万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

日本学術会議は民営化よりシンクタンク化を目指しては?

2020年10月19日 12時55分45秒 | 国際政治

 菅新政権の誕生により、安倍前政権から見られた新自由主義への傾斜はさらに強まったように思えます。成長戦略会議のメンバーの顔ぶれからも察せられるように、同政権は、日本国の経済成長を新自由主義的政策の実行に託しているように見えます。この流れにあって、新会員の任免拒絶により政府と対立する形となった日本学術会議についても、民営化論の声が上がるようになりました。

 

 それでは、学術会議が民営化されるとなりますと、どのようなことが起きるのでしょうか。今日、10億円の予算が国家から支出されているのも、同会議が日本国政府の公的機関として位置づけられているからに他なりません。同会議の基本的な役割の一つは、政府への政策提言です。同会議のホームページを訪問してみますと、その非民主的な人選については問題ありとされながら、かなり活発に提言が行われていることが分かります(10月5日の記事では、さして活動を行ってきていなかったような書き方をしてしまい、申し訳ありませんでした)。同会議が公的な役割を担っているからこそ、首相の任命権をめぐる政府との関係が問題視されたとも言えましょう。

 

 今般の騒ぎに対する解決策として日本学術会議が民営化されたとしますと、以後、首相の任命権の問題は完全に解消されます。政府は10億円の予算を振り向ける必要がなくなる一方で、メンバーの選任は民間団体である同会議内部の人事問題となります。この結果、両者の制度上の関係は解消され、学術会議側は、政府からの完全なる独立性を得ることになるのですが、その一方で、幾つかの側面で考慮すべき問題も生じるように思えます。

 

 第1に、学者や研究者から政府への提言ルートが断たれてしまう点です。共産主義へのシンパシーが指摘されているように、政治色が強く、体質上の問題がありながらも、同会議は、曲がりなりにも政策提言機能を担ってきました。仮に民営化されるとしますと、政府は、同会議から提言等を受け取る義務もなくなります。この結果、予測される事態とは、政府が、有識者会議等のメンバーとして自らが選んだ‘御用学者’の声しか聴かなくなることです。成長戦略会議のメンバーの顔触れを見ますと、この懸念も杞憂ではないように思えます。

 

第2に、民営化後も変わりなく活動をそのまま継続するとすれば、日本学術学会は、運営費を独自に調達する必要があります。広く寄付を募るという方法もあるのでしょうが、活動の財源が不安定化する可能性は否めません。あるいは、‘日本学術会議債’を発行するという方法もあるのでしょうが、同会議は営利団体でもなければ、それ自体が研究や技術開発を行っているわけではありませんので、債務不履行となる事態も予測されます。年間10億円の資金を集めるのは容易なことではありませんし、仮に、中国政府や中国系ファンド等から財政支援を受けるという事態ともなれば、本末転倒となりましょう(日本国政府から独立する一方で、中国に従属してしまう…)。

 

第3点として指摘し得るのは、民営化により政策提言機能が失われれば、その存在意義も失われる点です。存続するとしても、数ある民間団体の一つとなりますので、政府の政策形成に対する影響力や発言力は急速に低下することでしょう。しかも、組織改革をせずにイデオロギー上の偏りを残したままでは、左派の政党と同様の政策提言を並べるだけの‘政治団体’となるかもしれません。これでは、科学者としての客観性や中立性が疑われますので、ますます存在意義が失われてしまいます。

 

 以上に述べてきましたように、日本学術会議の問題については、民営化のみが唯一の解答ではないように思えます。アメリカやイギリスにおける同様の会議は民間団体とのことですが、広く寄付文化が根付いている諸国の模倣をしても、必ずしも日本国に定着するとも限りません。むしろ、日本国政府は、従来の組織形態に拘らず、日本国の政策の向上に資する、全国規模のネットワークを有するシンクタンク化を目指すべきではないかと思うのです。

コメント (2)
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