阪神大震災の外国人相談で一番しんどかったのは、
疲れの出る3か月~3年くらいの間でした。
被災直後はみんなが助け合います。
アドレナリンもたくさん出て頑張れます。
外国人も日本人も。
でも、周りがどんどん立ち上がっていく中で立ち上がれない人は大変です。
外国人が義捐金をもらうのも貸し付けを受けるのも、
仮設住宅や復興住宅に申し込むのも日本語情報との戦いでした。
今回はインターネットやツイッターの普及で情報は驚くほどたくさんありますが、
こうした情報にアクセスできない人たちは阪神大震災の時以上に取り残されるかもしれません。
行政からのお知らせが難しいと言って、
国際交流協会が出していたやさしい日本語の情報紙を持って帰る
日本人の人も少なくなかったことを思い出しました。
外国人にやさしい情報は日本人にも優しいのだと知りました。
そして医療通訳者は長い目で被災者に寄り添えるように。
患者の不定愁訴や心因性の病気の訴えもちゃんと訳せるように。
被災者のつらかった話に耳を傾けられるように。
情報の届けにくい人たちに伝えるのは
もしかしたら私たちの得意分野かもしれません。
それぞれのできることをやれればいいと思います。
ブログを読んでいらっしゃる皆さんには、
被災地のことをいつも思いながら
ご自分の仕事と支援を全うしていただければと思います。
疲れの出る3か月~3年くらいの間でした。
被災直後はみんなが助け合います。
アドレナリンもたくさん出て頑張れます。
外国人も日本人も。
でも、周りがどんどん立ち上がっていく中で立ち上がれない人は大変です。
外国人が義捐金をもらうのも貸し付けを受けるのも、
仮設住宅や復興住宅に申し込むのも日本語情報との戦いでした。
今回はインターネットやツイッターの普及で情報は驚くほどたくさんありますが、
こうした情報にアクセスできない人たちは阪神大震災の時以上に取り残されるかもしれません。
行政からのお知らせが難しいと言って、
国際交流協会が出していたやさしい日本語の情報紙を持って帰る
日本人の人も少なくなかったことを思い出しました。
外国人にやさしい情報は日本人にも優しいのだと知りました。
そして医療通訳者は長い目で被災者に寄り添えるように。
患者の不定愁訴や心因性の病気の訴えもちゃんと訳せるように。
被災者のつらかった話に耳を傾けられるように。
情報の届けにくい人たちに伝えるのは
もしかしたら私たちの得意分野かもしれません。
それぞれのできることをやれればいいと思います。
ブログを読んでいらっしゃる皆さんには、
被災地のことをいつも思いながら
ご自分の仕事と支援を全うしていただければと思います。