はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

名人の英知

2013-01-01 22:09:36 | 女の気持ち/男の気持ち

 リンゴの花に憧れて、庭にリンゴの木を1本植えて10年あまりが過ぎた。
 季節が巡ってその時期になると、毎年多くの花をつける。淡紅色の花が薫風に揺れる姿はいいものである。が、実がならないのはなぜだろう。
 すぐ近くの柿の木は毎年しっかり実をつける。リンゴは今までほとんど実をつけなかった。なぜ?
 ある時、自家結実率の低い果樹が多いことが分かった。柿の木は近所に必ずと言ってよいほどある。だから自然に交配して実をつけるのだ。だが、わがリンゴの木は独りぼっちだったのだ。
 トウモロコシ作りの名人の話を思い出した。名人は自然の交配のことを考えて、自分のトウモロコシの最良の種子を近所の人たちに分け、みんなで良いトウモロコシを作ったという。自分だけでは良いものはできないと考えたのだ。
 心を豊かにする良い話だと思ってかつて担任した中学生たちに機を見ては話した。
 国のあり方も同様なものではないだろうか。独りぼっちの国は資源に恵まれない限り、実りは少ないのではないか。自国の利益だけを主張すると戦争につながらないか。過去の戦争がそれを示している。
 トウモロコシ作りの名人のような考えの人は世界中にきっといる。歴史の流れもそうだ。名人の英知を結集して、心豊かな世界を作れないものだろうか。
  鹿児島県出水市 中島征士 2012/12/31 毎日新聞の気持ち欄掲載

ハッケヨイ

2013-01-01 22:02:14 | はがき随筆
 傘寿を迎えた冬の暖かい日、ぶらりと中央駅に出掛けた。ざわめく人混みの中をゆっくりと泳ぐように歩いていると、「アトガナイ」「アトガナイ」と行司の声がどこからともなく聞こえてきたような気がした。
 そうだ後がないのだ。私は果たしてあと10年生きられるか自信がなかった。構内を行き交う人の波は、私が歩いていることなど頓着せずに、忙しく何かを求めるように過ぎていく。
 「ノコッタ、ノコッタ」。また行司の声が聞こえた。そうなんだ残ったんだ。昨日、級友の訃報に接した私は、気を取り直して町へ急いだ。
  鹿児島市 野幸祐 2012/12/31 毎日新聞鹿児島版掲載

風とトンネルと

2013-01-01 21:56:58 | はがき随筆
 ゆるい上り坂のトンネルに入ると風に押し戻される。
 「風がトンネルに集まる」のかな。「トンネルが風を集める」のだろうか。
 違う表現もある。「風がトンネルに吸い込まれる」「トンネルが風を吸い込む」
 主語を「風」にするか「トンネル」にするかで印象が異なるのはおもしろい。
 などと考えていたら退屈せず薄暗いトンネルを抜けた。
 真っ青な空、立ち木の緑がまぶしい。
 おやおや、高隈おろしの異性のよいこと、木の葉たちが喜んで乱舞している。
  鹿屋市 伊地知咲子 2012/12/30 毎日新聞鹿児島版掲載