goo blog サービス終了のお知らせ 

MEDINT(医療通訳研究会)便り+

医療通訳だけでなく、広く在住外国人のコミュニケーション支援について考えていきます。

模擬患者(SP)の重要性

2015-11-10 00:00:00 | 通訳者のつぶやき
看護学部や薬学部といったところで
未来の医療者に話をする機会が増えてきています。

テーマとしては
「外国人患者への接遇」
「外国人患者の社会的背景を知る」
「医療通訳の上手な使い方」
「医療現場におけるやさしい日本語」

学生の間にそうした基礎的な話を聞いているかいないかは
現場に出たときに違いが出てきます。

看護の場合は「国際看護」の中に1コマか2コマ組み込むことが多いです。

目的は
「外国患者人の顔を見て逃げない医療者を作る」
「外国人患者も日本人患者も配慮が必要ではあるが、接遇としては同じ」
「接遇のコツをつかむ」

もともと日本では、あまり日常的に通訳を使うことはありません。
知らないことはできないことでもあります。
また、知らない人と接するには知識が必要です。
手話通訳は毎日テレビで見ることがあり結構身近な存在かもしれませんが、
外国語のコミュニティ通訳を自分で使う機会は
日常生活の中ではあまりないと思います。
だから、私はすべての専門職の方には
現場に出る前に、こうしたトレーニングを1時間でもいいから受けて欲しいと願っています。

その際にお世話になるのが
当事者である模擬患者(SP)役をしてくださる外国人です。

先日も、神戸市看護大学で模擬患者を使った研修を行いました。
外国人患者は日本に来て日が浅く日本語でのコミュニケーションは基礎程度の設定です。
学生たちはチームで、やさしい日本語、ジェスチャー、図形、数字などを駆使して
コミュニケーションをとろうと奮闘します。
その過程が大きな学びになります。

また、英語ではない通訳を使ってコミュニケーションをとる練習もします。
上手に通訳を使えば、自分の言葉が患者に伝わり
患者の言葉が理解できるようになる不思議な体験をします。
タイムラグのある「人工衛星」からの言葉を聴いているみたいだといいます。

そして、日本に滞在する外国人患者と家族の
「言葉」「制度」「文化」の違いや背景を理解し、
特別扱いする必要はないけれど
配慮が必要であることを説明します。

でも、一番学生の心に残り、響くのは
模擬患者さんが語ってくれる医療機関で苦労した体験談です。
心細かった出産体験や言葉がわからず大変だった手術など
医療者としては想像がつきにくいことも語られます。

手話通訳の方とお話したとき
「私たちの先生はろう者」とおっしゃっていたのが印象的でした。
本来、外国人医療の先生は当事者である外国人であるべきだと思っています。
そして、学生は外国人患者から学べる機会をもつべきです。

これからは外国人模擬通訳者(SP)の育成が必要だと考えています。



医療通訳者も当事者です

2015-10-27 00:00:00 | 通訳者のつぶやき
今年になってから医療通訳に関する議論が、
すごいスピードで進んでいる気がします。

もしかしたら今までが、
あまりにも放置されてきたからそう感じるのかもしれません。

2020年の東京オリンピック、訪日外国人が9月末で1400万人超えと
景気のいい話がたくさん聞こえてきて、
急に外国人患者が増えた、もしくは増えるような空気になっているようですが、
もともと日本には200万人超の在日外国人の人たちの医療があります。
その人たちの医療はどこへいったのでしょうか。

今動いている外国人医療・医療通訳が
私の地域の外国人医療と全然違う次元の議論にならないように危惧しています。

医療通訳者はよく外国人の「ために」がんばっているといわれますが、
少なくとも私は違います。
医療通訳らしきものをやってきて、
このままではいけないと自分に強い危機感を持っているし、
外国人患者がお金や言葉の問題で受診できないという現状が個人的に許せない。
だから、私も当事者の一人として声をあげていくのだと思っています。

医療通訳者も当事者意識を持たなければ、
これからできる医療通訳システムは私たちには受け入れられない
絵に書いた餅になってしまいます。
システムはできた・・・・で、誰がやるの?とならないように。

*******************************

17日多文化医療サービス研究会(RASC)のコーディネーター研修に参加しました。
代表の西村さんの研修技法を公開してくださり、
ものすごく贅沢な講座内容でした。
7月に発行された澤田先生監修のテキストの使い方もよくわかりました。

*******************************

19日から神戸市のコミュニティラジオ FMわぃわぃさんで
「医療通訳ラジオ講座」がはじまりました。

患者と医療従事者の間に立ちはだかる、ことばの壁、文化の壁、
こころの壁を乗り越えるお手伝いをする医療通訳をテーマにした番組で、
現役の医療通訳者、医療機関側担当者、通訳コーディネーターなど多様な立場から、
豊富な事例とともに心構えや勉強方法、医療通訳をめぐる現状と展望などを語っています。

私の回も11月末からオンエアになります。
インターネットでも聞けますので
日本全国、海外からでも大丈夫。

そういえば、医療通訳に関する書籍や論文は少しずつ増えていますが、
映像や音源での医療通訳資料はまだまだ少ないですね。
広く知ってもらうためには、映像や音源による周知活動は貴重です。
これからの試みに期待したいと思います。

*******************************

10月17日のJICA理事長表彰の授賞式の模様がアップされています。
こちらもよかったらどうぞ

第11回JICA理事長表彰

2015-10-20 00:00:00 | 通訳者のつぶやき
今年は協力隊50周年。

私事ですが、協力隊OBの国内活動(医療通訳)に対して、
第11回JICA理事長賞の専門家/ボランティア部門
受賞しました。

授賞式は10月16日(金)JICA市ヶ谷で行われました。
(個人での撮影はNGだったので写真はありません。
後日JICAのHPに掲載される予定だそうです。)

青年海外協力隊員は
アジア、アフリカ、中南米などの発展途上国で活動し
日本に帰国します。

私もパラグアイでスペイン語を3年間使って
日本に帰国しました。

彼らは個人差はありますが、英語以外の現地の言葉を学んでいる場合が少なくありません。
中にはネパール語やベトナム語、ルーマニア語、アラビア語などの
日本人学習者の少ない言語を学びます。
そうした人材は外国人支援の医療通訳現場などには貴重な人材です。

協力隊の2年間を2年間で終わらせないというのが、
最近の動きなのですが、
帰国すると生活があるために、現地で学んだ言葉や経験を
活かす機会があまりないことも事実なのです。

特に、医療に関する活動をしてきた人材と
医療通訳、外国人医療の現場とを橋渡しする仕組みが
今後必要だと思います。

今回の受賞は
私個人の業績に対するものではなく、
これまでとこれからの海外ボランティアOBが
日本国内でも社会還元できるような機会を
増やしたいというJICAの期待が含まれていると理解しています。

医療通訳の活動をしていると
「私も協力隊だった」とか
「調整員で○○に行っていた」といってくださる方がいます。
とてもうれしいですね。

こうした経験を日本社会の中で
活かせる方法をもっと考えていかなければと思っています。
皆さん、これからもがんばりましょう。




ずいぶんご無沙汰しました

2015-10-13 00:00:00 | 通訳者のつぶやき
最終更新が8月31日で、
ほぼ小学生の夏休みくらいの期間をブログ更新なく過ごしました。
大変ご無沙汰してすみません。

いつもは田舎でのんびりしたテンポで過ごしているのですが、
今年は珍しく少し忙しい日が続きました。
ゆっくりしようと9月に玉川温泉と不老ふ死温泉で夏休みして
帰ってきたらまたバタバタとめまぐるしい日が続き
「ふぎゃ~」といっている間に40日が過ぎてしまいました。

その間、ブログの更新もしていませんが、
日記をかけていないし、じっくりと本も読めていません。
その間になんとヤクルトスワローズがセ・リーグ優勝してしまいました!

やっと涼しくなって、頭の中も整理されてきたので、
またブログを再開します。
これからもよろしくお願いします。

まず、お知らせがあります。

医療通訳入門から8年、
やっと第2弾がでます。

「実践医療通訳」


はじめて編集をさせていただきましたが、
いままで共同執筆ばかりでしたので、
本を出すのって本当に大変だなあと痛感しました。

「松柏社のM社長がいらっしゃらなければ
本は完成していなかったと思います。」

・・という後書きをよく目にするのですが、
これは本当なのだと言うことがよくわかりました。
出版社の方に助けていただいてやっと出版できました。

作者は私が好きな人(恋愛感情ではなく、
医療通訳への思いが同じという意味です)ばかり選んで原
稿をおねがいできたので、
本当に私にとっては夢のような本です。

皆さんにも副読本として是非
マーカーをひきながら読んでいただきたいと思います。


特に通訳者の皆さんには語りかけるように書かれています。
是非、地元の図書館に注文してください!!

よろしくお願いします。




あと20年でなくなる仕事

2015-08-31 00:00:00 | 通訳者のつぶやき
お盆を過ぎると、秋のように涼しい日が続いています。
窓をあけたまま、寒くて朝起きると、少しのどが痛い・・・
体調管理の難しい季節です。
いや、その前に窓を閉めて寝るべきですかね。

先週の金曜日、ストレス解消をかねて甲子園球場で
ヤクルト阪神戦を観戦しました。
阪神先発が藤波でヤクルトは手も足も出ず、
傘(ヤクルトに点がはいると傘を振って東京音頭を踊る)は
一度も開くことなく、逆にストレスをためて帰ってきました(涙)。

先日
「あと20年でなくなる50の仕事」水野操 青春出版社
を読みました。

私の子どものころにあった仕事、
例えば駅の切符を切る人や
高速道路の料金所で働く人や
大食堂で注文を聞いてチケットを発行する人や
バスの車掌さんなどもいなくなりましたね。
そういえば私が毎週乗るリニモも自動運転です。

これからは、
人工知能(AI)でできる仕事がなくなっていくといわれています。
その中で「残る仕事」、「消える仕事」がでてくるのは時代の必然でしょう。

だいたい、通訳についてちょっとだけ知っている人からは
「翻訳は機械翻訳やアプリがでてくるからとって変わられる」と言われます。

この本の中でも「中途半端な知的労働者は容赦なく排除される」としています。
そして「翻訳者 外国語ができるだけでは機械におきかえられる」とも書かれています。

ただ、「文脈や背景を読み取り、考慮したうえで適切な言い回しを選んだり、
文化背景の違う人でもわかる言い方に置き換えたり、
ニュアンスを伝えるということも含まれる。この点は明らか人間が優位だ」とあります。

なるほど。
医療通訳者も単に単語の置き換えだけをしているのであれば
機械翻訳で十分といわれても仕方がないでしょう。
でも配慮した言葉の置き換えができる通訳者であれば
この人間優位の通訳者ともいえます。

「人間の翻訳者に求められる価値は
専門分野の知識に精通し、現場を知り、
読み手のプロフェッショナルと同じ言葉を話すことができることだ」ともあります。

私たち医療通訳者は
使い捨てになるような専門職であってはなりません。
そういう意味では、
これからは、言葉プラスアルファの知識を持つことが要求されます。
そして、そうならなければ20年後生き残る仕事となることができないのです。










医療通訳徒弟制度説

2015-08-24 00:00:00 | 通訳者のつぶやき
ある講座で
「ちゃんとした通訳者」と「ちゃんとしていない通訳者」の
違いを教えてくださいと質問されました。

「あっ」と気づかされた質問でした。
話の中で、無意識にそういうあいまいな表現をしてしまっていました。

確かに、
「信頼して任せられる通訳者」とか、
「患者さんがリラックスして受診できる通訳者」とか
「医療用語を知っている通訳者」とかいろんな意見があると思います。

でもその違いは明らかです。
「トレーニングを受けた通訳者」と「トレーニングを受けていない通訳者」の違いです。
そしてトレーニングを受け続けている通訳者かどうかということです。

「通訳技術」は学校や教科書である程度は学ぶことができます。

私も、医療通訳の講座がなかったころは、
同時通訳者の講座に入れてもらったり、
看護師の勉強会に混ぜてもらったりしながら自分たちの研修を探していました。
一番勉強になったのは司法通訳者の研修でした。
同じコミュニティ通訳であるといった共通点があったからかもしれません。

「医療通訳」はプラスアルファとして
当たり前ですが感情を持つ人間の言葉をつなぎます。
また、患者は病気という痛みやつらさ、ショックから、非日常的な感情を持ちます。
医療文化の違いや医療職の考え方の違いなどにも左右されますし、
本人の病識や性格などにも左右されることがあります。

ですので、ケーススタディや倫理に関するロールプレイで
こんなときどうするという事例を経験者とともに学ぶ必要があるのです。

医師や看護師といった専門職には実習が課せられています。
国家試験に通ったからすぐに医師や看護師になるのではなくて、
先輩から現場で様々なことを学びます。
現場が新人を育てるシステムができています。
中には教科書には載っていないこと、
人生経験を問われるようなことも含まれています。
また、医師や看護師になった後でも、研修会で学び続けブラッシュアップしていきます。
医療の技術はどんどん新しくなり、
倫理や患者への接遇も時代とともに変わっていくからです。
それにしっかりついていかなければなりません。

私は医療通訳は「職人色」が強い仕事だと思っています。
机に座って単語を学んでも、患者を前にすると
様々な不測の事態が発生します。
そんなときにどう対処するかは実は経験値から導かれることが少なくありません。
もちろん、いくら経験を積んでいるからがすべてではありませんが。

日本の中で、成功している医療通訳団体は、
MICかながわやIMEDIATAのように
ベテランの通訳者について経験の少ない通訳者が学ぶ機会があります。
これは医療通訳には絶対必要なことだと思います。
なぜなら医療通訳にはOJTはないから。
診察はそのときそのときが勝負だから、新人だからといって間違いは許されません。

先日のJAMIでの医療通訳者のセッションで、
医療通訳には「徒弟制度」が必要だなと強く感じました。
こうしたしくみをつくってこそ、
医療通訳者はバーンアウトせず、増えていく仕組みが作れるのです。

すべての地域で
経験者から学ぶシステムを作るのが難しいのであれば、
せめて研修はきちんと受けておくことが望ましいのです。


「悪医」(久坂部羊著)を読む

2015-08-14 00:00:00 | 通訳者のつぶやき
暑い日が続きますが、いかがお過ごしですか?
私は大学の採点作業が終わり、やっと夏休みになりました。
読みたかった本(漫画含む)、見たかった映画、行きたかった温泉を楽しむ予定です。

さて今回は、この夏におすすめの本をご紹介します。

「悪医」(久坂部羊著)

主人公は二人。
「末期がんの男性患者」と「拠点病院の外科医」です。
両方が交互に物語を紡いでいきます。

題名は「悪医」となっていますが、
この外科医がひどい人というのではないのです。
逆に、患者が治らないがんに対して、無理に治療することに躊躇する
きわめて一般的な考え方の医師です。
そして、治療をあきらめたことに対しての患者の怒りに、
わだかまりを抱えています。

*****************(書評より)

がん治療の拠点病院で、52歳の胃がん患者の小仲辰郎はがんが再発したあと、外科医の森川良生医師より「これ以上、治療の余地がありません」と告げられた。
「私にすれば、死ねと言われたのも同然」と、小仲は衝撃のあまり診察室を飛び出す。
小仲は大学病院でのセカンドオピニオンを断られ、抗がん剤を専門とする腫瘍内科、免疫細胞療法のクリニック、そしてホスピスへ。
一方、森川は現在の医療体制のもと、患者同士のいさかい、診療での「えこひいき」問題など忙殺されるなか、
診療を中断した小仲のことを忘れることができず、末期がん患者にどのように対したらよいのか思い悩む日々がつづく。

******************

この本を読みながら、
2年前になくなったAさんのことを思い出しました。
乳がんの再発から10年近くのお付き合いになりましたが、
いつも家族思いで前向きなAさんがなくなる日がくるとは思ってませんでした。
何度かセカンドオピニオンを受けに他の病院にもいったし、
日本で受けている治療内容の翻訳をもって帰国することも考えていました。

今でも、私の心にひっかかっているのは、
なくなる2ヶ月前に担当医を変えたいとAさんに相談されたことです。
Aさんは「まだ癌と闘いたい」と訴えました。
でも、担当医がもう緩和ケアにうつりましょうと言う。
それがどうしても受け容れられない・・・と。

医師はずっとAさんの治療を続けてきた医師です。
Aさんの身体のことや家族のことも理解しています。
その医師が、もう彼女にあきらめろというのかと彼女は絶望していました。

この本の主人公や登場人物も同じことを訴えます。
それに対して、医師の立場からの考えが述べられます。
医師はこういうことを考えていたのか・・と今になって理解できました。
もう少し早くこの本を読んでいたら、
医師の考えや言葉も、もう少しうまくAさんに伝えられたかもしれません。
この小説の著者は医師です。だから、こうしたリアルな情景がかけるのでしょう。

Aさんは最後のお願いだから担当医を変えて欲しいと訴えました。
まだ若いAさんは最後まで闘いたかったのだと思います。
私はそのとき、なぜ医師が患者より先にあきらめるのかが理解できませんでした。
結局、担当医をかえてもらうように病院と交渉することになりました。

それがよかったことなのかどうか。
今でも自問しています。

医療通訳者としてできることは、
本人の希望を病院に伝え、また病院の治療方針を患者に理解してもらうこと。
両者のコミュニケーションの橋渡し役です。

でも、それが本当に難しい。
そのことを教えてもらった気がします。

是非、読んでみてください。




医療通訳の棚

2015-08-06 00:00:00 | 通訳者のつぶやき
「医療通訳」を一般名詞にしたいと思ってはや10年。

次の目標は本屋さんに医療通訳の棚ができることです。

連利博編「医療通訳入門」がでたのが2007年。
当時も報告書や冊子類はすでにあったのですが、
本として刊行され「医療通訳」を題名としたはじめての和書として、
発行されて、去年やっと増刷されました。

いろんなところの本屋をのぞくたびに
「医療通訳入門」のおいてある場所を探します。
一番多いのが看護英語や医学英語の棚です。
英語を学ぶ医師や看護師が手に取りやすい場所です。

ただ、ここに置いておくのでは通訳者や翻訳者が手にとることはありません。
よほど、医学英語を学んでいる人や医学翻訳をしている人くらいしかないと思います。

私は本当はこの本を「通訳・翻訳」の棚において欲しい。
通訳の一分野として、通訳者の人たちに手にとって欲しいからです。
せめて「司法通訳」や「教育通訳」「外国人支援」の人たちが
覗く本棚において欲しいと思います。

そのために、医療通訳の本を増やしていかなければと思っています。

「医療通訳士という仕事」が大阪大学出版から出たのが昨年10月
沢田先生が監修された「医療通訳学習テキスト」がRASCから自費出版されたのが今年の7月
李節子先生編集の「医療通訳と保健医療福祉」が杏林書院から出たのが8月
少しずつ医療通訳関連の書籍が増えています。

昨日、仕事帰りにジュンク堂書店三宮店に寄りました。
「医療通訳入門」と「医療通訳士という仕事」は「医学英語」の棚にありました。
メジカルビュー社からでている西村明夫さんの「外国人診療ガイド」も同じ棚にあります。
また、MEDINTの英語分科会をご担当いただいている坂尾先生とコンロイ先生の
英語で診療シリーズ全5冊も同じ棚。
そういえば、この本は先日の日本渡航医学会の図書販売で平積みで販売されていました。

どうしても「医療通訳」はまだ医療・医学のカテゴリーに落ち着いたみたいです。

手話は「ボランティア・手話・点字」で福祉系の棚に作られていました。
最近読んで感銘を受けたあべやすし先生の「ことばのバリアフリー」はこちらの棚。

実は9月に松柏社から「医療通訳入門」の第2弾が発売予定です。
いくつかたまればフェアーとか持ち込めるのかな。
とにかく、医療通訳を学ぶツールがたくさん増えること。
何よりも、「医療通訳」という概念が正しくいろんな人の目に触れることが現在の目標です。
皆さんのご近所の書店も少し覗いてみてください。

ちなみに
ブログランキングにも「医療通訳」カテゴリーを登録しています。
今のところ、医療通訳そのもののブログは私だけのようですが、
これも増えてほしいところです。








日本渡航医学会ミニシンポジウムに参加して

2015-07-30 15:28:08 | 通訳者のつぶやき
7月25日~26日 新宿区の東京女子医大で
日本渡航医学会学術集会に参加してきました。

一日目の午後に医療通訳に関するシンポジウムが開催されました。

ミニシンポジウム
「言葉と文化の壁をこえる国際医療交流:医療通訳士が活躍できる環境をどう創るのか?」

座長
中村 安秀(大阪大学大学院)
南谷かおり(りんくう総合医療センター)

シンポジスト
谷村 忠幸(厚生労働省)
前田 秀雄(東京都福祉保健局)
岡村世里奈(国際医療福祉大学)
村松 紀子(医療通訳研究会(MEDINT))
エレーラ・ルルデス(日本赤十字九州国際看護大学)

当日のプログラムは こちら

そこで、これからの医療通訳の制度化にむけての意見発表があったのですが、
やはりこの1年ですごくスピードが速くなっている気がします。

当日の私の発表については、日本渡航医学会の学会誌で全文掲載する予定ですが、
かいつまんで要点だけ、ここに掲載します。
(興味のある方は秋に発行される学会誌をご覧ください)

1:医療通訳の可視化の必要性
 家で妻や嫁が介護をしていた時代、看護や介護は専門職とは呼ばれていませんでした。
しかし、第3者が行うようになった時、それは看護師や介護士といった医療にかかわる専門職になりました。
医療通訳も見えない誰かがやっているうちは専門職とは呼ばれません、医療通訳者の可視化を行うためにも医療通訳の認証はすぐにでも必要です。
よく、医療通訳者は日本に何人くらいいるのかと聞かれます。答えはわかりません。
誰が医療通訳者か、医療通訳者はどこにいるのか、医療通訳はどんな仕事なのかなども含めて、把握をする必要があると考えます。

2:医療通訳の多様性を大切にする
今、医療通訳者には「医療」「言語」「福祉」などのバックグラウンドを持った人たちが、
プラスアルファの研修を受けたり、勉強をしたりして、活動しています。
また、外国ネイティブで日本語を学んだ人、日本語ネイティブで外国語を学んだ人、
外国籍の親に育てられたけど日本の学校で教育を受けた2世など様々な人たちがいます。
誰が医療通訳にふさわしいかは私たちが決めるのではありません。
患者は心の内を話したいときは同じ言葉の通訳者を選び、
医療者との調整や周りの人に秘密にしたいときはコミュニティから遠い日本語ネイティブの通訳者を選びます。
性別も年齢も、医療通訳者になった経緯も、いろんな人がいたほうが選択可能です。
医療通訳者にも得意不得意の分野があります。医療者も医療通訳者が選べれば、
その時に応じて、専門用語や日本の医療システムに精通した人、
横にいるだけで血圧が下がるくらいの安心できる人まで、シーンによって選べるでしょう。
英語以外の言語については、通訳者を専門職として育てていく仕組みが必要です。
ただ、試験をやるだけでは、こうした少数言語の通訳者に医療通訳への参入をしてもらえないのが現状です。
医療通訳の需要と供給に大きな差があることを自覚して日本の医療通訳も制度化を考えなければ、公平な資源の提供を行うことができません。

3:医療通訳者に必要な能力
4:医療通訳者における専門職としての倫理
5:医療通訳の報酬

制度化に向けては医療通訳者の声も聞いて欲しい。
それが今の一番大きな願いです。
 




ニワトリのお話

2015-07-23 09:42:39 | 通訳者のつぶやき
小学1年生のとき暗証した教科書の詩を今でも鮮明に覚えています。

私のうろ覚えで書いてみると・・・こんなお話です。

*******************************

小さい白いニワトリはみんなにむかって言いました。

この麦誰が蒔きますか?

豚は嫌だといいました。
猫も嫌だといいました。
犬も嫌だといいました。
小さい白いにわとりは一人で麦を蒔きました。



このあと、同じ調子でニワトリはひとりで
麦の種を蒔いた後、刈り取りして、粉を挽き、
粉をこねて、パンを焼いていきます。

********************************

最後に、
小さい白いニワトリはみんなにむかって
「このパン誰が食べますか?」
と聞いて、みんなは「食べる」と言います。

そこでお話はおしまい。

小学1年生ながら、このあとのニワトリの行動がずっと気になって今に至ります。

この詩は
ウクライナの民話とのことです。 こちら参照


医療通訳の活動をしていて、
一緒に学会や医師会などに声を上げていきましょうと誘うと
「儲かるようになったら」
「専門職として認められるようになったら」と
言われることも少なくありません。

忙しいのに
余計な労力を使うのは嫌だし、
活動にはもちろんお金がかかるし、
もう少し医療通訳がメジャーになったら関わりたい、
それまで成り行きをみたいというのが、
たぶん普通の考え方なのだと思います。

だから、今医療通訳の制度化に向けて活動する
医療通訳者が極めて少ない状況で、
医師や研究者や行政の人など声の大きい人たちにによって
医療通訳制度を作られてしまっても仕方がないとも思います。

先日の医療通訳士協議会の分科会で、
手話通訳の方が、
職業病である「頸肩腕症候群」があるために、
一人の通訳者を酷使してしまうと潰れてしまう。
潰れないために仲間を増やすんだと言っていました。

自分を守るために仲間を育てるのだと。

医療通訳者も少数言語や通訳者の少ない地域では
少数の通訳者がたくさんの件数の通訳を行っています。
勉強する暇もないし、食べていけないから他の仕事も掛け持ちする。

昔、ある通訳者が
「医療通訳に専念できたら、どんなにいいだろう」と言っていました。
今の状況では、医療通訳は専門職とは言えません。

だから、一日も早く医療通訳を専門職として自立させ、
職能団体として活動していかなければと思っています。

様子を見ているだけでなくて
医療通訳者も自ら動かなければ、
ニワトリのパンも焼けず、社会も変わらない。
なによりも日本語のできない患者さんはそのまま放置されてしまいます。

今週末は日本渡航医学会学術総会が東京女子医大で開催されます。
土曜日のお昼にはインバウンド委員会のシンポジウムで
医療通訳についての議論を行います。
東京近辺の方は是非ご参加ください。

精神科と医療通訳

2015-07-14 15:01:58 | 通訳者のつぶやき
7月4日~5日 日本外来精神医学会 に参加しました。
大会長が多文化間精神医学会で四谷ゆいクリニックの阿部裕先生だったので、
外国人医療や医療通訳に関するシンポジウムもいくつか開催され
1日目に「身近な多文化外来の実践」
2日目に「ラテンアメリカシンポジウム」と「医療通訳と精神保健専門家との連携」など
多彩な内容で実施されました。

私は2日目の連携のシンポジウムにシンポジストとして参加しました。

普通の精神科の学会においては
いつも外国人医療に関するシンポジウムは
参加者が少なく閑散としています。
今回も関心の高い先生は多くはありませんでした。

ただ、注目度は低くても
関心を持ってくださる方はいますし、
外国人患者はすでに少数者とはいえない時代がきています。
だから、ずっと声を上げ続けることが必要なのです。

「精神科の医療通訳は他の分野と違う」
これは多くの医療通訳者が共有する認識だと思います。

まず、大きな違いは検査値や画像での診断ではなく
患者や家族の言葉で表現される診断が多いこと。

診断がついても自分が病気であるという自覚がない、もしくは「病識」を拒否すること。

その人の生まれ育った文化においては「精神科」に偏見がつきまとうこともあります。

たとえばスペイン語圏の通訳をしていると
服薬による治療が明らかに必要だと思われる人でも
「精神科」ではなく「カウンセリング」を希望する人も少なくありません。
「私は困っているけど、精神病じゃない」といいます。
福祉の立場からカウンセリングでは診断名がつかない、手帳がでないといっても
なかなか理解してくれません。
一番つらいのは本人だと思うと切なく感じます。

また、見た目で病気がわかりにくい。
でも病気なので、元気なときより本人の説明する力が落ちる。
あれやこれやで本当に難しいと感じます。

通訳者にのみ感じられる「違和感」のようなものがあると思います。
しかし、通訳場面で通訳者の意見を差し挟むのは倫理違反です。

シンポジウムで主張したのは、
精神科こそ、医療通訳者をチーム医療の中にいれてほしいということです。

愛知県の通訳者には
自力で精神保健福祉士の資格を取った人もいます。

今後、精神科と医療通訳の連携は必須の時代がくると思います。




医療通訳資格制度に関するフォーラム

2015-07-07 00:00:00 | 通訳者のつぶやき
多文化医療サービス研究会(RASC)さんが主催されたフォーラムが
7月4日(土)、東京で開催されました。

 ご案内については こちら をご覧ください。

「医療通訳資格制度の是非を問う」という、
ある意味挑戦的なテーマだったのですが、
本当に是非について網羅された
近年では指折りの内容の濃いフォーラムでした。

私はちょうど日本外来精神医療学会で東京に来ていたのですが、
学会の公開講演をサボって参加した甲斐がありました!
(学会については来週報告します)

壇上には賛成2名、反対2名で
医師と通訳者がそれぞれ1名づつでした。
反対の方もどちらかといえば「慎重」であるという論調でしたが、
諸外国の事例や現在の厚生労働省の動きなどを加味した上で、
様々な角度から資格制度を論じていました。

私は立場上、医療通訳の資格化および認定制度には賛成の立場です。

たとえば「介護福祉士」
自宅で介護していたときは
配偶者や嫁が介護していて、それは「職業」とは考えられていませんでした。
介護を第3者がやる場合、そこには専門職としての専門性と報酬が発生します。
介護の社会化には必要不可欠なことであったと思います。

医療通訳も善意の人々によって支えられ
公的な社会資源というよりは個人や地域のネットワークに支えられているのが現状です。
そこには地域格差やネットワークにつながれない人々がいることも忘れてはいけません。
誰でも利用できる「公正」な制度を作るためには、
誰が専門職であるのかを明示する必要があります。
また、その専門職の人々は、資格や認証の上に胡坐をかくのではなく、
自分たちでその専門性を社会に認めてもらうような活動をしていく義務が発生します。
そういう意味では、私は認証はゴールではなく、スタートだと認識しています。
だから語学能力を測る資格ではなく、実践者を創る資格だと思っています。

その辺の議論は
7月18日(土)大阪で開催される
医療通訳士協議会(JAMI)の総会で行います。

ご案内は こちら

是非、ご参加ください。






感染症の通訳

2015-06-20 19:06:41 | 通訳者のつぶやき
移住連の北九州フォーラムも終わり、
ここ2週間でホテル暮らしが5泊という旅人ぶりです。

フォーラムの医療分科会は佐賀、北九州、熊本、長崎の
医療通訳の現状が直接聞けて充実した内容でした。

集住地区ではなく、
外国人も通訳者も少ない地方都市で
どれだけ枠組みを作れるかは本当にそこにいる人たちの
情熱にかかっているのだなと思います。

***************************

ある県の方からお問い合わせをいただきました。
感染症患者の医療通訳派遣についてです。

結核の医療通訳の需要は結構あります。
日本人より栄養状況が悪いとか
もともと結核感染していて日本でひどくなったとか
理由は専門家ではないのでわかりませんが、
私も何度か通訳しています。
特に90年代は多かった気がします。

今でも過去の病気ではない結核。
私の子供の頃は身近な病気でした。

私自身、小児結核患者でしたが、
親には別の病気だと聞かされて育ちました。
治療をして排菌はしていませんでしたが、
子どもなので考えずに病名をしゃべって、お友達をなくさないように
親自身が考えたことなのだと思います。
それくらい怖い病気でした。

今でも結核だけでなく
感染症には感染リスクがあります。

「結核に医療通訳を派遣していいのかどうか悩んでます。
医療機関は派遣してと言ってきているのですが」と
言われたので、
「同行は断って電話対応に切り替えてください」と伝えました。
医療通訳は同行が理想ですが、
コミュニケーションだけなら熟練した医療通訳者なら
電話でもほとんどのことを伝えることができます。

「同行でなければ診ない」と言われることもありますが、
感染症に関してはそれは医療機関の甘えだと感じます。
病院外の通訳者は感染症に備えて予防注射をしているわけでもありませんし、
特別な防護をしてもらえる補償もありません。
もし、感染しても病院に責任を持ってもらえるわけではないし、
患者に補償を求めるわけにもいきません。

それなら感染しない電話や遠隔通訳に切り替えることが
ベストでなくてもベターな方法ではないでしょうか。

いままで医療通訳者は
病院、患者の無理をずいぶん聞いてきました。
それはひとえに患者のためでもありました。
でも、改善できることはあると思います。

こうした感染症の通訳は
インフルエンザも含めて通訳者の安全にも気を配るべきです。

と、いうことで、
医療通訳は同行ありきではないと、医療者の皆さんにも
頭を切り替えてほしいと思っています。

****************************


スペイン語話者待望の連続ドラマが日曜日のNHKで始まりました。

情熱のシーラです。

音声切り替えするとスペイン語に切り替わります。
「スペインのスペイン語」ですが、
字幕も見ることができるので、スペイン語の勉強になります。

初回から、主人公シーラが婚約中だったまじめな青年から、
どこからみても女たらし(?)の男に心変わりする展開!
第2回を見ると案の定、男は逃げてしまいました。
まあ、よくある話ではあります。
それからたぶん、一人で強く生きていく細腕繁盛記的なお話になるのでしょうが、
おばちゃんとしては、今からハラハラドキドキしています。




贅沢品としての医療通訳

2015-05-29 12:36:23 | 通訳者のつぶやき
医療通訳の制度化の活動をしながら、
批判があることはわかっていても、
こころのどこかで、医療通訳はまだ贅沢品だなと思う時があります。

医療へのアクセスという意味では、
外国人の場合、まだいくつものバリアが存在します。

先週の病院との通訳。
「緊急に入院してください」と病院が言っても本人と家族が納得しません。
理由は「お金が払えない」
命がかかっていて、すぐに今日入院しなさいと言われているのに、
なぜお金のことを言うの?踏み倒してもいいじゃないか?
それが言えるのは、踏み倒す可能性のない人たちです。
本当に払えない人は、入院せずにすむ方法はないかと考えます。

収入は目に見えます。
それ以外に外国人には「仕送り」という見えにくい支出があります。
たとえ一定額の収入があったとしても
可処分所得は人によって違います。
本国にいる子供や家族に仕送りをしている人にとって、
自分で使えるお金は常にぎりぎりであり、貯金などできる状況ではありません。
日本人にも同じ人たちはいます。
でも、「見えない、理解してもらいにくい」という意味では
外国人の患者さんはより困難を抱えています。

非正規滞在であれば、
重篤な病気であったとしても、保険の適応ができません。
「自業自得」という言葉が聞こえてきますが、
病気になった本人を前に誰がその言葉を口にできますか?

まずは病院へ、まずは治療を。
そんな当たり前のことの前に
越えなければいけないハードルが多いと感じます。
医療通訳者は診察室の前で待っていてもダメです。
病院へのアクセスを助けることを念頭にいれなければ、
私たちの仕事は始まりません。
そのことを忘れないでいたいと思っています。

6月12日―13日北九州で開催される移住連のフォーラムの医療分科会では、
医療通訳問題を中心に扱いますが、
それでも、非正規滞在者の医療問題や保険の問題など、
医療通訳以前の問題も忘れてはならないと肝に銘じています。



スカスカ

2015-05-15 16:54:30 | 通訳者のつぶやき
ずいぶんブログをさぼってしまいました。

いつも2月と3月は本職の仕事以外なくて、
映画を見たり本を読んだり、銭湯いったりというといった充電期間なのですが、
今年は2月に愛知県立大学の多文化共生論集中講義があったり
JIAMの医療通訳講座があったり、
外務省の社会統合シンポジウムがあったりで、
一息つく間もなく4月になってしまいました。

4月から県大の授業が一コマ増えたために
毎週、授業準備の自転車操業をしながら、
松柏社「実践医療通訳」の出版にむけての編集作業や
医療通訳士協議会の話し合いで週末横浜に行ったりで、
アウトプットばかりの生活をしています。

私のもともと容量の少ない脳みそは
4月には「カラカラ」という音をたてはじめていたのですが、
もう5月は「スカスカ」いっている感じです。

ただ、人に話す作業は
とてもいい自分の勉強であるというのは本当だなあと思います。
今年増えたのは国際関係学科の学生を対象とする授業なのですが、
スペイン語話者のみを対象をしていた今までのスペイン語学科とは
切り口も考え方も違う学生を相手にするのは本当に面白いです。

話をしながら、
「通訳」も「支援者」も「教育者」もすべてつながっていきます。
年齢的にも自分で動くのではなく、
これからは動く人たちを作っていかなければいけないと痛感しています。
でも、自分で動いたほうがずっと楽で早い。
その発想をかえなくてはいけないのですが、それが難しいです。

6月には北九州で移住連のフォーラムがあります。
九州方面の方でお時間ある方は是非「医療・福祉分科会」でご一緒しましょう。