録から、北澤美術館。ドーム家旧蔵。
ドーム兄弟に見る、蜻蛉と蛙。

ドーム兄弟、「藻魚台花形ランプ」。1902年頃。

ガラス図録から、北澤美術館。
チューリップのようなピンクのランプに、
下から藻が巻付き、目をむいた魚がその下にいた。
美術館の正面の壁に掲げられた、案内板に載っていた作品。

ドーム兄弟、「睡蓮文鶴頸花瓶」(すいれんもん つるくび)。1909年頃。

ガラス図録から、北澤美術館。
1909年フランス東部国際博覧会出品。ドーム家旧蔵。
真っ直ぐに伸びた鶴頸(つるくび)の上は青。
その下は水草。下に白の睡蓮。

美術館の正面の壁に掲げられた、案内板に載っていた作品。
ドーム家旧蔵の最高傑作。オークションで得ることができた。

ドーム兄弟、「花瓶《蜘蛛に刺草》」(くもに いらくさ)。1910年。

ガラス図録から、北澤美術館。
1911年エピナル展、1913年ヘント万国博覧会出品作。ドーム家旧蔵。
花瓶は、何という色なんだ! 蜘蛛を見つけた。

最後は、エミール・ガレ、「花瓶《松》」と、
ドーム兄弟、「花瓶《ナナカマド》」。
どちらも、大きな花瓶だ。
エミール・ガレの松の実と、
ドーム兄弟のナナカマドの実は、
どうだ! 見てくれ! と主張していた。

エミール・ガレ、「花瓶《》」。1903年頃。

ガラス図録から、北澤美術館。
松の枝から、実が垂れ下がっている。
エミール・ガレの方が、ドーム兄弟よりも、
葛飾北斎の色合いが強い、躍動感を感じる。

ドーム兄弟、「花瓶《ナナカマド》」。1910年頃。

絵はがきから、北澤美術館。
1913年ヘント万国博覧会出品。ドーム家旧蔵。
ナナカマドの実が飛び出ていた。
その下層には、葉や枝がある。

アール・ヌーヴォーのガラス工芸を見るならば、
北澤美術館へ行けばいい。
エミール・ガレに逢える、ドーム兄弟にも逢える。
それに、日本の美術に傾倒するジャポニスから、
アール・ヌーヴォーに発展していく過程を見ることができる。

(しかし、アール・ヌーヴォーが、どうして、日本にあるのだ?)
(それも、長野県の諏訪に)
フランス人の代わりに、つぶやいた。
(しかも、博覧会出品のために、特別に制作されたものを所蔵している)
(フランスの万国博覧会で、グランプリを受賞した作品がある)
(ドーム家に秘蔵されていた、歴史的な名作まである)
(フランスでも一級品、名品ばかりじゃないか! )

北澤美術館が開館して、2017年で35年になる。
「ジャポニスム」や「アール・ヌーヴォー」のガラス工芸が、
今日ほど、注目される前に、買い求めている。
エミール・ガレや、ドーム兄弟も、
よく知られていなかった。

東京で、「北斎とジャポニスム」展を見たならば、
長野県まで、足を伸ばしてみるといい。小布施と諏訪に。
小布施では、葛飾北斎に逢える。
ジャポニスムの起源になった人。
葛飾北斎の肉筆画を見ることができる。

葛飾北斎の、祭屋台の天井絵、「男浪」。1845年。

絵はがきから。北斎館、小布施。

諏訪では、エミール・ガレドーム兄弟に逢える。
ジャポニスムから、アール・ヌーヴォーを築いた人。
エミール・ガレとドーム兄弟の名品を見ることができる。

葛飾北斎、エミール・ガレについては、これまでに、
つぎに掲載してきたので、参照してください。
「小布施の葛飾北斎」、2017年10月1日、
http://blog.goo.ne.jp/mulligan3i/e/5c7d8af0cddb8d8499340ccd81f829ec

「小布施の訪問者は人口の100倍」、2017年10月8日、
http://blog.goo.ne.jp/mulligan3i/e/518d7ceb55d02e35a294cdb2db8d824f

「「北斎とジャポニスム」に見る「波」」、2017年11月12日、
http://blog.goo.ne.jp/mulligan3i/e/f07fef7ca8e94b63e2b96b7d81cde1dc

「「北斎とジャポニスム」に見るエミール・ガレ」、2017年11月19日、
http://blog.goo.ne.jp/mulligan3i/e/5705aebcfaa19a75846ad19d927686d6
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