MEDINT(医療通訳研究会)便り+

医療通訳だけでなく、広く在住外国人のコミュニケーション支援について考えていきます。

見落とされたSOS

2004-06-23 14:52:43 | 通訳者のつぶやき
来年の1月で阪神淡路大震災から10年になります。被災地では今でもその過ぎた時間の感覚がつかめず戸惑いを感じることがあります。

私がスペイン語通訳をはじめて2年目の年に震災は起こりました。震災の年は、義捐金の申請からはじまり、避難所から仮設住宅への転居、福祉資金の貸付、様々な手当への申請など、本当にたくさんの手続があり、相談窓口は毎日ごったがえしていました。

医療に関する通訳もかなり多かったことを覚えています。当時、居住環境の悪化により体の不調を訴える方々がたくさんいました。なかには原因のわからない体調不良で、内科医でも耳鼻咽喉科も産婦人科でも、どうすることもできない人たちがいたことを覚えています。

今、考えると、その人達は震災のストレスで心を病んでいたのだと思います。

幻聴に悩まされる人のケースでは、本当に震災時に機械が倒れてきたので、聴覚の機能の問題だと思っていたのです。しかし、耳鼻咽喉科で診察してもらっても原因はわかりませんでした。結局「ずっと、その雑音とつきあっていくしかない」と我慢しました。後で知ったことですが、彼は慣れない仮設住宅での隣人関係に悩んでいました。

また、他の女性のケースでは、どんな検査をしても体の不調の原因がわかりませんでした。本人は「ビタミン剤でもなんでもいい。少しでも楽になる薬が欲しい」と切実に医師に訴えました。しかし、内科が専門の医師には原因がわからないのに薬を出すわけにはいかないと言われました。

もし、その時私が阿部先生(第3回の心療内科・精神科の講師)のお話を聞いていたら、心療内科に行ってみましょうかと声を掛けられたかと思います。「精神科」というと驚く人もいるのですが、眠ること、落ちつくことが必要な人には、楽になれるかも知れないと伝えることが出来たのにと思います。生き残った人も、震災で大きなショックを受けて、それでも他の被災者に比べると何とか自分も家族も生き延びることが出来てとても弱音を吐けるような状況ではないと感じながら暮らしていた時期です。疲れも出たでしょうし、眠れないことや心労もあったと思います。心の感受性は様々なので、人によっては、小さな事でも体に変調をきたしてしまったのでしょう。どんな人にとっても阪神淡路大震災は、大変なショックとストレスでした。ましてや言葉が十分でない、地震を経験したことのない国の外国人には本当に怖かったと思います。

彼らが発していた、身体と心のSOSをキャッチするのは、医療通訳の仕事ではありません。しかし、医療通訳が知っていることが、時には外国人患者のための良い情報になることも事実なのです。
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長い夜

2004-06-18 11:55:05 | 通訳者のつぶやき
月曜日の朝、事務所につくとすぐに電話がなりました。

兵庫県から遠く離れた外国人の少ない地域の救急病院からです。 息子が金曜日の夜に突然倒れて意識不明になり病院にいる。医師に伝えたいことがあるので通訳して欲しいという依頼でした。 すぐにスペイン語の「以前、母国で脳を損傷する事故に遭ったことがある。その際に医師から今後後遺症が出る可能性があるといわれている。」という情報を日本語で伝えました。

救急患者は、もう意識不明なので、患者本人から聞くこともないため通訳はいらないと言われる方もいらっしゃいます。確かに、何処が痛いとか、吐き気があるかなどのインタビューを患者さん本人にするのは不可能な状況下では、検査値やCTなどで判断するしかないために、通訳は必要ないかも知れません。

しかし、罹患歴や事故歴、アレルギーや薬に対しての感受性などの患者の家族からの情報は、診断のための大切なデータになると思います。 このご家族は、息子さんの意識不明が、その事故に起因しており、以前から医師に言われていたことを一刻も早く日本のお医者さんに伝えたかったことと思います。でも、すぐに通訳が捜せなくて、月曜の朝にやっと電話が通じたのだと思うと、その間医師に伝えたくても伝えられないもどかしさはいかばかりだっただろうと、切なくなります。 その後連絡がないので、息子さんの意識が回復したかどうかはわかりません。でも、いつでも通訳を介して言いたいことを伝えられる環境が必要だと思った事例でした。
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「おめでとう」の気持ち

2004-06-08 11:54:19 | 通訳者のつぶやき
極端に言えば医療通訳の現場には、病気が治るか治らないかの2つしかありません。

でも、病気が治るということは、もとの身体、もとの生活に戻るというだけのことだし、病気が治らなければ長い闘病生活が続き、死に至ることもあります。

感動する瞬間やうれしくて感激することは少なく、どちらかというと悲しいことのほうが多いといえます。人は苦しい時の方が、より母国語での援助が必要なのだと思います。

ですから、医療通訳の中で、唯一うれしい瞬間といえば、子供が生まれることでしょう。

通常分娩の場合は、全く日本語を話せない人以外は、通訳は必要ありません。しかし、出産に関してご両親に特別な希望があったり、生まれてくる子供さんに問題があったりする場合は、通訳を通じて医師とご両親とがきちんと話をする必要があります。また、文化の違いで、日本での出産に恐怖心を持つ方がいれば、言葉の面からもサポートすることも必要です。

中には、生まれてからが大変だなと思える子供さんもいます。在留資格の問題や経済的に余裕がない、家族関係に問題があるなどの困難が予想される場合は、手放しで喜んでばかりもいられないこともあるかもしれません。でも、子供さんが生まれた時には、どんな状況であっても、「おめでとう」の言葉と気持ちを伝えたいなと思います。
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ジレンマ

2004-06-04 11:53:31 | 通訳者のつぶやき
ある日曜日、古い友人から電話がかかってきました。

「うちの病院に○○語しか話せない外国人が交通事故でかつぎ込まれてきた。日本語も英語もできなくて困っている。だれか通訳を紹介して欲しい。」

○○語は日本ではあまり使われていない言葉です。ある知人の顔が浮かびましたが、同時にこの通訳を引き受けるとどうなるかについて思いを巡らせました。

病気の通訳と違って、事故の通訳は診察通訳だけではすまないことがよくあります。これは、交通事故だけでなく、労災事故や犯罪被害者のケースでも同じです。通訳ははじめ医師の通訳だけをするためと依頼されて病院へ行きます。しかし、少数言語で他に頼るべき人のいない患者さんであればあるほど、全ての場面で通訳が介在しなければならなくなります。例えば、治療費や保険の示談交渉、会社への連絡や入院の保証人捜し、本国家族との連絡や各種証明書の翻訳まで頼まれることもあります。

こんな時、病院にメディカル・ソーシャル・ワーカー(MSW)の方がいらして、外部との窓口になって下されば、通訳も安心していけるのになあと、いつも思うのです。MSWは全ての病院に配属されているわけではないのですが、大きな病院にはたいていいらっしゃる福祉制度のプロであり、様々な相談にのって下さる方です。MSWの方が、制度や交渉などをやって下さり、私たちは通訳だけに専念できるのであれば、安心して通訳の依頼を受けることができるのです。

結局、私はその時、知人に通訳をお願いするのはやめました。

この場合、一番困るのは患者さんだとはわかっていても、一度通訳をして期待をされてしまい、それに答えられなくなる時の事を考えると、怖いなと思うのです。

皆さんならどうしますか。

 
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