MEDINT(医療通訳研究会)便り

医療通訳の制度化を目指す医療通訳研究会(MEDINT)のコラム
~みんなで 医療通訳者を増やし、守り、育てよう!~

仕事をつくる

2014-01-23 00:00:00 | 通訳者のつぶやき
あるNPOのAさんとお話していて、
今、社会にない仕事やしくみは、
自分たちで作らなければいけないねという話になりました。

社会福祉士の倫理綱領の中に次のような一文があります。

3)社会に対する倫理責任

(社会への働きかけ)社会福祉士は、社会に見られる不正義の改善と利用者の問題解決のため、
利用者や他の専門職等と連帯し、効果的な方法により社会に働きかける

仕事や活動をしていると、
普通に暮らしているのとは違う社会の問題点や改善点に気づきます。

通常は、当事者から声があがるほうがいいのですが、
当事者が声をあげにくい時は、問題が見えている人が声をあげるべきだと思います。

医療通訳の当事者は患者と医療機関です。
でも、医療通訳に関しては、困難な環境で通訳支援をしているということでは
医療通訳者も直接利益を享受するわけではないけれど当事者になると考えます。
医療通訳環境が整えば、心おきなく医療通訳ができるわけですから。

ほとんどの方は、医療通訳が制度化されて、報酬が出るようになれば
参加するので、それまでは見守っていますと言われます。
でも、制度化に向けて、多くの人が声を上げていかなければ
大きな声になっていかないのです。
そのためにシンポジウムをやったり、行政に働きかけたり、
医療現場で医療通訳者がいかに有用かを実感してもらったり、
小さい力だけれど、たくさんの小さな力を積み重ねるしかないのだと思います。
見守るだけでは社会は変わらない。

今必要なのは新しい力、未来を作る若い判断力です。
医療通訳は正念場に来ている気がします。
小さな力の積み重ねが、大きな力になっていくことを信じています。
仕事はあるのではなく、作るものなのです。




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法廷通訳人研修

2014-01-20 00:00:00 | 通訳者のつぶやき
1月7日に開催された神戸地方裁判所の法廷通訳人研修に参加しました。

私は医療と行政の通訳はやっていますが、
日常業務の中での司法通訳は、弁護士との相談や接見以外はあまりやる機会がありません。
ですので、勉強になるかなあというとてもあやふやな動機で10年くらい前に登録したのですが、
立て続けに何回かやる中で、やっぱり自分に向いていないと気づき、
それから5年くらいはお電話をいただいても法廷通訳を受けることがありませんでした。

もちろん、法廷通訳は被疑者やその関係者と知り合いだったりすると受けることができません。
また、相談などですでに関わった通訳案件であれば、申告しなければなりません。
それと同時に、通訳者の倫理として、自分の通訳レベルは自分が知っているので
力不足であると感じる場合もお断りしなければいけないのです。

今回の研修は、法廷にあまり立っていない、実務経験の少ない私のような通訳者を対象に
もう一度法廷の感覚を取り戻してもらうための研修でした。

もちろん、お断りすることもできたのです。
でも、好奇心の方が強く「行きます!」と言ってしまったのが、昨年11月の末。
1ヶ月前には資料が送られ、前日には地裁から電話までかかってきて、その時はもう逃げられませんでした。
近藤正臣先生が、13日の神戸女学院の講演会で
通訳者の条件に「仮病を使わない」をあげていらっしゃいましたが、その気持ちがとてもわかります。

結果的には、少人数で模擬法廷をやったので、
何度も順番が回ってきて、ずっと集中して通訳をしなければいけなかったので、
久しぶりの緊張感とドキドキ感を体験しました。
そして、やはり何度やっても法廷というところの独特の緊張感は別格だとも思いました。

また、医療通訳との大きな違いは、
司法通訳の場合、時間表現がとても厳格だということです。
もちろん、医療通訳の際にも、症状がいつから出て、どんな薬を飲んでという時間の流れはありますが、
司法の場合は、その順序や経過がとても重要なので、現在・過去・未来だけでなく
そのあいだの時間も訳していかなければならずとても難しかったです。

帰りがけに他の通訳者の人達と、
法廷通訳って、すごい準備と緊張感と責任とあって割にあわない仕事だよねということで一致しましたが、
考えてみれば、それは医療通訳も同じこと。
じゃ、なんでやっているのと言われたら、良い意味で使命感だし、
本音をいえば乗りかかった船としか言い様がないけれど、
世の中、楽でストレスのたまらない仕事なんてないんだよなあと思いつつ、
生きていくために、法廷通訳も勉強しなくちゃと思った一日でした。


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患者との距離の取り方

2014-01-13 00:00:00 | 通訳者のつぶやき
皆さん、お正月休みはどう過ごされましたか?
医療職やサービス業の方、神社を経営されている方(読者にいるのかな?)はお忙しかったと思います。

私は今年は受験勉強もなく、のんびりしたお正月を過ごしました。
近所のツタヤのセールで漫画を30冊レンタルして、ひたすら読むという
前からやってみたかった自堕落な過ごし方をしておりました。

また、親が全員後期高齢者になったので、
「今年から正月はなし」宣言があり、
一方は年末の墓参りと墓掃除、
もう一方は病院で爪切り・散髪をして過ごしました。

お正月に読んだ1冊
「統合失調症がやってきた」 松本ハウス イースト・プレス刊

何度かブログにも書いたことがありますが、
精神疾患について、通訳者が憶測や先入観を持つことが危険であることや、
これが本人の努力とか考え方の問題でなく病気であることを理解すること、
まず、知識として精神疾患を知っていなければ、通訳するのは難しいとおもうのです。
また、同時に知識だけではダメだとも思います。

そんな時、難しい専門書よりも、患者さんの書いたものは具体的で参考になります。
統合失調症についても、それぞれ固有の症状があり、一様ではないということを知るために、
こうした患者の体験談はとても参考になります。
特に、この松本ハウスさんの本のなかの
子どもの頃に出た症状を描写した部分と、
相方キックさんのハウスさんに接する態度はとても参考になります。
漫才の相方を戦友と書いていますが、友達を思う上での距離感が抜群です。

患者さんの立場から書かれたものを読むときに、
一番気になるのは、支援者としてどうすれば患者に一番いいのかという視点です。
言ってはいけない言葉、やってはいけないこと、
逆に、こういう言葉が患者のためになる、こういうことをすれば患者にとってよいということは
個人差はあるとは思いますが、とても勉強になります。

また、テレビドラマはあまり見ないのですが、
今季は三浦春馬さん主演の「僕のいた時間」が放送されています。
主人公はALSの患者です。
周りのサポートだけでなく、病気の経緯、患者の思いなどが時間を追って描かれていくと思います。
興味深く見ていきたいと思っています。

来月のMEDINTの医療講座のテーマは「患者との距離の取り方」です。
支援者として患者とどう距離をとれないいかについて講師から伺うことになっています。
日頃、通訳業務の中で悩みを抱えている方、是非ご参加ください。
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「国際看護学」

2014-01-06 00:00:00 | 通訳者のつぶやき
皆様、今年もよろしくお願いします。

新年はじめてのブログが「宣伝」というのもどうかと思うのですが
昨年12月に中山書店から「国際看護学~グローバル・ナーシングに向けての展開」が出版されました。
専門外の私も33人の執筆者の一人として、
「日本で経験する医療文化の違いをサポートする」のページを書かせてもらいました。

2008年から神戸市看護大学の「国境を越える健康支援」という講義の中で
年に1回、在住外国人患者支援の話をさせてもらっています。
支援者として患者側に立った時に
看護師さんにこうして欲しいなとか、こう考えて欲しいなと思うことを話しているのですが、
今回はその一部をまとめさせてもらいました。

例えば、このブログで何度も書いている「優しい日本語」についてとか
「外国人患者は特別な存在ではない」という認識について書かせてもらいました。

「国際看護」が近年、看護の授業の中に組み込まれるようになってから、
「国際」はそと(海外)なるものだけでなく、うち(国内)にもあることが
徐々に認識されるようになってきたと感じます。

私自身、若い時は国際協力は海外に出てこそのものだと思っていましたが、
最近では、国内でも国際を考える事例がたくさんあることを実感しています。
逆に、身近な国内だからこそ、見えないことや気づかないことがあるような気がします。

身近な国際看護を実践してくれる看護職の方々が
増えてくれればとても嬉しいと思っています。

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