職員室通信・600字の教育学

小高進の職員室通信 ①教育コミュニティ編 ②教師の授業修業編 ③日常行事編 ④主任会トピックス編 ⑤あれこれ特集記事編

★今夏、もがきながら、僕が見つけた2つの「光」。憑依の光。暗がりの底の光。2つの光が接続するといい

2011-08-24 14:03:18 | 2011夏の絶不調

 

2011

08.23
落ち着け。湯沸かしに水を入れ、ガスに火をつける。コーヒー豆をミルで挽く


★現在、このブログで、連日、「人生の時空間彷徨の起点〈8/15〉を、精神的絶不調のなかで迎えてしまったことに関するブレスト」特集をやっている(*^_^*)。
 カタチのない、あるいは、カタチがあっても輪郭がグネグネ、ぼんやりとしている問題だが、特集の結末を、端的に、あるいは粗く示せば、次の2点になる。
 1点目=絶不調を抜け出すために、「憑依の状態で、うわ言のように語れる」ポイントを極める。
 2点目=絶不調を抜け出す努力と並行して、絶不調状態で、うわ言のように語れる」ポイントを極める。

 本日、提示している「職員室通信」は、「憑依の状態で、うわ言のように」教育を語っている、ひとつの例だ。

     ★憑依の状態で、うわ言のように語っている「職員室通信」をみる。

★人生の時空間彷徨の起点〈8/15〉を、精神的絶不調のなかで迎えてしまったことに関するブレストのつづき。

 復習――
(1)直接のきっかけ――ひとつの仕事に区切りがついたので、リフレッシュのつもりで「放電」していたら、なにかがプッツンと切れ、再充電(再起動)不能に陥る。

(2)泣き面に蜂――再び立ち上がるためのモデルを探しているとき、京都のダンスチーム「今村組」に出くわし、主催者で、同業でもある今村克彦氏の「ガッツ」に打ちのめされる。

(3)「特技」の消滅――これは先の「放電」とも「泣き面に蜂」とも、直接的には関係がない。
 僕には、渦中に存在しつつ、「渦中」を自分のうちに取り込み、再構成するという特技(常套手段)がある。
 これが発揮できない場面(2011・種市夏祭りの行列)に遭遇する。
 今夏、最大の苦しみだ。――いずれ元気になったら、この「行列」を自分のうちに取り込み、再構成し、そして「語る」ということに、再挑戦したい。

(4)修正点を求めて――過去記述検索で、過去(2005)のある地点に「憑依の状態で、うわ言のように語」っているポイントを発見する。

★放電。
 最初は心地よかった。
 とろけるようだった。
 しかし、気がついたら、骨格まで融解し、まったく立ち上がれなくなっていた。
 『母べい』で、奈良に帰る叔父・仙吉(笑福亭鶴瓶)を乗せた列車がユルユルと動き出したとき、次女・照美が「おじちゃま、奈良に帰ったら、何するの?」と車窓にすがる。
 「どうせ、お国の役に立てへんさかい、吉野の山で野垂れ死にや」(←「お国」の滅亡とともに、仙吉は、ホンマに野垂れ死にする。)
 この「野垂れ死に」のイメージだった(ノ△・。)。
 動けなくなった僕の前を、8/6も、8/9も、8/15も、スルスルと過ぎていく。
 あせる。
 もがく。
 苦しむ。

 でも、落ち着け。

 湯沸かしに水を入れ、ガスに火をつける。
 コーヒー豆(ニカラグア・手鍋焙煎の中煎り)をミルで挽く。……
 トーストの焼ける匂いと、コーヒーカップからの硬質&清澄な香り。

 2005「憑依の状態で、うわ言のように語る」って、いったい、僕は、何を語っているのか?
 もちろん、「(臨床)教育(学)」だ。
 この発見は「光」ではないか?(以上、昨日までの復習。)

★もうひとつ「光」。
 人生の時空間彷徨の起点〈8/15〉を、精神的絶不調のなかで迎えてしまったことに関するブレストの、最後だ。

(5)放電の果ての融解。
 細胞と細胞を関係づけていた、すべての構造が脱落する虚脱感。
 部屋の隅(僕の家の中でもっとも西側の隅)に、あぐらをかいたまま立ちあがれない状態が何日かつづく。
 ひとつ壁の向こう側は、巨大に成長したヨウシュヤマゴボウ(画像)や、群生するアオキ等に占領された庭。
 もつれる響き。
 樹々の叫び。
 草のしつしつ。
 夜ごとに、この暗がりの隅(底)に存在することが、ここに至れたことが、ひとつの「光」なのではないか?

(6)今夏、もがきながら、僕が見つけた2つの「光」。
 憑依の光。
 暗がりの底の光。
 この2つの光が、接続するといい……と考えている。
 (ブレストのまとめ、以上。
 なにをいいたいのか、ぜんぜん、わかれへんわぁ~と笑われそうだが、ま、融解過程の記述なので、支離滅裂を許していただきたいm(_ _)m。)









★民主党の前原誠司前外相が、前原氏を支持するグループ幹部との会合で「(党代表を)私にやらせていただきたい。20年間の政治生命をかけて決断した」と述べ、代表選出馬に向けての決意を表明――。

 前原氏は、民主党議員の中で、僕が唯一、シンパする人物だ。
 しかし、この時点で、党代表というのは、僕としては、あまり、いや、まったく賛成できない。
 理由。
 八ッ場ダム問題、JAL問題、対中・対ソ外交問題……等々、最初は威勢がいいのだけれども、最後は、すべてウヤムヤ。
 この人は、ひょっとしたら、ホンマに、この程度なのかなぁ~とショックを受けつづけてきた。
 もちろん、前原氏へのシンパの心は変わらない。
 だから、これまで僕が提示してきた「妄想」(←ここでは繰り返さない)の最終段階、安倍政権復活――この政権下で官房長官、あるいは外相を経験し(さらに修業し、ひとつのきちんとした仕事を成し)たあとでいいのではないか?と感じている。

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