MEDINT(医療通訳研究会)便り+

医療通訳だけでなく、広く在住外国人のコミュニケーション支援について考えていきます。

すぐに治らない病気の通訳

2010-01-29 00:00:00 | 通訳者のつぶやき
アトピーの子どもさんの通訳をしました。

子供はずっと掻いています。
痛いのもつらいけど、
かゆいのはもしかしたらもっとつらいかもしれないと思います。
他人の通訳者がそう感じるのですから、
お母さんはどんなに治してあげたいとおもっていることか。
ましてや子供はそのつらさを言葉にすることができないので
泣いたり、わめいたりします。

もちろん様々な薬や治療法はありますが、
「すぐに劇的に治ってほしい」というお母さんの希望はなかなかかないません。

通訳をしていて、
お母さん自身の通訳よりも
お母さんが変わりに答える通訳のほうが難しいと感じます。
それはお母さんの感情が入るから。
だから一番難しい診療科はと聞かれたら小児科通訳だと答えます。

「すぐにきれいに治る方法はなかなかないようです。
ずっとつきあっていくことです。」
と通訳するのは難しいことです。

「うまく付き合っていくのですよ」
と、頭ではわかっていても、
この痒みや痛みと付き合っていく本人にとってみれば、
どうしていつまでこの苦しみと付き合わなければいけないのか
どうして自分だけと思うでしょう。

時々文化の違いといわれますが、
日本の医療の水準は世界でも指折りです。
だから外国人の中には治せない病気はないと信じている人もいます。

「あなたの国ですぐに直せるものならすぐにでも連れて帰れば」
という言葉がのどの途中まででることもあります。

日本の名医をもってしても治らない病気はあります。
時間のかかる病気もあります。

でも自分は我慢できても子供のことは我慢できない。
親心はわかります。
その狭間で通訳者はどうしてあげればいいのでしょうね。

ストレス解消!!

2010-01-22 00:00:00 | 通訳者のつぶやき
通訳者は自分の意見を語るのが下手かも知れないです。

常に誰かの言葉を正確に伝えることに重点をおいて考えているので、
置き換える言葉の数はたくさんもっているのだけれど、
自分の言葉で伝えるための言葉は閉じ込めて仕舞がちです。

私自身がそうでした。

通訳を始めた頃、
患者さんがなくなったり、重篤な病気で落ち込む人を前にして
自分自身に起こる症状がどういうものなのか
自分で自分の説明がつかずにいました。

本当に優れた通訳者なら
こういうときは平気で家に帰ればすっきり忘れて、
次の日にはめそめそせずに仕事に戻れるのでしょう。
でも、私は違いました。
患者さんが頭から離れなくて、
家で深夜までひたすらテレビゲームをしてくたびれて眠りました。
そして自分は通訳者に向いていないなと自己嫌悪に陥ります。
最初になくなった患者さんのことは3年くらいずっと忘れられませんでした。

他の通訳と話をして、
ベテランだったり、凄腕といわれる通訳さんたちでも
同じように落ち込むと知ったのは随分たってからです。
だから、これから始める人たちには悩まないで欲しいと思っています。

落ち込みが自分の未熟さだけからくるのではなく
職業上仕方のないことだと理解してからは、
上手にストレスを解消するように努めています。
そしてストレス解消も仕事を続けるための大切な作業だと
考えるようにしています。

先日、静岡県で他の通訳さんたちと話していたとき、
ストレス解消の話になって、
ある通訳さんが
「しんどい通訳の後には必ずちょっと高いコーヒーを飲む」
と言っていました。
自販機とかでなくて、スター○ックスや○リーズといった
コミュニティ通訳者にはちょっと贅沢なコーヒーです。
こういう決まりを作っているといいなと思いました。

私もいくつかストレス解消手段をもっています。
しんどい仕事が終わったときは忘れるために「白いご飯にちょっと高価なめんたいこ」
(1本500円くらいなので、3ヶ月に1回くらいですが)
患者が忘れられないときは頭を冷やすために何駅も歩きます。
家に帰っても忘れられないときはひたすら数字のゲームをして頭の中を白くします。

皆さんのストレス解消法も教えてくださいね。

医療通訳者が制度・福祉の知識をもつということ

2010-01-15 00:00:00 | 通訳者のつぶやき
医療通訳の講座をすると、
診察や医学関連の講座は人が集まるのに
福祉関連の講座にはなかなか集まらないのは
何故だろうと思います。

医療現場の方からは
支払いや退院後の支援などに困るという声が聞かれるのに、
医療通訳者が保険・福祉の最低限の知識がないと
誰が外国人のことを説明するのかな・・・と。

MEDINTでは医療通訳者の研修に意識的に制度・福祉の講座を入れています。
医療通訳は診察室の中の通訳だと限定されがちですが、
それは医者の立場であり、
患者の立場では診察室だけではなく
会計や薬まですべてが診療の中に入ります。
医療通訳者には外国人患者の診療のすべてを
理解しておく必要があると考えています。

一つ前の投稿で
shinさんがコメントしてくれているものが
とても的を得ていると思うので抜粋すると

「各職種が独立しているように思えますが、
実はすべての部門が細かくリンクして協働しています。
職業の完全分業化は各業務役割に存在しない業務が発生したときに、
対応できなくなる落とし穴が発生します。」

患者の立場から見れば支払いも福祉や制度の活用も同じ医療のうちなのです。
医療通訳者が制度や福祉にも興味を持つことは
患者を「全人的」に支援することに通じると思います。

あなたは医療通訳として
治療を支援しますか?
患者を支援しますか?

Rさんがやってきた

2010-01-08 00:00:00 | 通訳者のつぶやき
この季節になると、
少し遅れたサンタクロースのように
Rさんが南半球からやってきます。

初めてお会いしたのは2年前のびわ湖国際医療フォーラムでした。
オーストラリアですでに20年以上の医療通訳経験をもつRさんは、
私たちがまさに今悩んでいることや迷っていることを
すでに経験してきた人です。

それ以来、アドバイスをいただいたり
励ましをいただいたりしながら
おつきあいさせてもらっています。

日本のコミュニティ通訳の世界で、
私は先輩と呼べる人にあまりあったことがありません。
彼女は国は違っても経験の豊富さでは
私たちの先輩と呼べる貴重な人だと思います。

一時、通訳は「何も足さない、何も引かない」
「擁護廃止論」のようなことが議論されていたとき、
私自身は現場の通訳者としては議論そのものに違和感があり、
あまり議論に参加しませんでした。
この議論の中には医療通訳者の
本当の使命や哲学がかけていると感じていたからです。

プロの通訳者としてたくさんの場数を踏んでいるRさんは、
医師と患者のコミュニケーションがうまくいっていないと感じるときは、
医師へのアドバイスや時には指導(!)も行うとおっしゃっていました。

彼女はプロなので「お客さんはお金を払って診察を受けている」という
はっきりした視点を持っています。

日本では医療通訳のプロ化はまだまだ進んでいませんが、
私は「医療通訳者の使命は患者の回復」だと思っています。
(回復は治療の先にあり、こころのケアもふくんでいます)
そのための適切な擁護は当たり前のことだと思っています。
手を握ることで心拍数が下がるならいいと思うし、
患者が泣いているのをみて心が震えない人は医療通訳に向かないという考えです。
(もちろん、一緒に泣いて通訳ができなくなるのは論外ですが)

そうした私たちの考えをRさんはいつも後押ししてくれます。

日本の医療通訳の世界には、
経験や前例がまだまだ足りません。
海外から事例を持ってくるのではなく、
自分たちの頭と心で考えて築いていく規範が
日本の医療通訳の未来のために必要です。

これからもRさんがくるたびに、
たくさんのことを吸収して
また新しい力を蓄えていこうと思います。

PS:コメント欄は書き込みできるようになっています。
是非、コメントをお寄せください。
お返事が遅くなることもあるかもしれませんが
あらかじめご了承ください。
ちなみに、悪意の書き込みや趣旨に合わないものは、
こちらの判断で削除させていただきます。

それから何人くらいブログ見ているの?の質問にお答えして
アクセス分析を左側にのせることにしました。
以前は一日50人くらいだったのですが、最近は70人くらいでしょうか?
このような更新の遅い地味なブログにありがたいことです。

入れる言語、出す言語

2010-01-01 17:20:34 | 通訳者のつぶやき
2010年になりました。
今年もよろしくお願いします。

年齢を重ねるたびに1年の単位が短く感じるようになりました。
ここ数年は本当にあっという間で、
この間新しい年を迎えたばかりのように気がするのですが。

そこで防備録をかねて今年から5年日記を始めました。
1年前はどんなことをしてたかとか、
どんなことを考えていたとか、
それを5年くらいにまとめれば
少しはまとまったものになるかなと。

老化がはじまった?
いえいえ、いらないことは覚えていなくなっただけ
知恵がついたのだと思うようにしています。

ところでコミュニティ通訳や外国語相談の仕事をやっていて
私たちには当たり前のことが
社会では当たり前でないことって結構あります。
ここ数回で皆が知っていそうで知らない事柄を少し書いてみようと思います。

まずは入れる言語と出す言語のお話。
スペイン語に通訳・翻訳する場合と
日本語に通訳・翻訳する場合では、明らかに難しさが違います。

先日ある雑誌を読んでいて、
韓国語を日本語に直しているのですが、
たぶん、韓国人翻訳者が翻訳しているのでしょう、
間違っているというよりは微妙に変な日本語になっていました。
たとえば、
「日本総理大臣婦人」
「日本人観覧客5千人が雲集した東京ドーム」
「トークショーで宣布式の砲門を開いた」
間違えていないのですが、なんとなく違和感のある言葉。
たぶんネイティブでは感覚的に使わない言葉でしょう。

私は日本語ネイティブなので、
もちろん日本語を出す(アウトプット)ほうが得意です。
どれくらい違うかと言うと、
日本語を出すなら1のところを
スペイン語を出すなら10以上かかります。
自分のネイティブ言語でないスペイン語を出す場合は
本当にこの使い方でよいのかなどネイティブチェックも必要ですし、
つづりや発音も正しいかチェックしなければなりません。

ちょっと通訳(翻訳)してよといわれても、
その作業量は随分違うということを知っておいてもらいたいですね。

以前、バイリンガルの友人と話すとき(メールするとき)は
自分の言語を話して、相手の言語で聞くことを原則にすると
いったことがあります。
これは自分の伝えたいことはネイティブ言語で話したのほうが
伝わりやすいという意味です。