こうじ神父今週の説教

日曜日の福音メッセージをお届けします。

年間第27主日(ルカ17・5-10)私に蒔かれた信仰の種で何かをしましょう

2007-10-07 | Weblog
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こうじ神父
「今週のお説教」
07/10/07(No.320)
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年間第27主日(ルカ17・5-10)私に蒔かれた信仰の種で何かをしましょう
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今週の福音朗読は、節を補って考えたいと思います。17章3節と4節でイエスはこう言います。「もし兄弟が罪を犯したら、戒めなさい。そして、悔い改めれば、赦してやりなさい。一日に七回あなたに対して罪を犯しても、七回、『悔い改めます』と言ってあなたのところに来るなら、赦してやりなさい。」この「赦し」が前置きされていると考えて実際の朗読箇所に当たると内容がよく分かります。

使徒たちが、「わたしどもの信仰を増してください」(17・5)と言ったのは、「罪を犯すたびに悔い改めましたとやって来る人を赦す」ために、信仰を増してもらう必要があると感じたからです。けれどもイエスの返事は、「もしあなたがたにからし種一粒ほどの信仰があれば」(17・6)十分であるというものでした。人を際限なく赦すための信仰の力は、すでにあるというのです。

使徒たちにすでに与えられている信仰、それは「わたしたちは主に愛されている」というものです。どんなに物分かりが悪くても、たとえ、イエスを見捨てて逃げてしまったとしても、すべて赦して愛してくださる際限のない愛を受けているというものです。彼らはのちに理解するのです。自分たちに与えられている信仰は、人をとことん赦してあげる力を十分持っている。悪の根を張ってなかなか抜け出せない兄弟も言うことを聞く。イエスに深く愛されているという信仰は、人を変える奇跡を起こすのにも十分なのです。

188殉教者から一つの例を紹介します。外海の山奥に、「次兵衛岩」という洞窟があります。ここはトマス金鍔次兵衛神父が迫害の中で活動するために隠れ家にしていた場所と言われています。この隠れ家で潜伏してキリシタンに秘跡の恵みを授け続け、のちに穴吊りの刑にされて殉教した金鍔次兵衛神父は、確かにからし種一粒の信仰を持っていた人です。彼は昼も夜も迫害に苦しむ信者たちを励まし続け、一人ひとりの信仰の種が消えてなくならないようにお世話してくれました。

まず、次兵衛神父は、自分自身のからし種一粒ほどの信仰を決して失いませんでした。1600年頃大村に生まれ、6歳で有馬のセミナリオに入学、その後イエズス会でお世話を受け始めました。迫害が激しくなり、マカオに追放されます。追放先で司祭を志して学び続けますがセミナリオの閉鎖という困難に直面します。

1620年、やむなく次兵衛はひそかに日本に戻り、伝道師として信徒の世話に当たります。けれども迫害の時代に信徒たちを真に慰めるのは秘跡の恵みだと痛感し、2年後にマニラに渡ってアウグスチノ会に入会して再び司祭になることを目指しました。そして1628年、セブ島で司祭に叙階されます。

マニラでは通訳の仕事に就き、この仕事のおかげで日本の教会が迫害で大変苦しんでいることを知りました。そこで日本に帰国したいと上長に願いますがなかなか願いが叶えられません。そこで居ても立ってもいられず、1631年マニラに寄港した日本船に飛び乗って、姿は侍として日本に帰国を果たしました。

彼は自分自身のからし種一粒ほどの信仰を決して粗末にしませんでしたが、その心は日本にいるキリシタンたち、迫害の中で散らされた羊のようになっているキリシタンたちをお世話することに向かっていました。昼は奉行所の馬丁になりすまして投獄された宣教師や信徒を訪ねては勇気づけ、夜は隠れ家でゆるしの恵みを与え、ミサをささげます。長崎奉行は次兵衛を血眼になって捕らえようとします。

長崎の探索を逃れた次兵衛は江戸に現れ、家光の小姓たちに教えを説き、そのうち数名が洗礼を受けました。キリシタンの中に残っているからし種一粒ほどの信仰をいつも大切に守り、さらに新しい種蒔きすらも迫害の時代に行っていたのです。

1636年11月1日、次兵衛は隠密によってついに長崎の片淵で捕らえられます。1637年8月21日、最初の穴吊りは三日間にも及びました。10月6日、二度目の穴吊り。この日次兵衛神父は37歳で天に召されました。日本に潜入し、6年の間で彼が導き、そして殉教していった信徒の数は637人にも上ったそうです。

トマス金鍔次兵衛神父は、神から種蒔かれた信仰の種を決してなくすことなく、その上さらに、迫害で苦しめられている信徒たちの信仰にも慰めと励ましを与えました。殉教をも恐れない次兵衛神父の信仰の種は、信徒たちにも受け継がれていきました。まさに「『抜け出して海に根を下ろせ』と言っても、言うことを聞くであろう」(17・6)とのみことばが実現したのです。

からし種一粒ほどの信仰でも十分であるという招きは、私たちを行動へと駆り立てます。キリスト教の信仰は、人口の少ない日本では小さく力ないように見えるかも知れません。からし種一粒ほどしかないその信仰で、奇跡を起こしましょう。

依存症に苦しんでいる人を立ち直らせたり、祈ることを軽蔑する人のために祈り、いつの日かともに祈る日を迎えたり、父や母を繰り返し悲しませる子どもを改心させるのです。それらは、すでに奇跡と言ってもよい働きですが、「(わたしは先に愛された者だから)しなければならないことをしただけです」(17・10)と受け止めているなら、あなたの信仰にキリストの教えを知らない日本の人々は驚きの声を上げるでしょう。そして、あなたの謙虚さを神はこの上なく喜び、かえって高く取り上げてくださるのです。


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ちょっとひとやすみ
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▼こうじ神父は過去15年間ミサを捧げ続けて、どうしても集中できずに間を取ったことが1度ある。祭壇そばで仕えている小学2年生の侍者のコンビが、聖変化の時に鳴らす鈴を構えて次のような会話をしていたときのことだった。「(当の本人)ねぇ、もうそろそろ鈴を鳴らすときかな」「(相方)早く、今鳴らして」「(当の本人)ねぇ、さっきは鳴らさないといけなかったよね。今度鳴らすのはそろそろかな」「(相方)今、すぐ鳴らせ」
▼「(当の本人)うまく鳴らすことができないなぁ。今度こそちゃんと鳴らすよ。いつ頃かな」「(当の本人の両親が信徒席から身振り手振りで)何をもたもたしてるんだ。早く鳴らせ、鳴らせ!」「(当の本人)あっ、お父さんお母さんが手を振っている。お父さーん、ぼくここにいるよ」。この日は侍者のやりとりがあまりにおかしくて、腸捻転を起こしそうになり、しばしミサを中断したのだった。
▼ところが、今の小教区に来て、それを超えるハプニングに遭遇した。ミサの聖歌で、「心の貧しい人は幸い」という歌があるが、1人がとてつもなく音が外れてしまい、はてしなくもとの歌から離れてしまったために誰もその人を正しい歌に連れ帰ることができず、その人が唸って、みんな黙ってしまったことがあった。私はその間司祭1人で唱える祈りの部分にさしかかっていたが、途中で祈りの言葉を思い出せなくなり、ミサの儀式所を確かめてもう一度唱え直す羽目になった。
▼その祈りの部分はこれまで3500回以上唱えてた祈りなのに、それでも一瞬祈りが飛んでしまった。それ以後私はさらに集中力を高め、意識を唱えるべき祈り一点に注ぎ、祈ろうとするのだが、それでも今も祈りが続けられなくなることが何度か起こっている。人間は鍛錬することで過去を乗り越えることができる。果たして今受けている試練は、どのようにして乗り越えればよいのだろうか。

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こうじ神父絵手紙
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第100回目。日曜日、午後3時から聖堂内でギターコンサートを開きました。

詳細は、ホームページ:http://hanashi-no-mori.news-site.net/にて。

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‥次の説教は‥‥
年間第28主日
(ルカ17・11-19)
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