拝島正子のブログ

をとこもすなるぶろぐといふものを、をんなもしてみむとてするなり

木綿のハンカチーフの意味(お蚕様は鯉のエサ)

2023-01-26 08:35:47 | 日記

そうか!だから小学校で習った地図記号の中に桑畑があったのか。日本はかつて生糸の生産が世界一で輸出国だった、だからそこかしこに桑畑があったんだ!かつての民法に「蚕種」の文言があったのもそのため。だが、江戸時代には輸入していたんだそうだ。その対価として金銀が多量に海外に流出したんだそうだ。これじゃいかん、ということで、偉い人達のがんばりで国産を増やしたのだそうだ(昨夜のNHKの番組)。

今ではその国の名物のように思われてる産物も、結構歴史が浅かったりする。例えば、イタリアンにトマトは欠かせないと思うのだが、原産は南米で、ヨーロッパに入ったのは16世紀。それをイタリアの貧困層の食用にすべく改良がなされて一般に食用として広がったのは19世紀以降だという。なんだ、まだ200年くらいじゃないか。それからドイツ料理につきものと思われてるジャガイモも南米原産で、ヨーロッパに伝わったのは大航海時代だって言うから、グリム童話にはジャガイモは出てこないことになる(出てこなかったっけ。完読したけどそこんとこ意識しなかったからなー)。そんなことを言ったら、世界に冠たる日本の握り寿司だってその誕生は江戸時代である。それまでトロは捨てていた(ただし、なれ寿司は大昔からあった)。

この世は疑問だらけである。生糸(絹糸)についてもかねがね疑問があった。生糸は蚕の繭から作るというのだが、じゃ、繭の中の蚕(さなぎ)はどうなるの?まさか殺生?そのまさかであった。繭を熱湯に入れて中のさなぎを殺生するのである。釜ゆでの刑である(なお、石川五右衛門の釜ゆでは、熱湯ではなく熱した油で行われたそうである)。「お蚕様」とか言って、持ち上げるだけ持ち上げておいて、最後は釜ゆでに処すのだから蚕の身からすればひどいものである。

お!ここでつながった。父の実家は山梨のブドウ農家だったのだが、鯉の養殖もやっていて、「サナギ」をエサとして与えていた。なんのサナギかなんて子供の頃は考えたこともなかったが、お蚕様のサナギであったに違いない。昨日の番組で、江戸から明治にかけて特に寒村で養蚕が発展したと言っていた。山梨で葡萄の栽培が盛んなのは、土地が米作に向かないからである。そう言えば、往年のスターが暮らす老人ホームを扱ったドラマの回顧シーンで、山梨出身の主人公の実家が養蚕を始めるシーンがあった。父の実家も、そんな感じで養蚕を始めて、お蚕様のサナギを鯉のエサとして有効活用していたのだろう。

ところで、久しぶりに、太田裕美が「木綿のハンカチーフ」を歌うのを聴いた。遠距離になるカップルの女性が男性に木綿のハンカチーフをねだる歌である。ここでまた疑問である。なぜ、木綿なのだろう?木綿は絹(原料は生糸)より安価である。だから、質素倹約を旨とした八代将軍吉宗は、絹の着物をやめて綿にしたそうだ。その論で言えば、当該カップルは貧乏カップルになる。それに対し、百均で売ってるようなナイロン製じゃないんだよ、ということを強調してるなら、当該カップルはおハイソなカップルになる。サナギの運命についての疑問は解決済みだが、この疑問は疑問のままである。因みに、その歌で、男が「東に向かう列車」に乗って遠距離になるのだが、「東」ということは、少なくとも、関東から東北又は北海道への移動ではない。もしそうなら「北に向かう列車」に乗るはずだからである。

ところで、モスラは蛾の怪獣である。国産怪獣第3号として蛾が選ばれたのも(第1号=ゴジラ、第2号=ラドン)、そして、昭和の時代においてモスラは成虫よりも幼虫が多く登場したのも、お蚕様の歴史があったればこそ、なのだろうか?これも未解決の疑問である。


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