MEDINT(医療通訳研究会)便り

医療通訳の制度化を目指す医療通訳研究会(MEDINT)のコラム
~みんなで 医療通訳者を増やし、守り、育てよう!~

国に帰ったらどうですか

2004-08-23 15:23:28 | 通訳者のつぶやき
いつも無頓着に使っている言葉に少し耳を傾けてみてください。その言葉の中にはそのまま翻訳できない非言語のフレーズが多数含まれており、それらを解釈し言葉を選び、翻訳するのはやはり機械ではなく、同じ人間にしかできないと思いませんか。自動翻訳機が改良されつつあるなかで、決定版を作れないのは、実は通訳が人間ならではの仕事だからです。人の言葉には温度もあり、色もあり、そして感情もあります。そうした言葉の温度や色まで訳せる通訳はすばらしいと思います。

だから、医療従事者の方には、医療通訳を通じて外国人患者さんに話される時、翻訳されるから適当に伝えて後は通訳に説明してもらうという態度ではなく、患者さんにまっすぐ向き合ってお話ししてもらいたいと思います。優秀な通訳なら、医療従事者の話す言葉の色や温度まで伝えるからです。

たとえば、診察室で「国に帰ったらどうですか」と言われることがあります。たぶん、日本を長期間離れたことのない人には想像しづらいと思うのですが、この言葉を言われると、目の前で大きなシャッターがガラガラとおりていく場面が見えます。多くの場合、医療従事者の「国に帰ったらどうですか」は、そのまま「私はあなたを治療したくありません」という意味に感じとれてしまいます。もちろん、通訳者は「国に帰ったらどうですか」とそのまま訳します。でも、そういう非言語の感情が、幸か不幸か通訳を通して伝わってしまうのです。時には通訳に帰国を説得するように指示する医師もいます。

この言葉は一見患者さんをとても心配している言葉のように聞こえます。「家族や友人がいて、言葉も通じて、あなたにとって住み慣れた母国の方がリラックスして医療が受けられるでしょう。あなたのためを思って言っているんですよ。」と。もちろん、母国の医療技術が進んでいて、医療費が安く、受け入れ態勢が進んでいる場合はそのアドバイスも間違いではありません。また、病気の原因が現在の環境である場合は帰国自体が治療になる場合もあるので、ケースバイケースといえるでしょう。

しかし、中国帰国者やその家族、日本に出稼ぎに来ている日系人、帰る場所のない難民の人たちの場合、帰ることが出来ない、もしくは帰国しても日本よりよい医療を受けることの出来る保証がない場合が多いのです。患者さんが、帰りたくないと言ったとき。「帰らないと死にますよ。」「お母さんを殺す気ですか?」と言われると、脅迫にすら感じます。こんな時本当に通訳はつらいです。つらいですが、医師の言葉を訳さざるを得ません。医療現場で、医師がこの言葉を使うことの「重み」と「痛み」について、知っておいてほしいというのが私の切なる願いです。
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医療通訳者に期待されるもの

2004-08-14 15:22:29 | 通訳者のつぶやき
医療現場(保健所なども含む)で通訳を依頼される場合、クライアントが望む通訳には二つの種類があります。(1)高度な専門用語の通訳と(2)医療支援通訳です。

今、医療通訳を依頼される時、どちらの通訳が必要なのか、クライアント自身も明確になっていないことが多いように感じます。通訳依頼を受ける側としても、どちらの役割を期待されているのかによって、依頼を受けるかどうかを決めなければなりません。

また、通訳を依頼する医療現場だけでなく、患者や通訳者自身も混乱している可能性もあります。

本来、高度な専門用語の通訳とは、例えば、手術や輸血の話し合い、病状の告知、今後の治療方針の話し合いなど、診察室内での医師との会話をすべて完璧に通訳し、本人や家族に理解してもらい、スムーズな話し合いを助ける本来の通訳業務です。プロの通訳者が医療通訳をイメージするとき、この高度な専門用語の通訳を思い浮かべるでしょう。

しかし、現実は圧倒的に医療支援通訳のケースが多いのです。これは、外国人患者さんに付き添うことによって、精神的な不安を和らげるとともに、日本の習慣・制度などを熟知し、アドバイスもできる通訳者のことです。どちらかといえば、通訳の厳格さよりも通訳者の人柄が重視され、立場としては患者側に立ちます。既に医療通訳派遣などを行っているNGOやNPOはこの医療支援通訳からはじまって、実践の中で通訳のクオリティをあげていく団体がほとんどだと思います。ですので、この医療通訳支援を目的としたの通訳者研修は、医療そのものではなく、外国人患者さんとの接し方や異文化理解、日本の制度などの研修を中心に行われることが多いのです。

私は、今の日本にはどちらの通訳も必要だと思っています。慣れない人にとって、病院は異文化空間です。厳格な通訳だけでなく、時には外国人患者さんの友人の様に寄り添い、ケアの心を持って接することのできる通訳が必要な場面がでてくるのです。私自身もこちらの通訳スタンスに近いため、どうしても支援通訳の側面を否定することができません。

いずれにしても、どちらのスタンスで医療通訳を行うか通訳自身が明確にしておくことが、これから大切な作業になっていくと思います。

では、なぜ、医療通訳研究会では前者の専門医療通訳を目指しての研修を行っているのかについて、少し付け加えておきたいと思います。それは、ニューカマーといえども、爆発的に増えた80年~90年代に来日した人達は、すでに日本での生活が10年を超え、通常の医療現場での簡単な会話はこなせる人が増えてきています。ですので、医療通訳を依頼するからには専門医療通訳が必要なケースが多くなってきているにもかかわらず、それに対応できる人の数があまりにも少ないのです。医療通訳ボランティアには「私にはそんな難しい通訳はできません。予防接種や急を要しない検査などなら呼んで下さい。」と断られるケースが増えてきているからです。すべての医療通訳者が専門医療通訳を目指す必要はありません。ただ、訓練を積んだ医療通訳者の育成が急務なのです。


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医療通訳者のジェンダー

2004-08-04 15:10:45 | 通訳者のつぶやき
通訳者には女性が多いです。その理由として、女性はおしゃべりだから語学が得意とか、生活適応力があるから早く日本語を習得して通訳できるレベルまでになるという理由だけでなく、通訳という仕事が日本社会の中で職業としてまだまだ不安定であるということがあげられるでしょう。企業や会議通訳、もしくは語学教師として、ほぼフルタイムで仕事をしている人は別ですが、医療通訳の分野にいる人は、他の仕事と掛け持ちしているか、主婦や学生をしながら手伝っているという状況が多いと思います。いい悪いは別として、それも女性が多い原因ではないかなと感じています。

本来は通訳依頼の際、男性通訳にお願いしなければいけない、もしくは是非女性通訳でと言う場面はあまりないと思います。しかし、医療通訳の場合、患者と一緒に診察室に入ったり、患部を見たりしなければいけない場面がでてくるので少し様子が違ってきます。男性が産婦人科の通訳をするのが難しいように、女性が泌尿器科の通訳をするのはやはり本音を言うとちょっと恥ずかしいです。医療従事者はジェンダーに関係なく患者を診察したり、ケアしたりしています。だから、医療通訳者が「女性だから・・」と言って断るのはおかしいのですが、私を含めて、そうした訓練が出来ていない場合が多いとも言えますし、患者自身ができれば女性(男性)をとリクエストしてくるケースが多いのです。

まだ、私がうら若き乙女(?)だった頃、ヘルニアの男性患者さんの通訳に同行したことがありました。当たり前のことですが、診察室でお尻を出されて…困りました。でも、私以上に彼の方が戸惑ったかも知れません。しかし、「ここが・・」とか実際にさわりながら説明する医師の横で、まったく患部を見ずに説明するのも不自然なような気がして。それに恥ずかしがるのも逆に想像しすぎだと思われたり…さぞや複雑な表情で通訳をしていたと思います。もちろん今では男性のお尻を見たくらいでは、なんとも思いませんが。

そういえば、ある病院で通訳者に女性しかいなくて、男性患者さんの通訳はどうしてるんですかと質問した方がいました。「大丈夫です、通訳はみんなおばさんですから」と言われ、ちょっとそれは失礼じゃないですかと思った覚えがあります。恥ずかしさにも個人差があるんですよ。
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