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万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

‘何でもデジタル化’のリスク

2020年10月10日 12時58分34秒 | 日本政治

 行政手続きのデジタル化の掛け声のもと、昨日、上川陽子法相は、裁判のデジタル化に次いで婚姻・離婚届の提出手続きにまで言及するようになりました。押印廃止に触れた発言でしたが、現状でも、地方自治体が導入していないだけで、法律上はオンラインによる提出ができるそうです。しかしながら、本人の意思確認の手続きまでをもデジタル化してしまいますと、そのリスクは計り知れないように思えます。

 

近代以前にあっても、キリスト教の伝統的な結婚式では、牧師や司祭が花婿さんと花嫁さんの前に立ち、双方に自らの自発的な意思を神の前に誓わせる儀式を経なければ、婚姻は公式には成立しませんでした。今日にあっても、地方自治体の窓口に本人たちが直接に出向き、煩雑な手続きを要するのも、本人、並びに、両人の意思を確認する必要があるからとも言えましょう。一般的には、窓口の職員によってマイナンバーカードや運転免許証などの写真付きの証明書で本人が確認され、かつ、結婚届にも二人の証人の署名捺印を要するそうです。つまり、地方自治体の職員、並びに、二人の証人によって(未成年の場合には両親の同意書…)、婚姻届けが本人たちの意思によることが確定されるのです。

 

ところが、こうした手続きがオンライン化されれば、婚姻であれ、離婚であれ、どちらか一方の意思、あるいは、第三者の意思によって婚姻や離婚が、パソコンやスマートフォンの操作でいとも簡単に合法的に成立してしまいます。何故ならば、オンライン上の画面に必要事項を記入することは、個人情報さえ手に入れれば、本人自身でなくとも、本人に成りすました人物によって、誰にでもできるからです。ある人が、両者、あるいは、相手方の同意を得ずして婚姻届や離婚届を勝手に作成して提出しても、それを受け取った自治体はそれが‘偽文書’であることを見抜くことはできません。窓口を訪れた本人と証明書の顔写真とを見比べて同一人物であることを確認することはできませんし、ましてや、自発的意思を確かめることもできないのですから。

 

かくして、ある日突然、自身の全く知らぬ間に結婚、あるいは、離婚させられてしまう人が続出することが予測されます。また、財産目当てや国籍取得を目当てとしての偽装結婚等も多発することでしょう。この状況は、国民にとりましては恐怖以外の何ものでもありません。毎日のように自らの戸籍をチェックしないことには、安心できない時代が訪れるかもしれないのです。

 

こうした国民の懸念は、リアルタイムの顔認証制度といった先端的なITシステムを導入れば解決するのかもしれませんが、このためには、全国民が自らの顔情報を同システムに登録する必要がありましょう。しかしながら、顔認証システムの制度は100%とは言えない現実に加え、デジタル化を過度に推し進めますと、今日、ITを総動員して中国が敷いている徹底的な全国民監視体制に近づくように感じられ、この方向性にあっても国民の不安は高まります。

 

同報道については、法務省が「法務省が婚姻届などの押印廃止に伴って、そのオンライン化を検討している旨発言したものではない」と慌てて打ち消したものの、行政手続きのデジタル化の波は、あらゆる分野に及ぶ気配があります。デジタル化によって、確かに行政手続きは簡素化され、その処理もスピーディーとはなるために国民も恩恵を受けるのですが、国民の法的身分が不安定化し、犯罪リスクも高まるようでは、元も子もないように思えます。しかも、デジタル化された情報は一瞬にして消去されたり、改竄することもできますので、記録媒体としての脆弱性があります。むしろ、紙の書類の方が証拠力や機密保持において優っている場合もありますので、全面的なデジタル移行よりも、安全性を重視した調和的な導入を目指すべきように思えるのです。

コメント (2)
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