MEDINT(医療通訳研究会)便り

医療通訳の制度化を目指す医療通訳研究会(MEDINT)のコラム
~みんなで 医療通訳者を増やし、守り、育てよう!~

医療通訳の「基礎レベル」について

2016-02-29 00:00:00 | 通訳者のつぶやき
先日の医療通訳研修会で、
医療通訳の認証における区分のお話をした際に
具体的なレベルについての質問を受けました。

ここに、私が考える基礎レベルについて書いておきたいと思います。

あくまでも村松の現在時点のイメージであるとご理解ください。


医療通訳士基礎レベル(村松私案 2016.2.29 現在)

「予想のつく内容」の母語での通訳・案内
ある程度日本語のできる外国人患者のアテンド
やさしい日本語や日本語の読み書きの手伝いなど

たとえば・・・・
病院案内
問診票記入手伝い
会計・薬局つきそい(通常ケース)
療養病床
健康診断
4か月検診や3歳児検診(ハイリスクは除く)
予防接種
新生児訪問(ハイリスクは除く)
健康相談

イメージとしては
クリニックレベル(1次医療機関*)での通訳
保健所での通常通訳
健康診断など

*一次医療機関とは
健康管理、予防、一般的な疾病や外傷等に対処して、
住民の日常生活に密着した医療・保健・福祉サービスを提供する機関
開業医などの診療所が主で、一般的な外来、初期医療はここで なされます。
予防接種、健康診断や健康相談などもできます。


こうした通訳業務は「簡単」なものという位置付けてはなく、
より広く必要であり、難しい医療通訳士レベルの扱う通訳との分業が必要だと考えます。


コメント

感情の持続

2016-02-18 00:00:00 | 通訳者のつぶやき
「どうして、この人を助けてくれないの?」

ずっとこの声を聞いてきました。
医療通訳が探せない現状は、
じわじわ変わってきてはいるけれど
制度ができて、誰でもいつでもが実現しているわけではありません。

そういうことを言う人は、外国人を気の毒だと思っている人。
もちろん、よい人です。
他者を思いやって怒ってくれることはすばらしいことです。

でもそのあと、その怒りの気持ちが継続する人は10人に1人もいないかもしない。
たいていの人は、その場を離れ、家に帰り、
おいしいお酒を飲んだら忘れてしまう。

医者が悪い。

病院が悪い。

ぐずぐずしている支援団体が悪い。

患者だけがかわいそう。

そこまでは、誰でも言えます。
で、「私」はこの状況を変えるために何をするのか、
そこを一緒に考えて欲しいのです。

その人の前から困った人がいなくなっても
問題が解決したわけではありません。
あなたの友人以外にも困っている人はいます。

MEIDNTをはじめたとき、
通訳をしているある人にインタビューをしました。
その人からとても「静かな怒り」を感じました。
その人は通訳者として今でもずっと支援を続けています。
その人は怒りを心の奥に隠していつもニコニコしています。
この人の姿は支援者としての私のお手本です。

なんで、医療現場に医療通訳がいないのか。
いつでも使えるシステムがないのか。
その疑問を感じて、怒りを感じた感情を
明日忘れないでください。
ずっと忘れないで下さい。


ちなみに、誤解のないように書いておくと、
これらの言葉は「誰か」への言葉ではなく、
最近、いろんなことに諦め気味の「私」への喝です。







コメント

周産期の通訳は特別か

2016-02-04 00:00:00 | 通訳者のつぶやき
精神や感染症といった公権力にかかる通訳は難しいというお話をしました。

だから一般の医療通訳と少し違う通訳技術や知識を使うということで
「専門科目」として考えるのはどうかなと思っています。

以前、精神科の通訳をされている通訳者の方に
「精神科の通訳は一般診療の通訳とは違います!」と言われ、
診察の後に、通訳者と医師のセッションがあるとか、
通訳の仕方についても苦労の多いことを聞きました。

30日のFacilの尼崎で開催されたシンポジウムで
医療通訳の認証について個人的な意見を話す機会がありました。
そこで、認証には一般のものと中級と上級とかあれば
勉強するモチベーションがあがるという話と共に
一般医療通訳とは少し違うものについては、
認証○○とか認定○○のように看護師みたいに特別なトレーニングをして
プラス特別な診療科については別認証をするといいのではないかという意見を述べました。

実は、前の晩まで
その例題として3つくらいあげてみようと思ったので
これを「精神」「感染症」「緩和ケア」と考えていたのですが
直前になって「緩和ケア」を「助産」に変えました。

案の定、会場からそこを質問されました。
助産を別にしているのは、
私自身、周産期の場面での通訳依頼が一番多いことと
「看護師」と「助産師」の役割が違うこと、
患者との距離感が病気とは少し違うことなどを述べ、
Facilの方からも使う制度の違いなどについて指摘がありました。

しかし、そのあと質問者から
「助産の場面は、日常生活の延長なので、なぜ特別なのかと思いました」といわれ
「あ、それが答えだよ」と思いました。

日常に近ければ近いほど、
医療通訳に文化が介入してきます。
言葉についても、「インフルエンザ」や「MRI」なんかは
知っているか知らないかは別として、
外国人でも自分の国でも基本的には同じものです。

治療の仕方や方針については少し違うかもしれませんが、
日本のインフルエンザだけが特別なわけではなく、
ましてやインフルエンザが国によって違うとは思えません。

ただし、インフルエンザに関する考え方が国によって違うという事例は
「実践医療通訳」の中の小笠原理恵先生の章での指摘があります。
目からうろこですので是非ご一読ください!

つまり、日常に近いほど文化が介入してきます。
ましてや出産は本当に国によって考え方が違います。
母体の保護について、体重制限や食べるものについても違うし、
産み方も違うし、子供の予防接種に関する考え方も違う。
つまり、使う言葉は日常の言葉なので、外来語も入ってきていないし、
その人の育ってきた文化がそのまま反映されます。

先日、ある周産期を扱う病院でスタッフ対象の研修会をしたのですが、
外国人当事者の方が、「出産は半分生きてて、半分死んでいるみたいな状態」と
表現していて、出産は病気ではないけれど
本人にとっては命がけなのだということを再認識しました。

そんなこんなで、子供が生まれる場面というのは
医療通訳の立ち位置が少し違うよなあと感じます。

「看護師」と「助産師」が違うようなものかもしれません。

ということで「周産期」場面は医療通訳者にとっても
特別な通訳であることは間違いありません。

もし、私が通訳場面を選べるのだったら
是非、「周産期」の通訳を選びたいですね。
だって「おめでとう!」と言える医療通訳だから。


コメント