MEDINT(医療通訳研究会)便り

医療通訳の制度化を目指す医療通訳研究会(MEDINT)のコラム
~みんなで 医療通訳者を増やし、守り、育てよう!~

外国人医療費の未収と未払い

2015-12-28 00:00:00 | 通訳者のつぶやき
外国人医療といつもセットに出てくる「医療費の未収と未払い」の問題。
日本に住んでいる外国人医療を支援している立場から、
「ちょっと違うな」と感じることが多いので、
今日はそのことを少し書きたいと思います。

国民健康保険や社会保険の健康保険に加入できる人(*1)が
未払いになるケースは大きく分けて次の3つかなと思います。
あくまでも私の個人的な印象ということで読んでください。

1:患者が日本の医療制度、社会保障制度を知らない
医療者が在住外国人が日本の医療制度や社会補償制度を使えることを知らない

高額療養費や限度額認定などの制度を知らず、
それが自分に適応されると知らなくて、
とにかく高額になることを恐れて受診をしない人がいます。

たとえば医療費と支払額がごっちゃになっていて、
こんなの払えない!と思い込んでしまう人もいます。
まずはMSWや外国人支援団体に相談してくれればいいのですが、
怖くて払えないと思い込んでしまうこともあります。

日本人も同じですね。

また、最近は少なくなりましたが、
外国人イコール「保険がない」と病院側が思い込んでいたり、
外国人イコール「保険に入れない」と思い込んでいると
適切なアドバイスができないことがあります。

中長期に合法に滞在している在日外国人の人たちは
公的保険の加入することができます。
入っていなければ日本人と同じように
遡って保険料を納めて遡及します。
別表2の在留資格の方は生活保護の医療扶助も準用されます。

未払いだと諦める前に相談をしてください。
何らかの手立てがあることが多いのです。

2:事前に治療費の目安が示されていない。

また、医療費は前交渉という習慣の国も少なくないので、
「こんなに高いの聞いていない!」
「あの検査は無駄だったんじゃないか」という苦情がでることがあります。
これは外国人診療になれている病院であれば
最初に電卓片手に医療費の交渉を行ってから検査や治療をすれば
ある程度の誤解は防ぐことができます。

金融広報中央委員会によると日本の3割の世帯が貯金ゼロというご時世。
外国人の中にも自転車操業の世帯が少なくありません。
中にはクレジットカードを使って
支払いを翌月に延ばす世帯もあります。
日本人だって同じですよね
その場合、クレジットカードが使えれば
取りあえずリボ払いでも分割でも支払いは後でもOKなのですが、
急な医療費に使える現金がないこともあります。
病院がクレジット払いになってくれれば
医療費については、あとで考えることができるので助かるなと思います。
(医療費がなくなるわけではなく、根本的な問題は残るのですが、)

3:この病院には二度と来たくないと思う

「患者さまは外国人」のなかに
でてきたエピソード。
この漫画にでてくる病院(実在します)は保険診療をしていなくて、
全額自費になるのですが、それも了解の上で
ドクターを頼って多くの外国人がやってきます。

ある日、ブラジル人が治療費が高すぎるから払わないといって
受付の人と押し問答になりました。
そこで奥からドクターが出てきて
「わかった。今日はいらない。だけど、二度とこの病院にこないでほしい」
と、言い放ったのです。
その瞬間に患者は二度とこれないのは困るからとすぐ支払いました。
お金がないわけではなかったのでした。

ある病院で医療通訳を置いたら未収が減ったというデータがありました。
もちろん、医療を受けるにあたっての説明がきちんとなされて
治療費も納得の上で治療が受けられたというのもあるかもしれませんが、
その中にまたこの病院に来たいから、
医療通訳を使える病院は自分にとって大切だから
絶対払わなければという損得勘定もちょっとだけ混じっているように感じます。

日本に住んでいる
ほとんどの外国人患者さんは踏み倒そうとは思っていません。
自分にとっては大切な病院ならなおさらです。
ただし、手持ちがないから、制度を使ったり、分割で支払ったり
という工夫が必要なのです。

私が社会福祉士の国家資格をとったのは、
お金のせいで、医療を受けられない外国人患者が多いから。
社会保障制度に適切に結びつかなくて治療を回避して我慢している人が
少なくないという現実を知ってほしいと思います。

一定数の未収が出てくることは日本人でも同じです。
医療通訳を置くことは
少なくとも在日外国人医療においては未収を増やすのではなく、
未収を減らすものなのだと思うのですが、皆さんはいかがですか?


逆に、最近地方でも増えている「訪日外国人」の未払い問題については
制度的になんらかの工夫が必要なのではないかと思います。
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トリックルダウン幻想

2015-12-15 00:00:00 | 通訳者のつぶやき
12月11日に東京で開催された
大阪大学国際医療シンポジウムGo Global!!7に参加してしました。

様々な取り組みが紹介されて
とても興味深いシンポジウムでしたが
驚いたのは参加者の多くが企業関係の方だったこと。

アウトバウンドについては別の視点ですが、
インバウンドについて、
「医療と健康はビジネスチャンス」ととらえる人たちが多くて
逆に驚きました。

外国人医療支援は、
外国人の医療を受ける権利を守ることと
言語、文化、制度の壁を越えてきちんとした治療を受けられるように
医療者も通訳者もボランティアベースで動いてきました。

それが突然「ビジネスチャンス」といわれても違和感があります。

私は医療者はビジネスだと思って働いていないと思っています。
医療通訳者も患者が第一だと思っています。
これはきれいごとではなく、そういう思いがなければ
医療現場は耐えられないと思うからです。

「ビジネスチャンス」の枠組みで医療通訳が議論されれば、
メディカルツーリズムの患者や富裕層の患者を対象とするか
訪日外国人への日本アピールの材料として使うかになってきます。

そうなれば在日外国人医療における
医療通訳は放置されてしまう懸念があります。

何度も言いますが、
私は医療通訳をビジネスの枠で考えてはいけないと思います。
メディカルツーリズムだけを考える人たちが
在日外国人の医療に目を向けてくれる可能性は薄い。
医療通訳においてはトリックルダウンセオリーは幻想です。

(詳しくは Mネット2015年4月号の拙著「外国人医療における医療通訳のあり方について」をご覧ください)

あくまでも、
日本に暮らす外国人の医療を軸に
その知見をメディカルツーリズム患者や訪日外国人の医療に生かしていくという
構図でなければいけないと思います。

対立を望んでいるわけではありません。
ただ、毅然と医療通訳の役割は何であるのかを考えていなければ
医療通訳者は医療者に尊敬され、一緒に働くものとしてはみてもらえません。

これから医療通訳を議論していくにあたって
その見ている場所に患者がいるかどうかが見分ける鍵になると思っています。


話は変わりますが、私の携帯待ちうけ画面は「太陽の塔」です。
以下は、岡本太郎さんの大好きな言葉


思想はほとんどの場合、社会の情勢とは悲劇的に対立する。
しかし、その対決で世界は充実していく。
それが“思想”なんだよ。
ほんものの思想だったら、情況はどうあれ、
そんなにかんたんにコロコロと変わるものではないはずなんだ。

「強く生きる言葉」 岡本太郎 イーストプレス
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本棚

2015-12-08 00:00:00 | 通訳者のつぶやき
寒くなりましたね。
毎朝起きるのが少しつらくなってきました。

最近、知人の本棚の整理をお手伝いしました。

本棚を見ると
その人の興味関心や考え方がわかります。
その方の本棚は
「医学スペイン語」と「家族・ジェンダー」が
主なテーマになっていて、私と少し似ています。

「医学スペイン語」関連は愛知県立大学に
「家族・ジェンダー」関連は神戸大学に寄贈が決まりました。

プロ通訳者として働いていた知人の
お仕事の様子が目に浮かぶようです。

社会福祉士のワークの中で
高齢の方が子どもから本を捨てるように言われて
悩んでいるといるものがありました。
その方にとっては一生かけて集めてきた本です。
自分の世界が詰まっている。
それを元気なうちに手放すのはとてもつらいだろうと思います。
だから、捨てる必要はないという結論に至りました。

もし死んだら、その遺志を継ぐ人がいれば幸福だけど
でなくても、最近はネットで古本を売ったり、買ったりするシステムがあり、
本は必要とする人のところに届くかもしれません。

本棚と向き合うことはその人と向き合うことなのだと痛感しました。
私にとってもとてもいいお手伝いと勉強をさせていただけました。

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今週金曜日
大阪大学国際医療センター主催のシンポジウムが
東京で開催されます。
詳細は こちら

医療通訳そのもののシンポジウムではありませんが、
今後の国際医療、行政や大学等の取り組みについて
話し合われるようなので、
私も参加しようと思っています。

寒さの折、皆さんもご自愛ください。









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11月巡業 その2

2015-12-01 00:00:00 | 通訳者のつぶやき
医療通訳の話題からはずれてすみません。

11月17日(火)は横浜のパシフィコ横浜で
「青年海外協力隊発足50周年記念式典」が開催されました。

先月の理事長表彰を受けて
当日、天皇皇后両陛下と懇談するメンバーに入れてもらえたので、
式典後、24人の懇談組の一人として参加するために出席しました。

式典は、平日にもかかわらずパシフィコ横浜がほぼ満席になるくらい
さすがに50年にわたる事業なので「老若男女」様々な人が参加していました。
考えれば、昭和40年に第1陣が出発してから、
その時に生まれた子どもが50歳になるくらい長い年月、続いてきた活動なので、
協力隊結婚や親子2代協力隊(もしくはシニア)もでてもおかしくはありません。
30歳で出発した人は80歳になるわけで、年月の流れを感じます。

私は昭和63年出発なので、
全体ではちょうど真ん中くらいの世代です。
それでも自己紹介で「昭和・・・」というと若い人たちに
「えっ」と小さく驚かれるようになりました。

当時、訓練所は東京の広尾の一等地、
18人部屋で、部屋の中は中国語、フランス語、スペイン語と様々な言語が飛び交います。
24歳で参加した私はお姉さまたちの「ぱしり」をやっていました。
学生のまま参加したので、
同期隊員の皆さんがとても輝いてみえたことを覚えています。

両陛下との懇談では
直接お話することができました。
協力隊出発前にもお会いしたのですが、
当時は若く舞い上がっていましたが
お話の内容はしっかり覚えています。
それから25年、再びお会いできる機会をいただけて、
これからもがんばろうと思いました。

外国人支援、医療通訳、国際看護の世界では、
青年海外協力隊のOVに高い確立で遭遇します。
隊次、国、職種を自己紹介するたけで、
すぐに用件を始めることができます。

青年海外協力隊も50年になり
日本社会への貢献が期待されています。

その一助になれればと強く思います。






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