報道によりますと、菅政権は、日本国の農政について「農産物輸出5兆円目標」を掲げています。日本産の農産物の輸出額を5年後には2兆円、さらに10年後には5兆円に伸ばそうとする政策なのですが、この政策、食糧が国民の命や生活と直結するだけに、あまりにも危険すぎるのではないかと思うのです。
第一に挙げられる問題点は、目標数字の非現実性です。日本国の総GDPに占める農業の比率は凡そ0.9%程であり、額で見ますと凡そ5兆円ほどです。すなわち、輸出目標の5兆円とは、今日の日本国の農業分野のGDPと匹敵しますので、単純に計算してみれば、現在、国民向けに生産されている農産物の大半を輸出向けに転換しない限り、目標は達成できないこととなります。あるいは、休耕地を全て輸出向け作付け地とする、もしくは、新たに輸出向けの‘プランテーション’を全国各地に建設するという方法もありましょうが、僅か10年の間に同目標を強引に達成しようとすれば、日本の農業の大転換、否、大破壊を要することでしょう。
第2のリスクは、日本国民の食糧事情が悪化する可能性です。おそらく、輸出向け農産物として期待されているのは、国際競争力を有する品質の高い高級品なのでしょう。5兆円相当のハイグレードな農産物を生産するとなりますと、上述したように、農地の輸出向け作物への転換により、高級品どころか、日本の家庭の食卓からこれらの国産農産物が消えることにもなりかねません。代わって、日本国民の食生活が安価な輸入品に頼ることになりますと、さらに食糧自給率を下げることとなりましょう(現在の日本国の食糧自給率は凡そ38%程度らしい…)。しかも、今日、洪水や蝗害等による全世界的な食糧不足も懸念されており、輸出向けが優先されますと、食糧自給率も低い状況下にあって、日本国民が飢餓に直面する可能性もないわけではありません。コロナ禍にあっても、日本製の医療機器が、契約により優先的に海外に輸出されていたそうです。農産物の輸出とは、通常、国内消費分を越えて余剰が生じる場合にのみ行われるものですので、食糧自給率が先進国最低でありながら輸出に舵を切るのは、狂気の沙汰としか思えないのです。
第3のリスクは、主要な輸出先国として中国を想定している点です。日本国政府は、将来的に「中国製造2025」が実現すると見越し、今から貿易赤字の是正策として農産物輸出を計画しているのかもしれません。つまり、グローバリズムを追求した結果、日本国の産業は空洞化し、中国から工業製品を輸入するために農産物輸出に頼らざるを得ない状況に至るかもしれないのです。言い換えますと、中国が旗振り役となるグローバリズムの果てに成立した国際分業は、日本国に、中国富裕層向けの食糧生産の役割を割り振ることとなるのです(5兆円は対中貿易赤字予測額から算出?)。あるいは、第二次世界大戦後にあって、連合国がドイツの復興計画としてモーゲンゾー・プランを策定し、同国の軍事力を削ぐために農業国化を図ろうとしたように(冷戦の激化で方向転換…)、中国は、既に日本国を農業国として位置づけているのかもしれません。
さらに第4に問題点として挙げるべきは、農家への補助金です。現状にあって、多くの農家は政府から様々な助成金の給付を受けています。その多くは、政府の政策方針に沿って農業経営を行う農家に支給されるのですが、今後は、農地や農産物を輸出向けに転換した農家に対して手厚い補助金が給付されるかもしれません。輸出向けの方が高値で販売できますので、日本国の農家の収入は増えるのでしょうが(もっとも、高収入となった時点で補助金は不要になるかもしれない…)、一般の国民は、国産農産物の価格上昇にも見舞われる上に、当面の間は、輸出型農業への転換に要する費用まで負わされることとなりましょう。
農産物の輸出目標額が5年ごとに設定されているところにも、どこか、共産主義国の「五か年計画」が思い起こされ、日本国も、国民には見えないところで中国、あるいは、その背後に潜む国際的なグローバリスト集団が描いた‘計画経済’に組み込まれてしまっているのかもしれません。杞憂であればよいのですが、新政権が打ち出した輸出志向の農政は、国民に将来的な食料不安、さらには、日本国の未来に対する暗い予感を与えるのみではないかと懸念するのです。