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万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

平和から逃亡するノーベル平和賞

2020年10月11日 11時58分22秒 | 国際政治

 今年、2020年のノーベル賞は、国際連合世界食糧計画(WFP)に授与されることが決定されました。受賞の理由は、「飢餓克服への努力、紛争地域の平和のための貢献、そして飢餓を戦争や紛争の武器として使用することを防ぐための努力において原動力としての役割を果たしたことに対して」と説明されています。WFPの本来の活動目的は世界レベルでの飢餓の克服ですので、平和の実現そのものというよりも、飢餓を紛争要因の一つと見なすことで強引に受賞理由をこじつけている観があります。違和感がないわけではないのですが、歴代のノーベル平和賞の受賞者の顔ぶれを見しても、戦争の回避や和平の実現など、現実の政治や外交において誰もが平和の実現に貢献したと認め得るような受賞者は、数えるほどしかいない点に驚かされます。

 

 近年に至っては、持続可能な開発、貧困、地球の気候変動等の社会性の強い問題に取り組んできた政治家や活動家の受賞も目立ち、平和と直結する安全保障分野にあっても、受賞者は、オバマ前大統領や核兵器廃絶国際キャンペーンなど核兵器廃絶問題への片寄りも見られます。社会主義的な傾向が強いとも言えるのですが、その理由の一つは、平和賞に限っては、ノルウェー政府が授与主体であり、選考委員会の委員はノルウェー国会により指名されるからなのかもしれません。つまり、他の部門の賞よりも遥かに政治色が強く、ノルウェーの国内政治の影響を強く受けてしまうのです。

 

戦後のアメリカの政治家の受賞者例を見ましても、ジミー・カーター大統領、アル・ゴア副大統領、並びに、オバマ大統領の何れもが民主党に属しており、共和党の受賞者は、米中国交正常化を導いたヘンリー・キッシンジャー元国務長官の名が見えるのみです。圧倒的に民主党寄りであり、共和党のトランプ大統領がノーベル平和賞を狙うならば、キッシンジャー元国務長官のように対中融和政策に転じるしかないのではないかと疑うぐらいです。

 

そして、この極端とも言える政治的片寄りは、ますますノーベル平和賞が色褪せてしまう原因となっているように思えます。何故ならば、今日、国際社会における最大の脅威となっている中国に毅然と立ち向かっている政治家、活動家、そして、国際機関については、選考委員の目には全く入らないからです。2013年にあっては、南シナ海問題において中国に対して違法判決を下した常設仲裁裁判所にこそ、本来、同賞が授与されるべきでしたし、暴力国家化する中国に対して厳しい姿勢で臨むトランプ大統領やポンペオ国務長官、チェコの国会議長、香港の民主化リーダー、そして、チベット、ウイグル、内モンゴルにおいて中国に抵抗している方々の方が、余程、同賞に相応しいと言えましょう(もっとも、非暴力主義が評価されてか、ダライ・ラマ氏には、同氏が共産主義者であることからか、授与されている…)。日米同盟さえ、対中抑止力が評価されれば、受賞の対象となるかもしれません。自らの身の危険を顧みず、巨悪に挑む人々に対しては、ノーベル平和賞の選考委員会の態度は極めて冷淡なのです。この点、中国の民主化に命を捧げた劉暁波氏こそ、最初にして最後のノーベル平和賞の名に相応しい受賞者であったのかもしれません(歴代のノーベル平和賞受賞者にあって、非業の死を遂げたのは同氏のみであったかもしれない…)。

 

ノーベル平和賞は、その政治的な偏り故に、結局のところ、最大の平和への脅威に対しては無力なばかりか、むしろ、融和的でさえあります。今年のノーベル平和賞受賞者の候補には、香港の民主化運動家の名も挙がったそうですが、受賞を阻止するために中国から強力な圧力がかかったとも伝わります。選考委員会が既に‘侵略国’に屈しているようでは、ノーベル平和賞の云う‘平和’とは、‘虐待死の平和’の容認ともなりましょう。WFPであれば当たり障りがなく、中国を刺激することはないと政治的に判断したのでしょうが、ノーベル平和賞選考委員会が中国の威嚇へ屈服している、あるいは、左派繋がりの仲間内であることを示唆する結果ともなれば、人々は、今般の選考に国際社会に中国の脅威が迫っている前兆を敏感に感じ取るのではないでしょうか。


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